Red Passion-2
3
一方、馬主席。
飛田雅樹と田辺真が並んでターフを見ていた。
「まさかこんなに早くジャパンカップで田辺さんとぶつかるとは思わなかったよ」
飛田が笑顔で言った。
「これもストライクドリームを飛田社長から売っていただいたおかげです」
軽く頭を下げ答える田辺。
飛田のドリームメーカーと田辺のストライクドリーム。
飛田牧場から生まれたこの2頭がジャパンカップの大舞台で対決する事となった。
「ドリームメーカーは調子が上がってきているようですね?
年齢を感じさせない…圧巻です」
田辺が素直な感想を言った。
飛田は軽く首を横に振った。
「けっしてそんな事はない。
やはり往年の気迫はなくなってきています。
荒い気性と出で立ちで見た目は差ほど変わりませんがね。
あとやはり古傷の脚が不安でね。
心配が絶えませんよ。」
少ししんみりとした空気が二人の間を流れた。
しかし突然、
「そんな事はないです!!
あの子はまだまだ伝説を作ります!!」
二人の間に瑶子が割って入った。
「今日こそ勝って完全復活を遂げるんです!!
そうでしょう!?
雅樹さん!!」
鼻息荒く瑶子が高らかに勝利宣言をした。
そんな瑶子を横目に飛田は田辺に小声で耳打ちした。
「ドリームメーカーは怪我なく帰って来てくれればいいんです。ホントは無理させたくないのが本音なんです。
このレース…わたしら飛田牧場の本当の期待はシューティングレイです。
田辺さんには悪いが菊に続いて二つ目を頂きますよ。」
飛田雅樹の意地悪な笑顔に田辺は少し燃えてきた。
「受けて立ちましょう!!」
その横で男二人の静かな戦いなど聞こえない瑶子の熱弁はまだ続いていた。
4
「くそっ!!
この大舞台に我等[華麗なる一族]の名がないとは…!!
飛田の馬は馬主として2頭、生産馬をいれて3頭出しだと言うのに…。
なんたる屈辱!!
なんたる醜態!!
ま…まぁ、いいだろう。
今年の2歳にドラゴンペラがいる!!
デイリー杯は見事な勝利だった。
朝日杯でさらに強い走りを見せてやろう!!
ああ…来年のダービーで我が華麗なる一族がウイナーズサークルに立つ姿が目に見える…。
フハハハ!!
見てみろ!観客スタンドにいる人間どもがまるでゴミのようだ!!
フハハハ!
社来がなんだ!!
ダーリーがなんだ!!
龍田ファームが、いやこの私がこの国の競馬界を牛耳る日は近いぞ~!!
フハハハ!」
馬主席の通路の真ん中で一人ブツブツとツイートしているのは龍田仁。
彼はいつもこうやって馬主席で過ごしている。
ドンッ!!
突然、龍田仁の足に激痛が走った。
「痛ぁーーーっ!!
な、何事だぁー!!」
ふと足元をみると小さな子供が倒れていた。遊んでいて龍田仁の足にぶつかったらしい。
「こ~の~クソガキがぁ~!!
この私をあの誉れ高き龍田仁と知っての所業かぁー!!
そこに直れ!!
ぶっ飛ばしてくれるわ!!」
拳を固め腕を振り上げた龍田仁。
顔を上げた小学1年生ぐらいの女の子は膝を強く打ったらしく泣いている。
「なんだその顔は~!!
泣いても許さん!!
っていうかここは馬主席だぞ!!
競馬とは紳士貴族のスポーツ。
汚いトレーナーで来やがって!!
親はどこだ!?
わたしが説教してやる!!
ん…?
なんだそこの男子3人は?
この娘の連れかぁ!?
お前たちも小汚い格好しよって!!
ちょっとお前たちもこっち来い!!」
龍田仁は倒れている女の子を小脇に抱き抱え、連れらしき小学生男子3人を強引に引き連れて競馬場内のグッズ売り場へと向かって行った。
金山舞子は必死に子供達を探していた。
名古屋の馬主である矢場の計らいで、伊達直人のGIの晴れ舞台をちびっこハウスの子供達と一緒に見に来たのだ。
(あの四人はいったいどこに行ったの!?)
