飛翔-4
翌日、春文から連絡があり、俺と宝田が社来ファームに呼ばれた。
応接室に通された俺たちの前に座っていたのは、社来グループ会長の吉野善吉氏と社来ファーム新社長に就任した照文氏、サンダーR社長克己氏、社来HC社長春文という吉野ファミリー全員集合の緊張感漂う空気であった。
今年からグループ会長という肩書きではいるが一線を退いた吉野善吉。しかしグループ総帥の威厳は今も変わらない。
「わざわざ来てもらってすまないね。
こちらで決められる話なんだが、春文がどうしても君達もと言うんでね。まぁ話の内容はわかっているね?」
俺と宝田は恐縮しながら席についた。
まず照文さんが口を開いた。
「始めに言っておきますが、あくまでもオーナーである我々に決定権があり、あなた方には意見だけをいただく事になります。」
俺はこの照文さんの発言に少しカチンときた。
「アハハ…だったら僕らなんて呼ばずにそちらで決めはったらいいのに」
コラ…!宝田…口に出すな!
「まぁまぁ。照兄さんはちょっと言い方がキツイから…」
克己さんが間に入った。
「じゃあ春文。昨日おまえが突然言い出したファンタジスタの海外遠征の話をしてみろ」
照文さんが春文に促した。
「はい。先日、照兄さんと臼井調教師との間で、来年ファンタジスタの凱旋門出走プランがあると聞きました。僕は、来年ではなく今年の凱旋門に出走させるべきだと思っています。」
春文がちょっと頼りなく言った。
「まぁ確かに斤量の不利を考えれば3歳時の今がベストではあるがな」
見かねた克己さんがフォローを入れる。
「僕はファンタジスタを管理する社来ホースクラブの社長として今年10月の凱旋門賞への挑戦を提案します!」
春文の言葉を聞いていて思った。
春文…三男ってけっこう辛いな…。
「春文…おまえは勘違いしてるんじゃないか?」
照文さんが低い声で春文に言った。
「ファンタジスタはおまえの馬じゃない。
社来の馬だ。
自惚れるなよ。
ダービー馬だぞ?
海外で日本のダービー馬が惨敗してみろ!
しかもサンデーサイレンス系の馬だ。
この意味がわかるか?」
なぜか俺がビビっちゃってる。てか照文さんの言ってる意味がわかんねぇ~し。
しかしこの緊張感をさらに凍らすヤツがいた。宝田だ…
「アハハ!結局、負けた時の逃げ道や言い訳がなんもならんから今年は辞めた方がええって事でんな、照文社長?それにサンデーサイレンス系で、それこそ惨敗でもしたらこちらも大ダメージですもんな~」
あ、なるほどそう言う事か…
宝田の言葉で俺にもなんとなく理解できた。
すでにサンデーサイレンス系のディープインパクトとナイトメアが凱旋門で破れている。
これまでは《挑戦》と言う立場であったが、次はそうはいかない。
ファンタジスタはサンデーサイレンスの後継馬の筆頭とも言うべきダンスインザダークの産駒である。
しかも母系には社来が輸入して日本血統の代名詞ともなったノーザンテーストのノーザンダンサー系、母父にはこちらも社来が輸入したトニービンが入っている。
もし出走するなら、社来としても結果を出さなければならないタイミングである。
来年なら、また斤量のせいにできるって事だろう。
「宝田さんなら『こちらの事情』はお解りのはずだ。私から言わせてもらうと、なぜ春文を煽るような事をしたのかがわからない。」
照文さんの厳しい視線が宝田に向けられた。
「照兄さん!僕は煽られてなんかない!
勝つためにフランスに行くんだ!
勝つために今行かなきゃいけないんだ!」
春文が大きな声で反論した。
「生意気言うなバカモノ!」
照文さんが一喝する。
「照兄さんも春文も落ち着けって!」
克己さんがたしなめるがなかなか上がった熱はひかないもんだ。
「もういい!本当におまえらは昔から決め事ができん兄弟だ!」
吉野善吉が呆れたように怒号を吐いた。
突然宝田が立ち上がった。
「社長帰りましょ。
うちらの出る幕ありゃしませんわ。」
俺を含めた全員が呆然と宝田を見ていた。
「それにしても日本のダービー馬って信頼ないんですな~?
さっきから聞いてますと負ける事が前提のお話です。
うちの牧場の最高傑作をそこまでバカにされるとごっつ気分がようありまへん。
ただひとつだけ言わせてください・・・。
社来が先駆者にならんでどうすんだ!!!
あ、えらいすんません大きい声出しまして。
いやね、僕が本当に尊敬している人がね、こんな事言ってました、『夢とロマンじゃ食っていけない、だけど情熱だけは忘れるな』って。
やはりこれだけデカイ組織になると情熱を維持するのは難しいでんな~。
僕は小さな牧場を選んで本当に良かったですわ。
ほな、失礼します」
宝田は俺に目で合図して一人出ていった。
親父の言葉じゃないか…。
俺も立ち上がり一礼してから部屋を出た。