Starting Over-10
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「直也さん!いい仕上がりですね、セキトバは。」
三田崇がエクスキューションの鞍上から、伊達直也に声をかけた。
「崇か。ああ、出来すぎぐらいに調子がいい。目標がジャパンカップだから出来上がるのが早すぎるよ。」
少し不安げな表情の伊達だが、明らかに自信の口調である。
伊達直也は、三田崇の一期上の先輩である。
競馬学校時代は、後輩の三田や野田、美幸の良き先輩として面倒もみていた。
デビューした年は新人賞にも輝き、華々しくターフで活躍したが2年目から低迷し、マイナー騎手へと身を落としていた。
しかし一昨年の夏にデビュー10年目にして初の重賞制覇を飾り、着々と名を上げてきている。
一般の評価は中堅騎手だが、そのハングリー精神そのままで見せる騎乗スタイルに好んで乗せる馬主や調教師も増えている。
12
愛知県名古屋市某区。
特別児童福祉施設「ちびっ子ハウス」。
「舞子姉ちゃん!
レース始まるよ!」
子供たちに促された舞子は、仕事の手を止め、テレビの前に急いでやってきた。
「よし!間に合ったわ。
ところで直也兄ちゃんの馬はどれ?」
舞子の問いに、
「これ!この赤っぽい馬だよ!」
小学2年生の智恵がテレビの画面を指差し教えた。
この施設には6人の子供が暮している。
特別指定施設であるように、様々な家庭の事情で預けられた子供たちばかりで、その殆どが両親のいない、いわゆる孤児である。
このちびっ子ハウスの職員として働く金山舞子もこの施設の出身者であり、幼き日々をこの施設で過ごした。
24歳になる舞子は、すでに皆の母親的な存在である。
後ろで束ねていた長い髪をほどき、5歳の理沙を膝に座らせた舞子はリラックスの姿勢をとった。
舞子は、生後1週間の時に親から捨てられた。
名古屋市営地下鉄「鶴舞駅」のコインロッカーの中で衰弱していたところを発見され、間一髪のところで保護された。
未だに消えない体の傷と、心の傷。
過酷な少女時代を支えてくれたのが、すでに施設にいた7歳上の伊達直也であった。
子供の世界は時に計り知れないほど残酷な場面がある。
施設に住んでいるというだけで、差別や過激なイジメが横行する学校や地域の中で、本当の兄のように自分を守ってくれる直也は、舞子だけではなくほかの子供たちからも人望があった。
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伊達直也は幼い頃、酷い虐待を両親からうけていた。
12月の極寒の中、自宅のベランダで放置されている直也は瀕死の状態で保護された。2歳の時である。
まだ10代の両親は、まるで玩具のように直也を扱い、邪魔な時はベランダで過ごさせていたのである。
保護されて以来、直也は両親に会っていない。
消息すらわからない。
そんな生い立ちが、直也に反骨精神を与え、年下の子供たちを守るという行為をさせていた。
時には自分がこれほどとない暴力をうけることもあった。
しかし屈せず、キッチリ落とし前をつける直也は、地元では有名なガキ大将になった。
そんな直也は15歳のとき、競馬の騎手を志し、競馬学校騎手過程を受験。
見事合格し、つらい3年間を過ごした。
低迷の時期は長かったが、腐らずに取り組んできたことが、遅咲きながら今の成功につながっている。
そして、ちびっ子ハウスの支援も続けてきた。
稼げない時期も仕送り続けた。
同じ孤児である自分の姿が、子供たちに希望を与えると信じているのだ。
「直也兄ちゃん勝てるかな・・・?」
小学4年生の隆史が舞子に聞く。
「もちろん!」
笑顔で答える舞子に皆が安心した表情を浮かべた。