そして…未来へ-6
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「残り100を切ってプロミネンスが頭ひとつ前へ出たか!
いやゾディアックが前に出た!
このマッチレースの勝者はどっちだ!
だがもう1頭これに加わる赤い巨体!ドリームメーカーだ!
ドリームメーカーがこの2頭に並びかける!12歳ドリームメーカーが世界最強の2頭に迫ってきたぞ!
3頭並んだ!3頭並んだ!」
プロミネンスとゾディアックに異変が起きたのはドリームメーカーに並ばれた直後であった。
ここまで比類なきスピードで日本勢を圧倒してきた。しかし突然、体から発汗をはじめ、騎手のムチが飛ぶたびに水しぶきが舞っていた。
これは2頭の体内に流れる【血】に原因があった。
日本競馬の歴史に名を残す名馬ロンバルディアの仔プロミネンス。
アメリカ競馬芝路線のチャンピオンだったサーチベルガの仔ゾディアック。
名馬の遺伝子を継ぐこの2頭だが、この血にはひとつ大きな弱点がある。
それは『ドリームメーカー』というウイルスである。
ドリームメーカーが初めて勝ったGIは3歳時のジャパンカップ。
このときアメリカから遠征していたのがサーチベルガ。
凱旋門賞でファンタジスタに破れ、年内もう一戦として選択されたのがジャパンカップだった。
必死の追い込みで逃げるドリームメーカーに迫ったが惜敗。
その後は、自国アメリカで芝路線のナンバー1の地位を守りぬいた。
一方ロンバルディアに関しては説明の必要はないだろう。4歳時のドリームメーカーとの熾烈な戦いは、今や名勝負として語り継がれている。
引退後は、アメリカにて種牡馬としての人生をスタートさせ、初年度産駒から故郷日本の三冠馬を送り出した。
この2頭にはドリームメーカーに敗れた遺伝子があり、ドリームメーカーというウイルスはどんな隙間にも入り込み侵蝕していく。
血が訴えている
「この馬はヤバイ」
と。
キャスパルは必死に手綱をしごき、バットはムチを連打する。
並んだ3騎手で1番冷静だったのは美幸であった。
残り50Mで静かにムチを挙げた。
それが振り下ろされた瞬間ドリームメーカーから、けたたましい叫びが発せられた。
「ウリリリリリリリイリリイリリリリーーーーーーー!!!!
それは断末魔の叫びのような悪魔の声。
限界をとっくに超えたはずの12歳馬が見せる命の奇跡。
ドリームメーカーがクビひとつ前にでた。
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美幸のゴーグルの下は涙であふれていた。ムチ打つたびに伸びをみせ、驚異的な末脚で一気に先頭を捉えた。この馬はなぜこんなにがんばれるのか?
はじめて跨った2歳時は本当にこの馬が嫌いだった。
3歳時ジャパンカップで初めてGIを勝ったとき、この馬が少し好きになれた。
4歳の時、ロンバルディアとの戦いの中でお互いが成長しあえた。
5歳時、海外遠征で苦渋を舐めさせられたとき、共にそれを乗り越え戦友になれた。
故障明け10歳時、5年待った恋人との再会のような幸せな気分だった。
11歳時に別れをつげたときに、心に大きな穴が開いたように悲しかった。
そして12歳。とっくに現役を引退していてもおかしくない馬齢のこの馬が、世界の頂にいる2頭を差した。
すべての感情が交じり合うドリームメーカーとの歩み。
美幸は大きな声で叫んだ。
「大好きよ!ドリームメーカー!」
「ドリームメーカーだ!ドリームメーカーだ!
ドリームメーカー優勝!
12歳馬ドリームメーカーが世界の頂点に立ったぁぁぁぁぁ!!!!」
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ドリームメーカーが先頭でゴール板を過ぎた瞬間、中山競馬場は地震のような大歓声と怒号に包まれた。
向う正面でドリームメーカーを止めた美幸は空を仰いで大きな声で泣いていた。
そしてドリームメーカーの首筋を撫でて労っていたとき、異変に気づいた。
ドリームメーカーの赤い毛色が栗毛になっていたのである。
美幸はすべてを悟った。
「そっか・・・これで終わりなんだね・・・お疲れ様・・・ドリームメーカー・・・ありがとう。」
そうやさしく語りかけた。
馬主席では田辺真がその異変の理由を飛田雅樹から聞きだしていた。
「ドリームメーカーは2歳まで栗毛だったんですよ。それが激戦の3歳時に突然赤鹿毛にかわって、5歳時にタテガミが金色になりました。
あいつは戦うために自ら進化をしていったのです。
それを今脱ぎ捨てたってことは、ここらでしまいって事です。」
涙で言葉を詰まらせた飛田雅樹は、ターフを指差した。
その先には瑶子がいた。
涙で顔がグシャグシャになった瑶子は大きく深呼吸をした。
これが最後の儀式である。
「コーナーン!おいでーー!」
金色の翼と真紅の鎧を脱ぎ捨てたドリームメーカーは、生まれたままの姿で母親の胸へと帰っていった。
プヒン
プヒン
ウリリリリリー
ドリームメーカー劇場これにて閉幕!