Red Passion-3
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日本のパート1入りにより今でこそ国内GIが国際レースに格上げされているが、日本で初めての国際レースはこのジャパンカップである。
当時は唯一の国際レースであったから、日本GI戦線の中でも特異な意味を持っていた。
日本の力が世界にどこまで通用するのか?
秋枯れの東京競馬場のターフから第一回目は始まった。
海外から招待馬を迎えていたが、ホスト国である利により、勝ち負けの期待を受けた当時の日本代表馬。
しかし、結果は三年目のレースまで負け続けていた。
世界との大きな壁を痛感していた日本競馬界の挑戦は苦難の道であった。
そんな日本競馬界に、新たなヒーローが現れた。
日本競馬4頭目の三冠馬シンボリルドルフ。
その年、クラシック三冠を無敗で制し、今でも[皇帝]の称号と共に語り継がれる歴史的な名馬である。
この馬が日の丸を背に日本代表としてジャパンカップに出走する。日本競馬の悲願が成される事を誰もが期待していた。
鞍上は長部幸雄。
当時すでにNo.1ジョッキーの座にいた長部ではあったが、彼に日本ダービーの栄冠をもたらした馬は後にも先にもこのシンボリルドルフただ1頭だけである。
極東の島国から生まれたニューヒーローが国際舞台ですべての期待を背負っていた。
だが、この1頭集中の構図が、新たなヒーローの誕生を作るサインである事を、この時は誰も気づかなかった。
この年のジャパンカップは、シンボリルドルフともう一頭の有力馬ミスターシービーの二枚看板で臨んでいた。
ミスターシービーも前年の三冠馬。
二年連続の三冠馬誕生という好材料がより一層の期待を膨らませていた。
そしてこの年の第四回ジャパンカップで悲願の日本馬初勝利を飾る事になる。
しかし、それはシンボリルドルフでもなくミスターシービーでもない。
カツラギエース。
日本国内の競馬史上、最初に世界への扉を開いた馬である。
このレース、カツラギエースは10番人気と低評価であった。
この年の宝塚記念を勝ったGIホースにしてはあまりにも屈辱的な評価だった。
同期の三冠馬ミスターシービー不在で勝った宝塚記念ではあるが、勝ちタイムは当時のレコードを叩き出している。
そして結果的に無敗の三冠馬シンボリルドルフに初めて黒星の3着をつけたのだ。
実力はあるが、評価がされづらい逃げ馬の性とも言うべきか、紛れも無くオッズ的には穴馬が国際レースを勝ったのであった。
このジャパンカップの前走でミスターシービーに破れている事も相手関係を困惑させた原因でもあるし、カツラギエースはこれまでの戦績から中距離快速馬のイメージが強い。2400Mは長いと判断されてもいたしかたなかった。
次走の引退レースとなった有馬記念でもシンボリルドルフの2着と長い距離の適性を見せつけた。ここでも、3着のミスターシービーに先着。
見事に時代を代表する馬へと名を上げたのである。
適性と実力とは得てして比例するものではなく、時に実力が適性を上回る事がよくある。
かのクラシック2冠馬ミホノブルボンもそうであったように、血統や適性をひっくり返す偉業を成すケースも存在するのが競馬である。
中距離快速馬だったカツラギエースが、シンボリルドルフやミスターシービーを抑えて逃げ切ったジャパンカップはまさに適性を超えた実力が勝った結果に思えてならない。
ミホノブルボンにしても血統背景はマイル~中距離、名トレーナーのスパルタ調教が実を結んだとしても淀の3000Mを2着に粘りこむだけの[内的素材]は実力のみなのである。
そして東京2400Mにはもうひとつキーワードがある。
これは個人的主観になるが[逃げ]という戦法が発動しやすいコースなのではないだろうか。
長い直線に後ろ有利と考えるのが普通なのかもしれない。
だが4コーナー入口まで展開が動かず、後方の馬は直線に入った頃にようやく外から追い出す傾向がよく見られる。
さらに直線の長い新潟なんかでは、もっと露骨な直線勝負を感じる。
位置取りが難しい京都や中山などでは後方は[捲り]で直線入口には前目に取り付くのが今やセオリーとは言えないか。
東京競馬場2400Mを逃げ切ったダービー馬サニーブライアンも、ロケットスタートで一気に先頭に踊り出ると、ペースをスローに持ち込み3、4コーナーで一旦引き付けると直線でさらに後続を引き離した。
追い込みをかけるのちの天皇賞馬メジロブライト、有馬記念馬シルクジャスティスを嘲笑うかのように、見事に逃げ切りを果たした。
自らレースをコントロールできる実力ある逃げ馬にとって、東京の直線は最も支配しやすいコースなのかもしれない。
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『さぁ~ジャパンカップのスタートが近いております!
ファンファーレが高らかに、東京競馬場に詰め寄せた大観衆のボルテージも一気に上がります!
枠入りは順調、さすが百戦錬磨の兵が集うジャパンカップ!
おっと!1頭ゲート前に立ち止まって動かない馬がいます。
真っ赤な巨体ドリームメーカーです!』
的矢はゲート前でピクリとも動かないドリームメーカーの視線に合わせた。
暴れるわけでもなく、静かにドリームメーカーはただ一点に集中していた。
「さぁ、行こう相棒。今日はお前の好きなように走らせてやる。」
静かに的矢はドリームメーカーの耳元で囁く。
ウリリリリィィーーーーーーッッ!!!!
『ドリームメーカーの雄叫び!
そして自らゲートに収まりました!
全馬態勢完了!
スタートしましたっ!』