異世界転生をしなければいけない男の話
詳細は省くが俺は死んだ。自分の葬式が執り行われるのを見て、葬式に来ていた甥っ子、姪っ子と遊んで、49日の別れを済ませた東京在住の26歳の元会社員、正直死ぬのは早すぎると思う。両親が葬式で号泣している様子を見るのは辛かった……出来ることなら先に死んだ事を謝りたい
そして今、俺は真っ白い空間に居て目の前には金髪碧眼、露出高めな古代ローマやギリシャ神話にありがちな服装……の……美女が立っている、語彙力が貧困で申し訳ない。誰かあの服装の名前を知っていたら教えてくれ
目の前の女性は途轍もなく女神っぼい。多分女神だろう、何の神話の神かは不明だ
「私は女神です」
でしょうね。その姿で私はIT系ベンチャー企業の社長ですとか言われても困る。だが、俺は仏教式の葬式で弔われたのだから仏様が来るのが筋ではないだろうか?
「あの、なんで女神様が私を迎えに来られたのでしょうか?」
「貴方の魂を別の世界に移動させる為です。貴方は本来死ぬはずではありませんでした」
はい? これってあれか? 少し前にアニメや漫画、ラノベ界隈の一部で流行ってまたこれか! 流石に作りすぎだろ! いい加減にしろ! と俺を憤慨させた異世界転生展開か? てか、仏国土から魂を引きずり出すなんて仏様が許すのか? いや、俺は仏教徒では無いから良く分からないけど。
「……話を続けても?」
あ、はい。すいません
女神様が言うには、本来俺は120歳の誕生日に歩道橋の上でタップダンスを踊り、背後から飛んできたコンドルに吹っ飛ばされて転落死するのが運命だったそうだ
「その運命、もう少しどうにかなりません?」
「どうにかなってしまったので貴方は此処に居るんです」
あ、そりゃそうか。良かった、歩道橋の上で踊り狂う迷惑な爺さんは居なくなったんだな
「本来の運命とは異なる形で死を迎えた貴方は生者、死者のバランスを崩しかねないので、一端、別世界に来て貰います。その間に貴方の世界の神性がバランスを整えるでしょう」
分かるような、分からないような……兎に角俺は転生するのは確定という事だ
「貴方が送られる世界は魔法という技術が存在する世界です。詳しくは此方の端末をご覧ください」
女神様は俺にタブレット端末を差し出した、ファンタジーな雰囲気が台無しでは。まあいいや、女神様は慣れた手つきで動画を再生する。神の間でも電子化は進んでいるようだ
動画はどっかの地方自治体が観光地紹介として作成する感じの映像だ。しかし、編集は下手くそで単調なBGMと共に淡々と土地や食べ物、文化の映像が流れてるだけ、数分で飽きた、後何分あるんだよ、再生時間は……76分。まだ始まったばかりじゃねえか
動画の世界紹介を見る限りはトールキン先生の小説から端を発し、TRPG、コンピュータゲームなどで発展してメジャージャンルと化した王道的な剣と魔法の世界だ。まあ女神の姿からしてアジアンファンタジーとは言えないしな。まさか、食傷気味として忌避していた設定が自らに降り掛かるとは思わなかった
あ、スキル? ステータス……えーそれもあんの。あんま好きじゃない。そもそもステータスとか数値設定決めると後々面倒いだけじゃないか? 某漫画の戦闘力だって宇宙の帝王の第2形態から既に明確な数値化されなかったろ。最終章で思い出したように別単位の指標が出てきたけど
女神は暫く俺と一緒に動画を見ていたが、飽きたのか離れて本なんぞ読みふけっている。文庫本サイズでブックカバーで覆われてるので何を読んでるのかは分からない。俺も飽きたよ、動画を消して端末を探る……と、端末内に電子書籍のアプリが入っている……これ、まさか女神のプライベートの端末か?
