稲妻-5
この日京都競馬場は溢れんばかりの観客が押し掛けた。
史上3頭目の無敗の三冠馬。
史上初の外国産馬の三冠馬。
そして史上最強の三冠馬の誕生を生で見るためである。
今日この場に来ること…それは歴史的瞬間に立ち会う事。
ダーリージャパン高橋代表がユリノアマゾンのレース後にこんなコメントを残した。
『ユリノアマゾンの母馬ヒシアマゾンの現役時代は外国産馬冷遇の時代であった。外国産馬であったためにクラシックに出走できずにいたのだ。
あの馬がクラシックに出ていたならば間違いなく牝馬三冠を達成していただろう。そして彼女の未来も違うものになっていたかもしれない。
デビルカッターの三冠を今まで理不尽な鎖国競馬の犠牲となったすべての馬に捧げたい』
デビルカッターはもちろん一番人気。これは不動のものだ。
二番人気には神戸新聞杯を勝ったデーモンヒル。夏から本格化し3連勝で挑む。
三番人気に皐月賞二着のアドバイザメモリー。古馬を相手に札幌記念を勝利し本格化をアピールした。
四番人気には春文のライラポイント。セントライト記念で2着に入り春の雪辱を晴らす。
「デーモンヒルがどれだけやれるかでんな~」
宝田がテレビの前で唸った。マヤノトップガン産駒で長距離にはかなり強そうである。
宝田曰く、この距離ならばデーモンヒルはデビルカッターに勝てるかもしれないらしい…。
快晴良馬場の京都競馬場に18頭が出揃った。
名実況アナ杉山氏が言い放つ!
『GⅠのファンファーレが鳴り響き…京都3000mの長丁場、クラシック第3弾菊花賞!淀を制して三冠を手にするかデビルカッター?デーモンヒルが日本馬の誇りにかけて阻止するか?
各馬枠入り完了!
…スタートしました!
各馬綺麗なスタート!デーモンヒルが一気にハナをとって逃げる構え!父子で綱を握るは原田成二
おーっとこれにデビルカッターが並んで競り合うかたち!
なんとなんとアドバイザメモリーもこれに加わったぞ!
上位人気馬のハナの奪い合いだ!』
上位人気馬の逃げ比べの展開に京都競馬場は揺れる程の大盛り上がりだ。
『まったく譲らないまったく譲らない!三頭並んだまま一周目のスタンド前を通過します!しかしこれはかなりのハイペースだ!後続馬をすでに20馬身離して三頭が並んで逃げています!』
皐月賞二着に敗れたアドバイザメモリーと長部幸雄。あの日デビルカッターに大雨と不良馬場のなか姿も蹄音も感じないままコースレコードで逃げ切られている。
規格外の強さをまざまざと見せつけられた。本来逃げ馬であるアドバイザメモリーを抑えてしまった長部は、このレースだけはハナを奪う事に集中していた。
長距離戦に対する自分の腕と、この馬の勝負根性を信じていた。
『向こう正面に入り、今だ三頭併せたまま!これは凄いレースになりました!』
原田成二。カリスマ騎手として人気を誇り、数々のタイトルを手にしてきたターフの魔術師。しかし落馬により腎臓を摘出と言う大事故の後、奇跡的にカムバックしたが、昔の勢いは感じられなくなった。完全なる復活を賭けて、自分に名誉と栄光を与えてくれたマヤノトップガンの息子デーモンヒルで新たな原田伝説の幕開けとしたい…魔術師は親父にそっくりな栗毛の馬体に語りかけた
(二人で新たな伝説を作ろうぜ……!)
『これはもうとんでもないハイペースだ!』
淀の第3コーナーの坂。競馬の歴史の中でも数多くのドラマを生み出したこの場所で、命を落とした名馬もいる。
『さぁ三頭揃って淀の難所を登っていきます!しかし…しかし京都の坂はゆっくり下らなければなりません!京都の坂はゆっくり下らなければなりません!』
長年競馬を実況してきた杉山氏の脳裏にライスシャワーが浮かび思わず叫んだのだ。
京都の坂はゆっくり下らければなりません…
三頭は京都の下り坂に入った。
欧州のトップジョッキーであるオリバー・ペリアは興奮していた。あの時…エルシドに乗って英国ダービーを勝った時の事を思い出していたのだ。欧州の競馬場は自然の地理を利用したコースが多く平坦な競馬場は少ない。英国ダービーが行われるエプソム競馬場も激しい高低差のあるコースだ。
なにより最後の直線は長い下りでゴール前には激しい登りに変わるエプソム競馬場はスピードだけではなくタフさも要求される。
ペリアはデビルカッターに父馬エルシドを重ねていた。
この手応え…この力強さ…すべてを引き継いだこの馬に、こんな坂はなんの障害にもならない。
坂の下り…ペリアは手綱を緩めた。
高橋氏から指令された事…それは圧倒的な勝利。
デビルカッターは緩やかになった手綱で溜っていたフラストレーションを一気に爆発させた。
『なんと…デビルカッター下りでさらに速度を早めた…!
