稲妻-1
記念すべき俺の持ち馬第1号ドルフィンリングのデビュー戦が8月二週に迫っていた。
宝田の懇願で、日本や世界のレースが生中継で配信される《ホースチャンネル》と契約し普段のテレビでは見る事のできない午前中のレースなども生中継で観戦できる事となった。
すでに札幌や函館でデビューする2歳馬や夏成績を上げたい条件馬が続々と北へ遠征してきている。
ドルフィンリングは小倉デビュー。鞍上はまだ決まっていない。
北海道といってもやはり夏は暑い。汗だくで作業をしていると一台のタクシーが敷地内に入ってきた。
車から降りてきたのは村木義男。
この間、俺を投げ飛ばした障害専門ジョッキーだ。
「村木ーー!てめぇ~どの面さげてきやがったーー!」
俺は怒鳴り声を上げ村木に走り迫った。
「まっまて!飛田!悪かったよ!」
逃げる村木に追う俺。
しばらく鬼ごっこを続けたが、やはりプロのスポーツ選手にはかなわなく、俺はヘタリこんだ。
なんだなんだと宝田と瑤子も近づいてきた。
「飛田!本当にこの前はすまなかった!」
謝る村木に反論する気力も残らない程、俺は全力で鬼ごっこをしてしまった。
場所を移しうちのリビングで話をする事となった。
瑤子がコーヒーを入れてくれた。
いつも思うのだがかなりニガい。しかし俺は笑顔で飲む。だって瑤子が入れてくれたから…。
「で?今日はなにしにきたんだ?」
「そんなに怖い顔をしないでくれよ~
あっ…このコーヒー…ニガっ!」
あんなに仲がよかったかつての親友も、今ではすべてが憎たらしく感じる。
「こっちのレースに乗る事になってさ~ついでに飛田に謝りにきたんだよ」
ついでに謝りにきただと…コンニャロ~…
「ドルフィンリングの様子はいかがですか?」
瑤子が村木に聞いた。
「いや…それがですね…」
村木は一呼吸してから言った。
「かなり成長しました。多少まだ臆病なトコはありますが、テキ(調教師)の無理矢理にでも走らす指導が功をそうしたようです」
あ?お前…それマジか?
「あっ!あと、ドルフィンリングは僕が乗りま~す!」
あ?お前は…平地なんてしばらく乗ってねえだろ?
むちゃくちゃだ…。
「コナン…じゃなくてドリームメーカーはちゃんと稽古してますか?」
さらに瑤子が村木に聞いた。
「ああ~、ありゃ凄い馬ですよ~えっ?何が凄いって?そりゃ体がね~612㎏もありますもん、もうゲートもギリギリですよ~。」
やはりか…まさかゲートに入らなくて失格なんて事にならなきゃいいが…。
「でもね…僕が稽古で乗せてもらってるんですが、あんなに暴れ噛みつく馬が、背中に人を乗せた時にはちゃんと走るんですよ。パワーもありますから、坂路もガンガン登ってますよ~!」
瑤子の顔が和らいだ。俺も宝田も少し安心した。
「でもまぁ言う事は全然聞きませんけどハハハ!」
また不安になった…。
村木の話では、栗東に所属した新馬ファンタジスタとドラゴンウイング、美浦に所属したユリノアマゾンとロンバルディアの前評判がかなり高く、すでにこの世代の《四天王》と言われているらしい。
帰り際、村木が俺に言った。
「飛田…世間では武田先生の事を馬潰しだとか言われている。でもな、先生が今まで勝たせてきた馬は、厳しすぎるぐらいのスパルタに耐えてきた馬ばかりだ。血統や環境が良くないならば、努力で結果を勝ちとならければその馬の未来は…わかるだろ?
厳しすぎるかもしれないが…それがうちの先生なりの愛情なんだ。」
夕暮れの牧場に俺達二人の長い影が伸びる。昔…二人でよく将来の夢を語りあった。
「わかったよ…信用してやるよ」
なんだか、気持ちだけだが村木といると、中学生に戻った感じがした。
村木義男は地元の信用金庫に勤める親父さんの反対を押し切って騎手になった。
俺は夢を語るあの時の村木の熱い眼差しは今も忘れない。
あの時…俺は確かに言った。
『俺は親父の跡を次いでこの牧場を日本一にする!』って…。
俺の馬に村木が乗る。
きっと運命なのかもしれない…。