Starting Over-1
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ダービー翌日、安田富一の今季限りの引退が発表された。
引退後のプランなどは未定。しかし調教師などの競馬サークル内の活動ではなく、競馬ジャーナリストとしての進路が濃厚だ。
会見では、残りの期間にストライクドリームと共に更なる活躍で有終の美を飾ると決意した。
安田記念はドラゴンアマゾンが2着のスピードオブライトを3馬身離す圧勝劇で見事に制し、己が現役最強馬であるとの貫禄を示した。
そして春競馬の締めくくりとなるグランプリ宝塚記念。
エクスキューションとドラゴンアマゾン、デビルマンの激しい三つ巴の叩き合い。勝ったのはドラゴンアマゾン。ハナ差で敗れたデビルマンも健在をアピールした。
二頭共、馬齢を重ねてより強さを増している。
迎えた夏競馬。
有力馬は休養に入り、秋に向けた登り馬達の季節となった。
7月上旬。
ドリームメーカーが凱旋帰国した。
グランドナショナルを制覇して、更なる進化を遂げての帰国となった。
「なんとも・・・これは・・・筋肉ムッキムキですな・・・。」
飛田雅樹が圧巻のため息を吐きながら感心している。
検疫のため一旦、東京競馬場に入ったドリームメーカー。
関係者のほとんどがこのため息を吐く。
今年で12歳となるドリームメーカーだが、肉体的にも全盛期から見劣りはみせず、気性的にも我が侭なのは変わらない。
しかしやはり馬齢的なピークの下降は顕著に見られてしまう。
だがこの障害の旅により肉体改造が進み、集中力が増す結果となった。
「秋はまた平場のGI戦線に復帰させるっス!」
原の自信の笑みも納得できるほどの進化ぶりである。
秋の緒戦は京都大賞典。
いきなり天皇賞へ進む有力馬との戦いとなる。
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8月1週。
英国アスコット競馬場。
世界最高峰のレースのひとつであるキングジョージ。
世界各国から一流馬が集う。
1番人気はドバイのプロミネンス。昨年の覇者。
騎手はキャスパル・ダイク。
2番人気ゾディアック。
アメリカの現役最強馬。
騎手はバット・デイビー。
3番人気は今年のイギリスダービー馬ワイルドヘヴン。
騎手はロビン・ラグス。
4番人気ジャンヌダルク。
フランスの名牝。
騎手はミシェル・シャルマン。
5番人気リバイアサン。
南アフリカンダービー2着馬。
騎手はマイケル・ロジャース。
6番人気ヴァンファーレ。
愛ダービー馬。
騎手はビル・ベイカー。
7番人気プファルツ。
ドイツ馬ながらフランスとイタリアを股にかけて重賞を3連勝中。騎手はカール・ファンデス。
以下、地元イギリスの有力馬も揃い、全16頭がゲートに入った。
スタート直後、ゾディアックは先行3番手に位置し、プロミネンスの2馬身前につけた。
ドバイワールドカップ2着後、欧州アイルランドに渡り、タタソールズゴールドカップに勝利。
万全の体勢でキングジョージに臨んできた。
対する、プロミネンスはドバイシーマクラッシク勝利後、渡英してコロネーションカップ勝利。
お互い、このキングジョージでの対戦を意識したと見られるローテーションで本番の激突となった。
その後方でイギリスダービー馬ワイルドヘブンが、さらに後方には愛ダービー馬ヴァンファーレ。
有力馬ひしめくビッグレースを引っ張るのは南アフリカンダービー2着のリバイアサンと、前走サンクルー大賞馬プファルッ。
2頭の逃げ馬が集団を引き連れて、長いアスコットの直線へとレースを進めていた。
最後方から前を狙うジャンヌダルクもイスパーンステークスを勝利して自信をつけての参戦。
ミシェル・シャルマンの手綱は早めのGOサインを出していた。
残り400を切ってから前2頭は内からゾディアックにかわされ、外からプロミネンスが飛び出る展開となった。
差を詰めたいイギリスとアイルランドのダービー馬は縮まらないその差に、成す術なくひたすら希望薄き戦いを強いられていた。
後続からすでに3馬身飛び抜けた2頭。
並んでゴールを競うゾディアックとプロミネンスの走りは、この2頭が世界の頂点に位置する馬であることを詰め掛けた大観衆や世界中でこのレースを見ている人々に確信させていた。
必死に追いかけるフランスの女傑は3番手に上がるも、この位置を死守することで精一杯である。
残り200。
アメリカとドバイの競馬大国を代表する2頭は、加速を強めながらピッタリ併せたまま、すでに後続を6馬身離してゴールを目指していた。
(バットめ・・・!相変わらず食えない男だ!)
キャスバルが隣で手綱を握るバット・デイビーに悪態の眼差しを送った。
競馬の殿堂に名を刻んだバッド・デイビーの騎乗法は常に「相手よりハナ差前に出る勝利」である。
これはレースの流れを読み、1歩間先の展開を予測する能力が神の領域にあるとキャスパルは評価している。
だがその標的が自分であるこの現状は心地いいものではない。
バットはプロミネンスの最後の脚を待っているのだ。
その脚のコンマ数秒前に前に出る。
キャスパルがアメリカ時代にバットから何度も味わった屈辱負けのパターンである。
騎乗テクニックは世界屈指であるキャスパルと、レースの流れを的中させるバット・デイリー。
無言の駆け引きに、キャスパルが動かされることになる。
バットの策はスタート直後から始まっていた。
ロンバルディアの先行力を色濃く受け継ぐプロミネンスの前につけることでレースのコントロールと主導権を一気に握った。
昨年のBCターフで同着となった時、プロミネンスのレース支配での強さを認識したバットは、自在脚質で勝負根性も強いゾディアックにプロミネンスを封じる位置取りを指示したのだ。
残り100。
すでに数発のムチを浴びている2頭はマックススピードにある。実力はほぼ互角。
先行馬同士のラストハロンは我慢比べ。
キャスパルは先に最後のムチを振り上げた。
それを気配で察知したバットはサッとゾディアックの目元にムチを差し出した。
最後の競り合いはさらに加速をした2頭揃ってゴール。
「くそっ!!」
うなだれたのはキャスバル。
最後はバットの策がはまりゾディアックが一伸び見せてハナ差で見事勝利した。
安堵の笑みでバットはキャスバルに話かけた。
「キャスバル。なかなかスリルのあるレースだったな!
次は凱旋門で勝負をつけよう!」
アメリカを代表するベテラン騎手の言葉にキャスバルは我に帰った。
(凱旋門でこの借りはかえす・・・・!)