DRAGON QUEST-2
エアマスターはダービー馬であるがうえの厳しい戦いの道しか選択がないのである。
キャサリンは、このイバラの選択に異を唱えた。
これまで忠実に与えられたミッションを完璧にこなしてきた彼女が、初めてベル・メッツに反論したのである。
「香港ならば確実に勝てる」と。
当初、予定されていた香港カップは芝2000m。
エアマスターにとって理想的な適合レースである。
ゾディアックも、プロミネンスも出走しない。
これほど整った勝利への環境はそうそうあるものではない。
香港カップは世界競馬の1年を締めくくる重要な国際レースである。
のちに名馬と呼ばれるためには、キャリアに刻むべきレースのひとつといっても過言ではない。
だがベル・メッツの下した結論はNO。
あくまでも世界の頂をアルカポネ、ジオングを倒して手に入れると譲らなかった。
馬の全権はオーナーにある。
キャサリンはエアマスターとともに苦難の道中を進んでいた。
5
残り800mの標識を通過した第三コーナー。
じっくりシンガリで脚を溜めていたドラゴンアマゾンは一気に加速をはじめた。
デビュー以来変わらず鞍上にいる野田新之助。
ともにケンタッキー・ダービーやドバイデューティーフリーなどの国際GIを勝ってきた最高のパートナーである。
芝、ダート問わず、地方競馬から国際レースまでオールマイティーに超一流の相手を打ち負かしてきたドラゴンアマゾンの父はユリノアマゾン。
最強世代といわれた時代の中の有力馬筆頭として数々のタイトルを獲得してきた名馬である。
凱旋門賞馬ファンタジスタ。
覇王ロンバルディア。
華麗なる一族ドラゴンウイング。
そして赤い爆星ドリームメーカー。
様々な死闘を演じながらも、届かなかった海外GIを初年度産駒のドラゴンアマゾンが父の雪辱を晴らすかのような大活躍を見せている。
しかしこの結果は野田新之助の技量も大きい。
それは同期に浦河美幸、三田崇というライバルの存在だろう。
デビュー当時は、三田の背中を美幸と二人で追っていた。
だが美幸がドリームメーカーの鞍上に抜擢されてからの活躍ぶりに、野田はひとり取り残された気持ちになっていた。
元々は楽観的な性格の野田だが、同期の二人が次々とビッグタイトルを手にしていく姿を冷静に見ていられるわけもなく焦りを募らせていた時期もあった。
三田がロンバルディアに乗り、美幸のドリームメーカーと熾烈な争いをしていた時である。
だが腐らず努力と鍛錬を積み重ね今や世界で活躍するジョッキーに成長したのは、彼の常に前向きな姿勢が呼んだ結果であろう。
『勝利への嗅覚』が優れている野田の騎乗は大胆に見えて実は繊細な技術あってのもの。
前方にいる2頭、アルカポネとジオングの位置をしっかり確認する野田。
クンクン・・・
野田の鼻腔を刺激する勝利という名の芳醇な香り。
(よ~~~し!いっくぞ~~~~~!!)
高らかに振り上げられたムチがドラゴンアマゾンに打ち付けられた瞬間、一気に捲くり、位置を上げていった。
6
馬主席でレースを見守る顔触れにも様々な表情があった。
特に厳しい表情がベル・メッツ。エアマスターの脚色の悪さを睨むように見ていた。
これは決して鞍上のキャサリンへの怒りでもなければ、エアマスターへの失望でもない。
幾度となく日本へ愛馬を遠征させてきた経験を持つ彼は、[ダートの質の違い]を熟知していた。それを踏まえた上で今回の遠征を下した自分に腹を立てていたのだ。
しかしベル・メッツの選択は至極当然であったことは言うまでもない。
アメリカは[ダート社会]であるからだ。
ベル・メッツが誇る[風の一族]の血脈を汲む馬は、自らが開いたウィンファームで繁殖生活に入れる。
エアマスターも引退後は、アメリカにて種牡馬になるのだ。
だがケンタッキー・ダービーという最高の栄誉を得たエアマスターであるが、母方の血統の強さが出た。芝適正だ。
ダービー後のクラシック2戦を敗した後、3歳芝GIセクレタリアト・ステークスで圧勝したときに、この芝での適正が決定的となった。
この結果はエアマスターに更なる高いハードルを課す事となる。
現在、世界競馬はアメリカVSドバイの縮図が出来上がってしまっている。
芝路線はゾディアックとプロミネンス。
ダート路線ならばアルカポネとジオング。
この4頭が世界の競馬を牽引しているのだ。
エアマスターはアメリカのダービー馬。世界の頂点へ挑まざるをえない立場にある以上、この2つの路線いずれかの頂に立つ事が最終目標に義務づけられてしまった。
まず活路を見出した芝路線で挑んだBCターフ。
BCは世界中から様々な路線の一流馬が集う世界競馬の祭典の位置づけともなっている。
その祭典での芝クラシック・ディスタンス(2400m)No1決定戦がBCターフである。
本来、このレースでもゾディアックとプロミネンスの対決が注目を集めていた。
2頭の対決は、昨年のこのBCターフの同着から始まり、今年に入りキングジョージではゾディアック、凱旋門賞ではプロミネンスと、世界のビッグレースで互角の勝負を繰り広げてきた。
1勝1敗1分。まさに2頭の決着の舞台であるはずであったが、プロミネンスが急遽回避を発表。世界を転戦してきたプロミネンスの疲労を考慮した陣営の英断であった。
ここでゾディアックの対抗となったのがエアマスターだった。
昨年のダービー馬と今年のダービー馬が芝での対決という新たな話題も作った。
しかし結果はゾディアックの完勝。エアマスターは2着でありながら評価を下げる結果となってしまった。
先にも述べたようにアメリカはダート社会である。
ゾディアックもダートのダービー馬であり本来ならばアメリカ競馬の王道を進むはずであろう。
しかし芝路線への転向は父サーチベルガの芝実績と適正を考慮し、世界の舞台に戦うためのものであり、エアマスターのそれとは違う。
芝の舞台ではゾディアックに勝つことは不可能と考えたベル・メッツは再びダート路線へとエアマスターを復帰させた。
アメリカ・ダートには今年のドバイ・ワールドカップでゾディアックを倒したアルカポネが時代を牽引している。
そしてドバイの使者ジオング。
どんな馬場環境にも対応できる2頭。
ベル・メッツは馬群を並んで引っ張る2頭に視線を合わせた。
(時代が悪かったか・・・)
これはいつの時代にも言える言い訳にすぎない。しかしエアマスターの競走能力を考えれば、こう思わずにはいられない。
ベル・メッツは口元に笑みを浮かべた。彼ほどの重鎮であっても、競馬とは奥深く難しく、しかしそれが魅力を深めていくスポーツなのである。
(次は・・・日本のグランプリだな・・・。)