そして…未来へ-5
12
「最強の2頭は直線へ!続いてアルバトロス!内には行ったセキトバ!その外からデビルマン!さらに大外を周ってシューティングレイ!日本最強馬が2頭を追っている!」
すでに戦いの幕を降りたブラックエンペラー鞍上の的矢均は馬群の最後方に落ちた時、突然大きな声で叫んだ。
「浦河ぁぁぁ!!!よく我慢したっ!!行けぇぇ!!!」
直線入り口でシンガリにいたドリームメーカーに向けてであった。
前走までたった3戦のみの騎乗であったが、ドリームメーカーの力は熟知している。
自分では勝たせることができないと悟った理由が、いまここにあった。
(ドリームメーカーのリミッターを外すことができるのは・・・浦河だけだ・・・)
武田が「ドリームメーカーが本来、GIなんぞ勝てる馬ではなかった」と言ったとき、的矢は深く頷いた。
もちろん競走能力は高い馬である。しかしそれだけでは世界中の猛者を相手にはできない。
ドリームメーカーの本来の力だけではここまでの実績を残すことはできなかっただろう。
ではなぜドリームメーカーがロンバルディアやインフェルノを倒すことができたのか?
理由は1つ。
「感情」である。
ロンバルディアへは「怒り」、インフェルノへは「意地」といった感情が最後のリミッターを外す【鍵】となったのだ。
的矢は、それを悟ったとき必死にその【鍵】を探した。
しかし同時にその鍵をもつ資格が自分にないことに気づく。
強制的に乗られている状況で感情を爆発させることなどできるわけがない。
それは騎手との信頼関係。ただただ空腹を満たすため獲物を追いかける獣のような状況のときに鍵穴が姿を現す。その状況を作っていたのは浦河美幸に他ならない。
ドリームメーカーにとって【鍵】を預けられるのは美幸だけなのだ。
的矢の声を聞いた美幸はムチを高らかに挙げた。
(そうだ・・・それがお前の【鍵】だ・・・)
的矢は再び叫ぶ。
「もう一度見せてくれ!お前の脚を!」
美幸のムチがドリームメーカーに振り下ろされた。
13
「直線に入りゾディアックとプロミネンスの激しい叩き合い!
2頭まったく譲らない!
後続はアルバトロスとセキトバが必死に喰らいついているが、その差はまだ3馬身!
シューティングレイもきているがこれは届くか!?」
直線、伸びを欠いたデビルマンもズルズルと後退をはじめた。
悔しさを露にする山形茜は、一瞬背中に震えを感じた。戦慄に近い悪寒。
そして聞こえてくる激しい脚音。
それはほかの脚音よりも早いリズムでだんだん大きくなっていく。
恐る恐る振り返ると、馬群を割るように真っ赤な馬体が飛び出してきた。
(ドリームメーカー!!!?)
並びかけられたとき、茜は鞍上の美幸の顔を見た。
今まで見たことのない厳しい表情。しかしなぜだか口元は笑みが見える。
「お姉様!!美幸お姉様!!勝ってぇーーーーー!!!」
茜の声にならない叫びのあと美幸はもう一発激しいムチをドリームメーカーに浴びせた。
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「残り200を切って先頭は両者譲らず激しい攻防!
ここでセキトバが失速!
アルバトロスは2馬身差まで詰めているがこれまでか!?
外からシューティングレイが一気にかわして3番手に上がった!
おっと・・・1頭なにか来たぞ!?
馬場の真ん中をドリームメーカーが凄い脚で追い込んできた!」
世代最強の一角を担っていたアルバトロスは好位につけながらも前が早すぎて脱落となった。
しかし三田の表情に落胆はない。なぜなら後ろから近づいてくる脚音が聞きなれたアイツのものだからだ。
ロンバルディアのときも苦しめられた『地を削るような脚音』が、こんなにも頼もしく感じたことは今までなかった。
隣りに並ぶ真っ赤な巨体。三田は低い声で叫ぶ。
「おいデブ馬!前の2頭を狩ってこい!!美幸!頼んだぞ!」
アルバトロスをかわした瞬間、美幸はさらにドリームメーカーにムチを加えた。
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「シューティングレイが伸びている!先頭まで1馬身!
しかしそれをドリームメーカーがかわしにかかる!
凄い脚だ!凄い脚だ!」
野田新之助はシューティングレイをトップスピードで追い込ませてきた。
しかしそれを上回る末脚のリズムが大きな音を立てて迫ってきた。
(美幸ちゃん・・・?美幸ちゃんが来たんだな!)
野田新之助はシューティングレイにムチを入れつつ美幸の【到着】を待った。
しかし真っ赤な馬体は並ぶことなく一気にかわしていった。
「おっおーーー!美幸ちゃん!行け~~~~~~!!!!」
野田の右手は大きくガッツポーズを作り、美幸の背中を見送っていた。