飛翔-1
「ファンタジスタのダービー制覇、本当におめでとう!」
高橋氏はまず笑顔でダービーの祝福をしてくれた。
それとない会話から始まったが、高橋氏の目から緊張感が伝わってくる。
「それで…?お話しって言うのは?」
ちょっと耐えきれなくなった俺は自分から本題を促した。
「実はファンタジアの今年生まれた産駒の件で…」
この人もか…俺は絶対にアムロは売らないと決めているんだ。
「高橋さん、すいませんがあの仔は…」
俺はビシッと断った。
「いやいや飛田社長。売ってくれって訳じゃないんだよ」
じゃあなんだ?
「本当は売って欲しいのだが、実はすでに宝田くんから飛田社長は絶対にあの馬は売らないだろうと聞いていたからね。」
「…じゃあどう言ったお話しで…?」
「あの馬を海外でデビューさせないかい?」
高橋氏はためらう事もなく真っ直ぐ俺の目を見て言った。
「は?海外…ですか?」
見かねた宝田が俺に説明をいれた。
「実は先日のファンタジアの葬儀に高橋さんが来てくれはった時に、アムロを見てらっしゃったんですけど、そりゃもう気に入っていただきましたんや。
でも社長は絶対売る気がないのはわかってましたんでその旨お話ししたら…まぁこう言う話になりまして…」
全然わかんね~よ。
なんで海外とか出てくんだ?
「飛田社長、あの馬は間違いなく活躍するよ。血統背景もすごくいいしね。宝田くんも同じ意見だったし」
俺は宝田を見た。
「めっちゃ大物の予感がします」
宝田は頷きながら言った。
「海外での管理は我々ダーリーグループが責任持ってやらせてもらうよ。」
なんだ?なに企んでんだこの人は?
俺は疑いの目で高橋氏を見た。
俺の疑視を感じた高橋氏は言った。
「もちろん…これはビジネスだからね。
こちらにも利益がないとね。
海外でのサポートは完璧にやらせてもらう。
だから…ひとつだけお願いがあるんだ。」
俺の疑視はさらに強まった。
「お願いってのは?」
「実はモハメッド殿下からサンデーサイレンス系の有力種牡馬を手に入れるように指示を受けてね。しかしサンデーサイレンス系は社来の独占状態だ。
今走っているロンバルディアは引退後はアメリカのダーリーグループの施設に送る予定だ。
しかし欧州の施設にも、もう一頭欲しい。」
高橋氏はもうわかるだろ?って目を俺に向けた。
「欧州で活躍して引退後、ダーリーグループに優先的に種牡馬として売却して欲しいってのが…条件です。」
良い話だ。海外でのサポートはしてくれるし、引退後は買ってくれるって言うのだから。
うちには種牡馬施設がないから結果的に売る事になる。すでに買手が見つかった状態なのだから安心だ。
こういう時には宝田に意見を貰うのが一番良い。
「めちゃくちゃ良い話でんがな。受けるべきやと思います。」
宝田が言うのだから間違いない。
俺は高橋氏に訪ねた。
「アムロは…ファンタジアの仔はそんなに期待できますか?」
高橋氏は目で宝田に促した。
俺は宝田に目線を移した。
「めっちゃ大物ですわ。」
頷きながら宝田は言った。
しかし俺にはひとつ気掛かりがあった。
ダーリージャパンの協力を得る事は、社来の吉野善吉への裏切り行為になりかねない。
外資系馬主参入に一番反対していた人だからだ。
うちの牧場は社来の協力で成り立っている。
親父の時代から深めてきた友好を壊す事になる。
宝田に意見を求めた。
「確かに先代ならこの話は断りまんな。
うちのような小さい牧場は社来に睨まれたらこの世界生きていけまへん」
やっぱそうだよな~。
「でも…今の社長はあなたです。
社長!あれだけの馬を所有していて勝負にでないわけにはいきまへんで!
それに吉野社長はそんなに器の小さい人ではないと思いますわ。
しっかり義理だけ通しさえすれば大丈夫やないですか~」
そうだろうか…。
さっきから黙って聞いている瑤子を見た。
瑤子は無言で俺に決断を迫る。明らかに根性見せろと言いたそうだ。
「高橋さん…アムロをよろしくお願いします!」
俺の返答に高橋氏は立ち上がり、
「こちらこそよろしくお願いします!
しっかりサポートさせてもらいます!」
固い握手をした。