デビルカッターが体ひとつ前に出た!』
セオリー通りに長部と原田は手綱を絞っていた。
ここまでのハイペースを持ち前の勝負根性で走ってきたアドバイザメモリーは併せる馬を失った瞬間ズルズル後退していった。
『坂を下りに最終コーナーに差し掛かります!先頭はデビルカッター!しかしデーモンヒルも半馬身に詰め寄る!後続の馬群も徐々に差を詰めるがまだ10馬身以上の差があるぞ!』
原田はいったんは手綱を絞ったがペリアの動きを見て、また手綱を緩めた。
ここで離されてはいけない!彼のキャリアが無意識にそうさせたのだ。
『これは2頭のマッチレースになりそうだ!アドバイザメモリーは馬群に吸い込まれていくぞ!
さぁー直線!デーモンヒルがデビルカッターに並んだ!
原田のムチが入る!
デビルカッターにもムチが入った!』
ペリアにも距離的な不安はあった。早めの捲りで突き離しておきたかったが、まさかここまでデーモンヒルがついてこようとは思いもしなかったのである。
『デーモンか!?
デビルか!?
両者併せたまま400mを通過!』
後続はもう届かない。
『原田のムチがさらに入るぞ!
デビルカッターはいっぱいか~!?』
このまま行ける!
原田は手応えを感じていた。
『デーモンヒルが頭ひとつ抜けたか!?
残り200をきった!』
デビルカッターにペリアのムチがさらに入る!
『デビルカッターまた抜き返す!
どっちだ!?どっちだ!?』
…???…
突然の出来事だった…。
原田が追うのをやめた…。
『どうした原田!?どうした原田!?故障発生か!?
デビルカッターが完全に抜け出したぞ!』
ざわめく観衆!
そして……
『デビルカッター!歴史に名を刻む三冠達成!無敗の!外国産馬の!無敵の三冠馬の誕生です!』
ペリアのガッツポーズがターフビジョンに映しだされる。
2着に入ったデーモンヒルから原田が下馬。
3着には5馬身遅れで差してきたライラポイントが入った。
『苦戦を強いられましたが、堂々の三冠達成!
日本レコードを更新するオマケ付きです!』
原田が下馬したデーモンヒルが馬運車に乗せられる映像が映しだされた。
「見た感じは大事に至らなそうですけどね…」
宝田が言った。
宝田が言うなら安心だ。
俺はこのデビルカッターという馬に恐怖を感じた。
そしてあれだけのレースを馬にさせてしまうこのフランス人騎手にも…。
「メルシー!ポク~!」
ペリアの叫びに京都競馬場に集まった観衆はペリアコールで祝福した。
翌日のスポーツ紙はデビルカッター三冠一色となった。
その片隅にデーモンヒルの記事が載っていた。
『馬体には異常なし』
宝田の言った通りだった。
原田成二のコメント
『あれ以上追っていたら馬は潰れていたね。限界を超えていた。
あれだけのレースをしたんだ、馬を誉めてあげたい』
なんとも原田らしいコメントだ。
瑤子の話だとユリノサンキュー事件の時、主戦騎手だった原田は調教師や馬主に対し過酷なローテーションを非難。自ら馬を降りた。
その後、原田の主張通りユリノサンキューはレース中の事故により安楽死処分となっている。
「コナンには原田さんのような人に乗ってほしいな…」
瑤子がポツリと洩らした。
《ホースニュース誌面より》
デビルカッター馬主
高橋氏のコメント
『当然、ここまでの結果は予想していた。
デーモンヒルに関してはよくがんばったと思う。
デビルカッターもさすがに疲労を残しているだろうから、様子を見て次走を考えたい。』
と有馬記念の出走は保留の考えだ。
今週の秋の天皇賞は、春の天皇賞を制したイーグルショットと宝塚記念を制したアドバイザシュートの争いになりそうだ。
イーグルショットはオールカマーを勝ち調整万端の様子。
アドバイザシュートも京都大賞典を制していて、本番では昨年のダービー馬の意地を見せたい。
それに割って入るのが、今年のダービー二着馬ヒシガーディス。春は京都新聞杯で重賞初制覇しダービーに挑むがデビルカッターの二着。秋は距離適性から路線を中距離に絞り、毎日王冠で古馬を破り見事に勝利した。
この日には史上最高セリ値で落札されたロンバルディアがデビューする。
夏は過ぎたが東京競馬場はまだまだ熱い戦いがまっている。
前代未聞の巨漢馬のドリームメーカーは12月四週の阪神新馬芝2000mでのデビューが決まった。同馬はゲート試験にそなえた稽古にて鉄製のゲートを四基も破壊。凄まじいパワーを予感させるが、その一方であまりにも激しすぎる気性が心配視されている