かけがえのないもの-6
9
「くそっ!」
山形茜がデビルマンの手綱をしごきながら悪態をついた。
(なぜ!?
馬に力はあるはず。
なのになぜ勝てない?
自分?
勝てない理由は私にあるの?)
地方大井から中央に参戦してから初戦の毎日王冠では完勝を演じた。
しかし続く天皇賞(秋)とジャパンカップは見事に完敗。
最後の直線での詰めの甘さがその敗因だとマスコミは見解した。
確かに競り合いに弱い馬ではある。しかし自ら展開を作る事の出来る馬だ。
直線の甘さは馬ではなく騎手にあるのではないか?
騎手…もちろん茜自身の事である。
悔しい!!
しかし前3頭に1馬身差で必死に喰らい付き粘るデビルマンの走りを、体で感じていると、そんな自らの感情より「なんとか勝たせてやりたい」と歯がゆい気持ちが込み上げてくる。
その感情がまた言葉に出る。
「くそっ!」
と。
山形茜はありったけの力を込めて鞭を降り上げた。
降り下ろそうとした瞬間、
「待ちなさい!!
まだ打っちゃだめ!!」
隣に並びかけてきたブラックハート鞍上の浦河美幸の声がその手を止めた。
「なっ…!?なに!?」
驚きの顔を外に並ぶ浦河美幸に向ける山形茜。
「前を向いて集中しなさい!!」
浦河美幸の一喝が入る。
「いや、わけわかんねぇから!
てか邪魔すんな!!」
山形茜は悪態をつきつつ前を向いた。
「いい山形さん。
よく聞いて。残り100まで我慢しなさい。
そして最内に1頭分のスペースが空いているわ。
そこに一気に突っ込むのよ。」
「はぁ?意味わかんねぇし。
なんだ?
どう言うつもり?」
「残り100よ。
それまでは我慢!
いいわね?」
「なんで私がお前から指示された乗り方しなきゃいけね~んだよ!?」
「山形さん…私達女性騎手は男たちよりももっと結果を問われるわ。
1着じゃなきゃだめなの。
1着よ!」
「じゃあお前がとっとと前に行け!」
「ふふ…そうしたいけど…」
浦河美幸の言葉を終わる前にブラックハートは失速した。
「おい!?おばさん!?」
距離がひろがるブラックハートに山形茜は視線を浦河美幸に戻した。
「前を向きなさい!!
集中して…!!」
浦河美幸の言葉に山形茜は前を向いた。
(なんなんだ!?
なんなんだなんなんだなんなんだなんなんだ!?
わけわかんね~よ…。
でも…もうすぐ残り100だし…
あそこに飛び込むか…!!)
山形茜はデビルマンの位置を最内に切り込んだ。
10
「こら!!まっすぐ走れバカ!!」
村木義夫はドリームメーカーに振り回されていた!
斜行気味に内へ切り込むドリームメーカー。
その先にはブラックハートがいた。
ウ~ガ~!!
激しい唸り声とともに突進する巨体を必死に修正をはかる村木だが、ハンドル不能でアクセル全開のモンスターマシンは言う事を聞かない。
もちろん浦河美幸はそのモンスターマシンがこちらに迫ってくることは察知していた。
「ブラックハートごめんね。せっかくの引退レースなのに私のストーカーが水をさしてしまったわ。
でもこの敗戦はけっしてあなたのキャリアに泥を塗るものじゃないわ。
だから…もうひとがんばりしよ。
掲示板は外しちゃだめ!
もう一度あなたの走りを見せて!」
美幸は言葉と同時に最後の鞭を入れた。
「うわっ!?
あぶない!!」
村木は叫んだ。
ブラックハートにまるで闘牛のように迫るドリームメーカー!
しかし次の瞬間…
ブラックハートは素晴らしい加速を見せてドリームメーカーをかわした。
そしてドリームメーカーは…
内ラチを飛越した。
11
『さぁ!残り100を切って前は3頭!
内からヴィクトリーロード!
ファンタジック!
ドラゴンアマゾン!
おっと…後方でドリームメーカーが内ラチを飛び越した!?
ドリームメーカー競走中止です!
さぁ!前3頭は激しい叩き合だ!
ヴィクトリーロードが少し遅れた!ドラゴンアマゾンが先頭!
2番手ファンタジック!
いや…最内から1頭来たぞ!
デビルマンだ!
デビルマンが2番手に上がる!
最内デビルマン!
大外ドラゴンアマゾン!
2頭並んだ!
2頭並んだままゴール!
これは際どい勝負となりました!
デビルマンか?
ドラゴンアマゾンか?
どちらが勝ったか!?
写真判定です!』