翔べ!ドリームメーカー-2
2
UAEアラブ首長国連邦
【首長国ドバイ】
「お呼びでしょうか?モハメッド殿下。」
サダム大臣は国王の前に膝をついた。
「楽にしろサダム。」
国王の言葉にサダムは椅子へと腰かけた。
「ところでサダム。
競馬世界制覇への準備ははかどっておるか?」
国王モハメッドから競馬運営の一任を受けたサダムは、
「はい国王。
順調に進んでおります。」
サダムは自信の顔で答えた。
「うむ。今年は世界に競馬大国としての威厳を知らしめる年にせねばならん。
ところで我がドバイの競走馬はどうだ?」
鋭い眼差しでモハメッドはサダムに問う。
「そちらも手配済みです。
世界中のダーリーグループから選りすぐりの3歳馬を多数ドバイへと入れました。
もちろん昨年まで欧州を拠点にしておりましたプロミネンスもドバイに帰ってきております。」
「うむ。いいだろう。
いいかサダム。私を失望させるなよ。」
「はい国王!
私の命に賭けまして!」
深々と頭を垂れたサダム。
それを確認してモハメッドは席を立った。
3
「サダム大臣。
モハメッド国王のご機嫌はいかがでしたかな?」
国王との接見を終えたサダムにひとりの男が声をかけた。
「キャスパルか。
いつドバイにもどった?」
キャスパルと呼ばれた男。
ドバイでは珍しいあっさりとした顔つき。
髪は金髪に染めあげられ、大きなサングラスをかけている。
「貴方が帰ってこいと言うから・・・急いでアメリカから馬と一緒に先ほどドバイについたばかりですよ。」
キャスパルは恨めしそうにサダムに言った。
「キャスパル。アメリカを主戦場にしてきたお前だが、今年はドバイから勝手に出る事を禁ずる。
キャスパル・ダイク。
お前は世界屈指の騎手だ。
その力を母国のために尽せ。」
サダムの言葉にキャスパルは微かな笑みで頷いた。
「ところでキャスパル。
お前と一緒に来たダーリーUSA生産の3歳馬たちはどうだ?」
サダムの問いにキャスパルはクールに答える。
「30頭ほどの馬と来ましたが、2頭ほどいい馬がいますね。
かなり強い馬だと思います。
1頭はジュピトリス参駒の【パプテマスシロッコ】。
もう1頭はロンドベル参駒の牝馬【ハマーンカーン】。
この2頭は別格ですね。」
キャスパルの言った2頭の名を聞いたサダムは確信づいた顔を浮かべた。
「うむ。噂には聞いておる。
キャスパル、お前はその2頭の主戦となり調教と強化にあたれ。」
「はい。おおせの通りに。」
キャスパルはサダムに一礼して背を向けた。
3
ダーリーグループ総本山
【ゴドルファン】
「やぁキャスパル!
いつ帰ってきたんだい?」
調教を終えたカルマ・ザジがキャスパルを見つけ近付いてきた。
「カルマ。リーディングおめでとう。」
キャスパルも昨年国内リーディングを獲ったカルマを労い答えた。
「キャスパル…相変わらず嫌味なヤツだ。
海外でバリバリ騎乗しているお前に言われたくないね。」
笑顔ではいるが目が真剣なカルマ。
「そう突っかかってくるなよ、カルマ。俺は本当に同期のお前がリーディングを獲って嬉しいのだよ。」
(相変わらずプライドの高い男だ)
と思いつつキャスパルは笑顔を見せながらカルマをたしなめた。
「フン!
で?キャスパル、お前ここでなにやっているんだ?」
カルマは鼻を鳴らしながらキャスパルに聞いた。
「ああ、ちょっと馬を見にな。
欧州のダーリーEUROからも有力馬が多数来ているそうじゃないか。
一度見ておきたくてね。」
「なるほど。
お前のような国王お気に入りの騎手となれば違うな。
じゃあ俺は行くぞ。」
カルマはそう言い捨てると足早に去っていった。
(ふー……あいつと話すと毎回これだ。)
溜め息をついたキャスパルは国王認定調教師ランダ・バルの元へと急いだ。
「キャスパル!
約束の時間より3分遅刻だ!」
ランダ・バルの怒りをさりげなくかわしつつ欧州から来た有力馬を見るキャスパル。
「あの馬は…?」
キャスパルは引き運動をさせられている1頭の青鹿毛を指さした。
「ああ、あの馬はお前が乗って7年前に勝った英国ダービー馬ジオンの産駒ジオングだ。
ジオンが勝った英国ダービーの前年はインフェルノ、翌年はニュータイプと大物ばかりでジオンの印象は薄くなってしまったが、れっきとした英国ダービー馬だ。
その血を受け継いだジオングもなかなかいい素質を見せている。
すでに欧州でデビュー戦を勝ってのドバイ移籍だからすでに実績での走りも確認済みだ。」
「なるほど
偉大なるランダ・バルよ…あの馬を私にまかせていただきたいのだが?」
「キャスパル、お前ほどの男から指名されたとなれば乗せないわけにはいくまい。
わかった。お前にまかせよう。」
キャスパルはランダ・バルに礼を言いさらに数頭の馬を選んだ。
「キャスパル、今年はドバイ馬で世界にいくらしいな。
楽しみにしているぞ。」
ランダ・バルの言葉にキャスパルは軽く頷いた。
4
「兄さん!おかえりなさい!」
久々の我が家に帰ったキャスパルを、10歳年下の妹アルテイシアが出迎えた。
「ああ、アルテイシア。ただいま。」
父ジモン・ダイクは国王の右腕として国の重鎮であった。
しかし政治的見解の違いでモハメッド一族を批判したことにより投獄された。
獄中、ジモンは自らの命を絶ち己の信念を貫いた。
その後、母はキャスパルとアルテイシアを守るためモハメッド一族への忠誠を誓った。
そんな母も病で亡くし兄妹二人は片寄せあって生きてきたのだ。
「もう兄さん聞いて!
私にドズルが求婚してきたのよ!
あんなモハメッドの犬と結婚なんて…吐気がするわ!」
アルテイシアは顔を真っ赤にして怒っている。
「アルテイシア、そんな事を大きな声で言うものじゃない。
誰が聞いているかわからないだろ?
母さんが自らの信念を曲げてまで俺とアルテイシアを守ってくれたのだ。
今はまだ我慢だよ。
いつか…俺が父さんと母さんの仇をとってみせる。
だから今はモハメッドに従っている振りをしていればいい。
ドズルには俺から言っておこう。
妹に近付くなとね。」
キャスパルはアルテイシアをたしなめた。
「さぁ!久しぶりにアルテイシアの手料理を食べさせておくれ。」
普段はクールで影を感じさせる世界屈指の騎手キャスパルも、アルテイシアの前では素直に笑える。
キャスパル・ダイク、ドバイが生んだ英、愛、米の3ヵ国のダービージョッキーである。