出会い
本の匂いにコーヒーの匂い、私は二つの匂いが混ざったこの空間が本当に好きだ。カフェが併設されているからこそ香るこの匂いは普通の本屋さんにはない。
だから残業がない日は、帰りにわざわざ一駅乗り越してここへ足を運んでしまう。たまに気になる本を見つける時があるが、あえて買わない。
自分の心の中のほしい物リストに追加し、お給料日まで待つ。そしてお給料日には数冊、心の中のほしい物リストの中から目をつけていた本を購入し、その中の一つは併設されているカフェブースでカフェラテを飲みながら読む、それが日頃頑張っている自分への月一回のご褒美となっている。
今日はそんなご褒美の日。いつものように一駅乗り越して本屋さんへ向かう。心の中のほしい物リストは十数冊あるが、今月は年度末でかなり頑張ったので、5冊は購入しよう。
…迷うなぁ。『余は神様である。』もあらすじから面白いから気になるし、『サバ缶とツナ缶、どっちが強い?』も続編が出ているし…。でも昔から好きな佐武佐奈さんの新作も買いたいし。
「やっぱおると思った〜!」
後ろを振り返ると、よく見る顔がニコニコしながらこちらをみていた。
「なんや、さつきか。仕事帰り?」
田辺さつき、私の高校時代からの友人である。あまり連絡は取らないが、私がお給料日になるとここにいることがわかっているので、毎月これる時はお給料日になると会いにきてくれる。さつきには言わないが、きてくれない月は割と落ち込んでいる。
「またどの本にするか迷ってんの〜?うちが決めたろか〜!」
「いつも言うてるけど私の好きなもんが買いたいの。決めてもらわんで結構ですぅ。」
「なんでもええけどはよ決めてお茶のもや〜!うちも今日読む本探してくるわ!」
言いたいことだけ行って颯爽と本を探しに消えていった。本当にいつもいつも嵐のよう。けど、私との本を読む時間をはやく取りたくて催促しているんだろうなというのが見て取れて可愛いので良しとする。
あの子は読みたい本を見つけてくるのが早いので、私も早く見つけよう。2冊は決まっているので、あと3冊…。う〜ん。う〜ん。どれも捨てがたい…。来月に回すのもありだな…。先に読みたいものは…。
カサカサ…
足元から背筋が凍るような音がする。Gか…?
ペチョ。
何か冷たいものが足の甲に乗っている。重みもある。おそらくGではない。
恐る恐る足元を見てみると、それはピンク色をしている。長さは40〜50㎝ほどあるように見受けられる。顔の横側から触覚のようなものが出ている。そしてなんとも間抜けな顔をしている。
ウーパールーパー…?にしてはデカすぎる。ウーパールーパーって手のひらサイズとかだった気がする。水槽から逃げ出したのか?いや、そもそもお店に水槽なんてあったか?とにかく、お店のペットかもしれないし捕まえて店員さんに預けないと。
そう思い、捕まえようと手を伸ばすと
ピャーーーーーーー!
なんとも聞いたことない声ですごい勢いで逃げ出したのだった。
「待って!待って待って!悪いことせんから!」
言葉が通じるわけがないのに、必死で引き留める言葉を使いながら追いかける。
パニックになっているウーパールーパーに似たその生物は、エスカレーターへ向かっていく。
この本屋さんは一階がスーパー、2階が専門店街、そして3階がカフェと本屋さんとなっているショッピングモールのようなところなので、エスカレーターがあるのだ。
エスカレーターに挟まってしまえばお墓行きは免れない。それは阻止したい。誰かのペットかもしれないし、このショッピングモールのアイドルとして飼われている子かもしれない。そうでなくても、エレベーターに挟まれる惨事は私も心が抉られるだろう。
とにかく誰かが悲しむことが確定してしまう。
幸い、私はスポーツをやったことがないのに足だけは速い。持ち前の速さを活かしてウーパールーパーに似た生物へ距離を詰める。
「え?!何してんの?!どうしたん?!」
本を選んでいるさつきの横を通りかかり、すごい形相でピンクの物体を追いかけ回している私をみてドン引きしている。が、面白そう!と言う顔をしながら私の後ろをついてきている。さつきらしい。
そうこうしているうちにもう少し勢いを出せば捕まえられるところまで距離を詰めてきている。
エスカレーターまであと10m。
思いっきり踏み込めば捕まえて抱きしめながら速度を落とせるはず。
タイミングを見計らって絶妙なタイミングで踏み込み、なんとかウーパールーパーに似た生物を捕まえることができた。
「大丈夫?!…なにその生き物!…特大ウーパールーパーか?!」
追いついたさつきからの質問に答えたいが、息が上がって言葉が出ない。
「えー!かわいい!けどデカ!ギネス登録されてるやろあんた!」
言葉が通じるわけないのに話しかける人が私以外にもう一人いた。
「…本を選んでたら足元にこの子がおって、誰かのペットかもしれんし店員さんとこ連れて行こう思ったら怖がって逃げ出してん。それを追いかけてた。」
やっと言葉が出るようになったので、簡単にさつきに説明する。
「これ、ウーパールーパーなんかな?私ウーパールーパーってデカくても手のひらサイズくらいやと思っててんけど。」
「せやな、うちが昔飼ってたピコ太郎も手のひらいかんくらいのサイズ感やったから、この子はデカすぎるわ。けど、デカさ除いたらウーパールーパーそのものやで。」
「昔飼ってたんかい。ほんで、この子どないしよう。店員さん行きでええんかな?さつき、ここの中に水槽とかあった記憶ある?私全くないんやけど、ここが飼ってるんやなくて他のお客さんのペットとかなんかな?」
「うちも水槽は見たことないわ。他の人が飼ってたとしても犬やあるまいし、買い物に連れてきたりしやんやろ。交番とかかなぁ?」
「とりあえず店員さんに聞いてみて、ここの子やなかったら交番に迷いウーパールーパーとして申請して、飼い主見つかるまでうちで面倒みようかな?」
「迷いウーパールーパーはおもろい。まあ、それがアンパイちゃう?」
結局、お店の子ではなかったみたいなので、迷いウーパールーパーとして交番に届を出しに行き、自治体にも連絡をしたほうがいいとのことで、自治体にも連絡をした。その後、一時的に私が保護すると言うことになった。一応3ヶ月経っても飼い主が見つからない場合は私のペットとして迎え入れることができるらしい。
交番のおっちゃんもウーパールーパーに似たこのピンクの生物をみて驚いていた。
「僕もウーパールーパー飼ってたけど、こんなでかいのみたことないわ」と言っていたが、この街にはウーパールーパーブームでもあったのだろうか。
飼ってる人と出会う確率ってもっと低いと思っていた。
そもそも、デカいよりも迷いウーパールーパーに出会うことにもっと驚くものではないのか。
本は結局買えなかったが、新しい出会いがあったし、こんな面白い日にはなかなか巡り会えないので、今月ご褒美は特大ウーパールーパーとの出会いということにしよう。
「しばらくよろしな、特大ウーパールーパーさんよ。」
「…」
「なんか返事してや恥ずかしいやん。」