陽炎-8
あの感動のレースから2週間経った。
今でもまだ忘れられないあの震え。
ファンタジスタより早く帰国した俺と瑤子は宝田と抱き合いよろこんだ。
あのレース後、ファンタジスタが生まれた牧場として、いろいろな取材が来たのだ。
ファンタジスタは今や時の馬となった。
しかし日本に帰ってきた俺はただの牧場経営者。
基本的には作業の毎日だ。
実はあれから瑤子とちょこちょこデートしている。ファンタジスタに違う意味で、そして大きな意味でありがとうと言っておこう。
瑤子は京都に行った。ドリームメーカーの菊花賞があるからだ。
俺はいつもの通り、ダンステリアとファンタジアの墓の掃除に向かった。
ファンタジアの墓の前に数人の若者がいた。
線香をあげ手を合わせている。
一人の若者が俺に気づき、皆に話かけて立ち去ろうとした。
「ちょっと待って!」
俺は若者達を呼び止めた。
一人の若者が震えていた。
「ありがとう…ファンタジアも喜んでいるよ」
俺の言葉を聞いて、一人の若者が泣きながら言った。
「凱旋門賞見ました…それで俺たち…」
俺はその若者の前に手を差し出した。
もういいから…キミたちの気持ちはファンタジアに伝わってるよ…俺は彼等の後ろ姿で気づいていた。
でも責めるつもりはない…。
俺にキミたちを責める権利はないんだ…。
俺は若者たちの眼を見て言った。
「ファンタジアは誰も恨んじゃいない…。
本当に…仔馬を愛する優しいお母さんだったんだ。
また…ファンタジアに会いに来てやってくれ…」
若者たちは頷き帰っていった。
ファンタジアの墓石にはこう刻まれている
凱旋門賞
日本ダービー馬の母
ファンタジア号
ここに眠る
まだまだ今年は終わらない…。
だってうちの暴れ馬がいるからね…。
明日あいつの走りをまたハラハラしながら見るんだ。
菊花賞前日の話だった。