夢を信じて-10
『残り400!!
ドリームメーカーにムチが入る!!
インフェルノも必死に逃げるぞ!!
インフェルノがまだ1馬身リード!!
ドリームメーカーにも勢いがある!!』
「執念…か。」
吉野善吉の胸に込み上げるものがあった。
長く生産界を引っ張ってきた社来ファーム。その総帥として数多くの名馬を送り出してきた吉野氏。
しかしその何百倍、いや何万倍の挫折も味わってきた。
その年老いた情熱家が揺るぎない信念をひとつもっている。
『馬は必ず応えてくれる』
天国の親友とかわした約束…情熱だけは忘れない!!
隣で泣きながらターフに叫んでいる親友の息子に言葉をかける。
「いい馬をつくったな…」
吉野善吉…まだその夢は終わらない。
『2頭の激しいレースはラスト1ハロンを通過しようとしています!!
インフェルノが1馬身のリードを守っています!!
ドリームメーカー残り200で差せるか!?』
「そんなもんなの!?
あなたの覚悟は!?」
浦河美幸は心を鬼にした。このレースが終わった時、彼女への非難は凄まじいものになるだろう。【脚の折れた馬】にムチを振るい、命を奪う結果になるかもしれない…。
しかし、そんな事は恐くはない。一番恐れる事は【使命を果たせず】命を落とすかもしれないパートナーに悔いを残させる事だ。
浦河美幸の涙はとまらない…だが、ムチをやめるわけにもいかない!!
「わたしは…あなたが大好きよ…!!」
浦河美幸の最期のムチがドリームメーカーに打たれた。
『200mを通過!!
インフェルノが1馬身のリードでラスト1ハロン!!
!?
ここからドリームメーカーがきた!!
一気に並んだぞ!!』
キャサリンは横に並んだ赤い壁を見て愕然とした。
ドリームメーカーの目は前しか見ていなかった。もう…インフェルノすら見ていない…
絶対的な決意の前にキャサリンは敗北を確信した。
『ドリームメーカーが一気にかわす!!
これは凄い!!
1馬身…2馬身…差がひらいていく!!』
相羽ゆりは責任を感じていた。これは自分が仕組んだレースだからだ。
豪華客船でドリームメーカーに耳打ちした自分の秘密…それは今更瑶子たちに言えない言葉…
「コナンちゃんの大ファンなのよ…」
しかし相羽の心にもうひとつの核心が生まれた。
『わたしは…あなたをもっと好きになったわ…!!』
「ウリリリリーーーーーッ………!!」
『これは完全に勝負ありだ!!
残り100でドリームメーカーが独走!!
浦河美幸の手綱はすでに持ったまま!!』
レースが決着をつく前に照文さんは馬運車を手配してくれていた。すぐに【措置】ができるように…。
ゴールをした後…俺は的確な判断をする腹を決めた。
あいつの苦しむ姿は…見たくないから…。
「コナン!!コナン…!!」
泣き叫ぶ瑶子の肩を抱いた。
俺たちは最高の馬に出会えた…!!
『ドリームメーカー!!
ドリームメーカーが…世界最大のマッチレースを制した!!
1着でゴール!!
インフェルノは3馬身遅れ!!
これは歴史的な勝利です!!
セーフ・ザ・チルドレン・スペシャルチャリティーレースはドリームメーカーが制しました!!
おっと…浦河騎手が下馬します…
やはりなんらかの故障があったのでしょうか?』
俺たちはすぐにターフに降りた。馬運車に乗せる前に…瑶子と会わせなくてはならない…!!
ゴールした瞬間盛り上がっていた観客スタンドは、徐々に事態を把握しはじめざわめきたっていた。
ターフには原辰巳に綱を持たれたドリームメーカーと座り込み泣き叫ぶ浦河騎手の姿があった。
すぐに走り寄る宝田。ドリームメーカーの脚を確かめる。
「ごめんなさい…!!
うう…ごめんなさい…ごめんなさ…い…!!」
俺たちに謝り続ける浦河騎手に手を差し延べた。
武田師が浦河騎手に叫んだ。
「おまえは悪くない!!よくやった…よくやったよ」
その通りだ…ありがとう浦河騎手…辛いレースを最後までよくがんばってくれた…きみが乗ってくれて本当によかった…。
「コナン!!いやよ!!いやよ!!コナン!!」
瑶子の腕の中で穏やかな顔をするドリームメーカー。
プヒンプヒン…
宝田は俺の顔を見た。その目には涙が大量に溢れていた。
「とりあえず…馬運車に乗せましょう…」
宝田の指示で号泣の原がドリームメーカーの綱を引いた。
俺は瑶子をドリームメーカーから離してそれを見送った。
引きずる右前脚…再びその脚を踏ん張りドリームメーカーは立ち止まった。
振り返りまたこちらに向かってくる。
瑶子が恋しいんだろう。原もすでに綱を引いていない。
近づいてくるドリームメーカーは瑶子の隣にいる俺に鼻をスリよせてきた。
!!
バカヤロウ…俺なんかに気を使うな…
バカヤロウ…バカヤロウ…
ううっ…ドリームメーカー…ぁぁ。
プヒンプヒン…
俺の耳の錯覚か…!?
ドリームメーカーが「ありがとう」って言った気がした。
「ドリームメーカー…」
宝田にもそう聞こえていた。
「コナン……行かないで…!!」
そして…瑶子にも…。
再び原に引かれたドリームメーカーは浦河騎手の頬にまるでキスをするように鼻をスリよせ、静かに馬運車に乗り込んだ。
いやだよ…ドリームメーカー…
寂しいよ…ドリーム…メーカー…
ドリームメーカーァァァァーーーーーーーーッッ!!!