陽炎-6
俺は立ち上がった。
ファンタジスタはすでに二の脚を使いきっている。
本当ならこの位置で爆発すべき脚はもう残っていない。
ずっと繋がれている瑤子の手から力が伝わってくる。
どうするんだ滝豊!?
『今年欧州を賑わした3歳馬同士の叩き合いになった!!
シュバルツか!?
ブレイブハートか!?
どちらも譲らないぞ!』
これまで北欧タイトルを中心に地味な活躍にあまんじていたシュバルツ。
しかしブレイブハートに負けない能力を持ち、陣営はこの凱旋門での直接対決に賭けてきた。暗い戦争の歴史を持つゲルマン魂を植え付けられたシュバルツ。この闘争心の固まりは競り合い勝負になったら絶対的な強さを発揮する。
『シュバルツが前に出たぞ!
しかし…しかしブレイブハートが再び並ぶ!』
奇跡の馬ブレイブハート。幼き時、乗っていた馬運車が事故で転倒。10頭死亡したその事故で奇跡的に無傷で助かった。母馬の陰で鳴いているのを発見されたのだ。
母の命と引き替えに得たこの類を見ない瞬発力で英国ダービーやキングジョージを制した。精神力の強さもその実力に表れている。
『残り100をきった!
前2頭!
しかし…ファンタジスタが半馬身まで来ている!まだ脚を残しているのか!?
この位置で…滝豊がムチを振り降ろした!』
ファンタジスタにとっては未知のレースだった。こんなにムチを打たれたレースはなかったし、脚はもう残っていなかった。
馬は背中に乗る騎手の気配を感じる事ができる。
もし背中に乗せた者がなにかに脅えたなら、馬はすぐに警戒して耳を立てる。
ファンタジスタはデビュー以来、ずっと背中を許してきた天才騎手から、初めてただならぬ緊張と切迫を感じていた。
『さぁファンタジスタにムチが入る!
半馬身を縮めるか!?
残りは数mだ!』
『シュバルツとブレイブハートが並んで…もう1頭ファンタジスタが突っ込んできた!!
3頭並んでゴーール!!!!』
ファンタジスタが最後にもう一回伸びたのだ。
三の脚…。
凄まじいゴールとなった。
俺は腰が抜けてへたり込んだ。
『これは凄い結末となった!ファンタジスタが最後の最後に飛んできた!
どの馬が勝ったのかまったくわからない!
写真判定の結果が出るまでしばらくお待ちください。』
高橋氏が近寄ってきた。
「見事だった!
デビルカッターはなんとか4着に残ったよ。」
俺の肩を軽く叩いて言った。
「とりあえず馬のところに行きましょう!」
瑤子が俺の手を引いて歩き出した。
まだ放心状態の俺は引きずられるように連れていかれた。
ファンタジスタのところに行くと、春文と照文さんが馬を労っていた。
「飛田くん!凄いよ!がんばったよ!」
春文は興奮している。
照文さんに結果を聞くと、まだわからないと首を振った。
瑤子がファンタジスタに近寄り精一杯の賛辞を贈りながら首筋を撫でた。
俺はファンタジスタの流星を撫でながら涙が止まらない。
例え勝ってなくても俺はいいんだ…。
立派なレースだった!
それから長い時間が過ぎた。
よっぽど際どい写真判定になっているのだろう。
照文さんが言った、
「同着はない。凱旋門賞に同着はあってはならない」
だそうだ。
正直俺は…同着でもいい。
そして30分後…電光掲示板に結果が映しだされた…。