馬主席から一般の観客スタンドまで下り、辺りを見渡していたら、探していた4人がソフトクリーム片手に歩いているのを発見した。
「どこに行っていたの!?
探したのよ!!」
舞子の怒鳴り声が辺りに響いた。
ふと舞子はうつむく四人の姿に変化を見つけた。
「あなたたち…
その服どうしたの?」
四人が先程まで来ていた上着が、なにやら競馬の騎手が着る勝負服に変わっていた。
赤地に緑の星。
龍田ファームの勝負服である。
「おじさんに買ってもらった…。」
小学5年生の優太が代表して答えた。
「おじさんって誰?」
「華麗なる一族のおじさん…」
と小学4年生の明。
「華麗なる一族のおじさんって誰?」
「わかんないけど…華麗なる一族のおじさん…
競馬場に来る時はこの服が正装だって言ってた」
と小学3年生の一樹。
「そのソフトクリームもそのおじさんに買ってもらったの?」
その問いに、最後までうつむいていた小学1年生の愛子が顔を上げて笑顔で答えた。
「レストランでハンバーグも食べたよ!来年はドラゴンオペラが勝つんだって!!
蝶のように舞い、蜂のように刺す…」
優太、明、一樹、愛子四人で、
「ドラゴ~ン…オペラ!!」
「ドラゴン・・・龍田…!?
あの変な男!!」
舞子は四人に一回ずつゲンコツを入れて馬主席へと連れ帰った。
龍田は四人にレストランでひたすら龍田ファームの自慢話を盛り気味に語って気持ち良く解説席に向かっていた。
今日、ジャパンカップの解説で東京競馬場来ていたのであった。
5
パドックで周回するドリームメーカーを見た的矢は少しの違和感を覚えた。
前走の天皇賞(秋)でのパドックでは、整列する騎手の中にいる浦河美幸をずっと直視して回っていた。
しかし今日は目線が違う。
一点にある馬を睨みつけていた。
それはまるで肉食獣が獲物を視界に捕らえたかのような緊迫感。
今にも飛び掛かり捕捉し、喉元に牙を立てトドメを刺しそうな…そんな眼光でその馬を見ていた。
騎乗の合図と共に馬に駆け寄る的矢にも、目をくれず、また別の馬に跨がる浦河美幸など気にもせず、ひたすら鋭い眼差しで一点を見続けていた。
原が的矢に声をかけた。
「ドリームメーカーの視線を信じてくださいッス。
こいつのストーカー感覚は本物ッス。
今までこの視線でライバルを選定してきたッス。
そして間違いなくあの馬が今日の【勝ち馬】ッス。」
原の曇り無き眼に、的矢はマークする相手の変更を決意した。
浦河美幸はドリームメーカーの異変にいち早く気がついていた。
ドリームメーカーと離れて以来、なんどもあのストーカー視線を感じてきた美幸だが、今日は自分の存在にすら気づいていないような集中をドリームメーカーが見せていた。
その視線の先にいる馬が【今日の勝ち馬】に1番近いと判断するのは、ドリームメーカーと長く共に戦ってきたものだけがわかる。
原もきっと的矢に進言しているに違いない。
美幸の視線もいつしかドリームメーカーと同じ馬に向いていた。
それと同時にキャスパル・ダイクもまた同じ馬に視線を送っていた。
(ほう、日本にもまだあんな馬がいたとは…。極東の島国も侮れん。)
日本をまだまだ競馬後進国と見なしていたキャスパルは、日本が誇るドラゴンアマゾンやファンタジックなどの国際的な活躍馬を一時の徒花としか評価をしていなかった。
そればかりか自国のドバイではなく、主戦場のアメリカこそ世界一の競馬大国と評価していた。
ドバイに父を奪われ、自らもドバイの犬として働かされている事など、自国を恨む気持ちは強い。
失意の中で息を引き取った母や、ドバイに事実上拘束されている妹の事を思うと胸が痛い。
いつかドバイに復讐を近いドバイの犬を演じているのである。