序奏-9
俺と瑤子は帰りの飛行機を待つ間、空港内のラウンジで時間を潰した。
そういえば二人でお茶するのは初めてだ。
いろいろな話をした。
牧場の事、ビンゴやコナンの事、そして昔話。
初めて瑤子に会った時、彼女は都会の臭いがする女性だった。
もちろん今の瑤子だって、たとえニューヨークでもパリでも一番輝ける素晴らしい女性だ。
でも、あの頃と今とじゃ明らかに違う所がある。
それは瞳だ。
都会とは違い牧場の時間はゆっくり流れる。
忙しい作業の毎日だが、そのスローな時間が確実に彼女の過去の傷を癒したのだろう。
しかし俺には不安があった。彼女はうちのような小さな牧場でおさまる器ではない。それは宝田にも言える事だが…。
いつか…傷が完全に癒えた時、どこかへ羽ばたいてしまうのではないか…。
そう考えると切なくてたまらない。
飛行機の時間が迫りラウンジを出る時、瑤子が言った。
「そういえば最近、結城美穂さんから宝田さんに頻繁に電話があるんですよ~」
なに~!?宝田…抜け目ないな…。
「帰って二人がかりで白状させちゃいましょ~!」
そうだ…今は二人で帰ろう。
今はまだ瑤子の帰る場所は牧場なのだから…。
皐月賞も終わり、二週間後には天皇賞。
そして種付けシーズンだ。
コナンは京都新聞杯へ向け動き出し、ビンゴはダービーでのリベンジを果たすためにさらなる飛躍の調教に余念がない。
そういえば今週、ドルフィンリングが牧場に帰ってくる予定だ。
屈腱炎になってしまった。引退させる事にした。
超早熟馬のドルフィンリングはピークが今。
正直、今後の活躍は見込めそうもない。
短い現役ではあったが、馬主になった俺にとって初めての持ち馬だ。
大事にうちで繁殖馬として過ごさせるつもりだ。
放牧しているファンタジアとアムロの姿を見た。
サラブレッドの血は時代を巡る。
それは人の夢と共に…。
「夢を繋ぐ仕事か…。」
自分のガラじゃないセリフに俺は笑った。