興味本位で電子書籍アプリを開くと、男と男のラブストーリー系の漫画、ラノベが大量にあった
ああ。アイツ、腐ってんのか。そうか、今読んでんのBLラノベかなんかだな。嫌だな主神格が腐女子とか
そうだ、これであの服の事調べりゃいいのか。えーと……トガ? キトン? 多分これだな。そんな名前なのか、一般人の着る服なんだな。神様って意外と庶民派
ふと、気付くと女神が俺の脇に立っていた、俺は端末を彼女に返す。女神は無言で受け取る、気まずい
「すいません。つい、色々気になって……」
彼女からの返答は無い
えーと。仕事用の端末を用意した方良いっすよ女神様
「と、兎に角。これから貴方の行く世界がどのような場所か、御理解頂けたようですね」
「大体分かりました」
女神様の性癖とその服の事も
「今から行く世界には21世紀の日本より治安も悪く、魔物などもいて危険です。貴方には長生きして貰わないと行けませんから、特別なスキルを与えましょう。望むスキルはありますか?」
でた。これでスキル貰って無双するんだろ分かる分かる……ん? 特に無双する必要は無いな、長生きすりゃ良いだけだし…んーそれに俺は喧嘩なんて嫌いだし……健康に過ごせれば良いんだから…
「じゃあ…無病……」
無病息災と言い掛けるが、確か無病息災って病気にかからないって意味だったような。事件、災害はどうなんだ?
「すいません、元気に健康に過ごすって何て言葉がありますか?」
女神は端末で調べ始めた。あ、全知とかそんなんじゃないんだ
「無病息災もありますけど…より範囲が広いのは無事息災ですね。スキルは無事息災でよろしいですか?」
「お願いします」
女神が端末を操作すると俺の頭の中でポーンという音がなる、ついで『スキル:無事息災を獲得しました』というアナウンスが流れた。うーん。無機質な感じ
「では、貴方を私の世界へ案内いたします」
「お願いします」
女神が手を翳す、俺の体は浮き上がり、視界が歪む、見える景色が変わっていき、俺は意識を失った
次に気付いた時には赤ん坊だった、しかも青空が見える。捨て子らしい、中々ハードなスタートだ。と、修道女が走ってきて俺を抱き上げた。地方の田舎街の教会の孤児院、そこが俺の暮らす家と街となった、山を切り開いたとかで坂や階段の多い街だ
それから120年。ワシはスキルの効果で大した怪我も病気もせずに過ごした。手に職をつけ、地道に暮らす。孤児院で子供に文字を教える手伝いもした。この世界から戻されるかも知れないと思うと結婚する気にはなれなかったが友人は沢山出来た。エルフなどの長命な種族の友人もいる。寂しさは感じない人生だ
ある日、ワシは新年を祝う祭りで披露する踊りを練習していた。足を踏みならして音を立てる軽快な踊りだ、120歳という年齢でも未だに衰えぬ健脚を持つワシはその踊りが得意だった。毎年祭りで踊るのが恒例となっている。今日は何時もの練習場所が工事とかで使えぬ為、人気の無い夜中に広場で練習している、この広場は街の中でも1番高い場所にあり、夜になると誰もこない、練習場所にはぴったりだ
何時も以上に足が上がり、ワシは夢中になって練習していた
と、突然頭の中でアナウンスが流れる
『受け入れ準備が完了しました。無事息災を終了します』
おお、遂に神々の仕事が終わったのか…と思った瞬間、背後から何かがワシを突き飛ばした! 踊りに夢中で気付かなかったが何時の間にか街の階段通路の近くにまで来ていたワシは、勢いそのままに階段を転げ落ちた、階段の1番下まで落ちて漸く止まる。視界が霞み最早助からないのが分かる……最後にワシが見たのは巨大な鳥の魔物だった
そして、俺は再びあの白い空間にいた。目の前には転生前と同じように女神が立っている。まさかの死因にお互いに暫く何も言えないまま見つめ合った
「運命が変わったのに…数奇な物ですね…」
「そ、そうですねえ」
まあ、年齢的には大往生だし、悪い人生では無かった。女神には感謝だ。と、女神の隣の空間に穴が空いた、その向こうでは俺の両親が見える。正直、女神の世界のあの世にも友人もいるし、恩人達もいる。だが、俺は戻らなければバランスが崩れる。
「俺らの事は心配すんな、お前と一緒にいられて楽しかったぜ」
「ご両親を安心させてあげてください」
聞こえて来た言葉に振り向くと、俺を育ててくれた教会の皆、俺より先には逝ってしまった友人達がいた。女神が連れてきてくれたようだ。思わず涙が溢れてくる
「皆……女神様……お世話になりました…」
手を振る皆と女神に深々と一礼し、俺は自分の世界…のあの世へ渡り、両親に駆け寄り、2人に頭を下げる、
先にくたばってごめん、悲しませてごめん、親不孝でごめん。涙と共に謝る俺を2人は優しく包み込んだ