血の宿命-2
「社長~!!」
専務の小田原が叫んでいる。
「なんですか?小田原専務?」
僕はとりあえず聞いてみる。おそらく他愛もない事だろう。
僕が父から引き継いだ
【㈱ドリーム・ソフト】
の社長に就任して三ヶ月がたった。直系社員3000名を抱える企業だ。
昨年わが社が開発したOS【ウィザード】が爆発的な大ヒットを生み世界シェア第2位に躍り出たのだ。
第1位の米企業ベル・メッツ率いる【マイクロ・システム社】の【ウィンシリーズ】にはまだ差をつけられているが、まぁあそこは一生越せないだろう。
「社長!!なんですか先ほどの新入社員への訓辞は!?お父様が聞かれたらなんと思われるか…!?社長!!私の話をちゃんと聞いてますか!?」
小田原は先代の父の代からわが社に遣えてきた定年目前のベテラン社員だ。
とにかく口うるさい。
僕がこの会社に入ったのは高校卒業してすぐだった。大学に行きながら【ウィザード】の開発を進めて4年目で無事完成。一昨年の発売に至った。
父は世界的な大ヒットになった途端、名ばかりの会長職に上がりシンガポールに母と移住してしまった。あとはのんびり二人で余生を過ごすらしい。
そして僕が2代目就任となったのだ。
「わかりましたよ専務。来年の入社式はしっかりやりますよ」
僕の名前は【田辺 真】。25歳の2代目社長だ。
社長に就任してからの僕はエンジニアでなはくなってしまった。
ソフトの開発がやりたくて父の会社に入ったのに、今じゃただの【跡継ぎ】でしかない。
せめてもの救いは【ウィザード】の開発者だって事。
だけど現在は僕の手を遠く離れてしまった。
退屈な会議や、くだらないメディアへの対応に嫌気がさしていた就任4ヶ月目の5月。ベル・メッツへ社長就任の挨拶をするため渡米する事になった。
同業者で世界シェア1位のベル・メッツだ。
今後いろいろあるだろうから顔ぐらい通した方がいいだろう。
ベル・メッツも「是非会いたい」とオファーを受けてくれ、僕は渡米してマイクロ・システム社から指定された場所へ向かった。
そこはマイクロ・システム社の本社があるニューヨークではなく、ケンタッキー州の競馬場だった。
僕には今回のベル・メッツとの会談にふたつ不安材料があった。
ひとつは、アメリカ人は3分に一度はアメリカンジョークを言うらしい。
僕は冗談の通じない人間とよく言われる。
前の彼女にも「真ちゃんは性格に【遊び】がない」と言われた。
そんな事はないと心外に思ったが、同じ事を何人にも言われたからきっとそうなんだろう。ベル・メッツが仕掛けてくるアメリカンジョークをどうやっつけるかが主導権を握る鍵になる。
もうひとつはさらに深刻だ。ベル・メッツはかなりの競馬好きとして有名だ。自分で牧場も持ち趣味の範囲を越えているとの噂だ。
今回の会談場所が競馬場と聞いた時に「やられた!!」と思った。
明らかにベル・メッツに先手を打たれた。
僕は競馬なんてやったことがない。と言うかまったく知らないのだ。
競馬場というベル・メッツのホームで会う以上これはかなりの不利である。
今回の会談が今後の付き合いに必ず影響してくるに違いない。舐められたら終りだ。相手は世界シェア1位だが、こっちだって2位だ。媚る必要はない。対等に振る舞わなければならないのだ。
僕は成田空港で【ホースニュース】と言う競馬誌を買い機上で隅から隅まで読む作業に徹していた。
《ホースニュース》とは競馬関連誌の業界トップ誌らしく、様々な情報が記載されている。
僕のような競馬ド素人の予備知識として、よくテレビや雑誌で見掛ける龍田仁という馬主と、auのコマーシャルに出ている浦河美幸と言うかわいい騎手ぐらい。27には見えないな。
もちろん浦河美幸が馬に乗っているシーンはほとんど見たことなどないし、競馬自体をじっくり見たことすらない。
だからたとえホースニュースが素晴らしい雑誌であっても、僕にはすべてが理解できない内容なのだ。
まぁ興味がないのだから理解しようがない。
しかし、これもビジネス。別にもう二度と読まない雑誌だ。今回だけ乗りきればいい。
僕はベル・メッツに関係ありそうなアメリカ競馬を重点におきホースニュースを捲った。
なるほど…ベル・メッツがケンタッキーの競馬場を選んだ理由がわかった。会談する明日はケンタッキーダービーという大きなレースがあるらしい。
一緒に競馬でも見ながらフランクに過ごそう的な意図が読める。
そうか…ならば服装はカジュアルがいいな。競馬なんて基本的にオヤジがするもんだ。
スーツなんて着ていったら恥をかくだろう。
さらにホースニュースを捲る。
それと…なるほどなるほど…
有力馬としてベル・メッツの馬が出るんだな…ネオハリケーンって名前のオスの3才の馬か。
なになに…父馬はラストハリケーンで、アメリカの三冠馬…人は風の一族と呼ぶ…なんだそりゃ?
ま…まぁ…これはキーワードになるだろう…。ラストハリケーンと風の一族を頭に叩き込んだ。
ライバルとして日本の馬も出るみたいだ。
ドラゴンアマゾンってこれもオスの3才の馬だな。
ドラゴン…あっ!あの龍田仁の馬だ!!
彼は著名人だ。もしケンタッキーに来ていたら挨拶ぐらいしておこう。
その後の土壇場の勉強は続き、飛行機はアメリカの地へ到着した。