夢を信じて-5
12月31日
現地時間AM10:00
目覚めた俺はホテルのビュッフェで遅い朝食をとっていた。
すでに瑶子と宝田はドリームメーカーの元に向かったらしい。
俺はテーブルでバケットをほうばりながら今夜のレースの事を考えていた。
「おい!!貧乏人!!なに優雅に過ごしているのだ!?」
…龍田仁だ…。
春文も一緒に来ている。
「親父や兄貴たちもすでにオブライアン厩舎に行ったよ。」
春文の話では吉田ファミリーみんなで来たらしい。
レースは今夜の0時からだ。皆なにをそんなにあわててるんだ?
俺のテーブルに龍田と春文が腰かけた。
「世界中の競馬関係者やら慈善家が注目しているレースの主役の馬主が、なにを呑気にしているのだ?」
龍田の言葉はあまり聞かないようにしよう。飯がマズくなる。
「ついさっきドバイからモハメッド殿下も到着したらしい。」
春文の言葉に俺の頭の中で【?】が浮かんだ。
ダーリーは今回ノータッチじゃなかったのか?
「今回ダーリーから10億ドルの寄付金が出されたんだ。全額アフリカ難民への救済金になるんだってよ」
ほら見ろ…龍田の話で飯がマズくなった。
俺はただドリームメーカーのリベンジができればよかっただけなのに…話がデカくなりすぎだよ…。
春文が言う。
「日本馬主連合会でも寄付金を募ってね」
寄付金を募って、その代表で社来ファミリー勢揃いで来たわけね。
「うちはさらに単独で10万ドル寄付したぞ」
龍田…おまえはそう言うヤツだ。目立ちたがりだもんな。
俺は夕方までもう一寝入りしたかったが、二人に無理矢理オブライアン厩舎に連れていかれる事になった。
12月31日
現地時間PM12:30
オブライアン厩舎に着いた俺は瑶子と宝田に誘導され、ドリームメーカーの元に向かった。
「これは…調子良さそうだな…!
ドリームメーカーを見た俺の第一声だ。
赤く光る馬体に金髪のタテガミがなびく。
引き締まったその体は、まさに鋼の鎧。
「少し小さく見えるけど…」
俺の言葉に武田師が答える。
「700㎏あった馬体重が650㎏まで減った。こいつの体から一切の【遊び】がなくなったよ。2000mはこいつの距離にはちょっと短いから、これぐらい落として正解かもしれん。
と言っても…わしはなんもしとらん。こいつが勝手にやりおったんだかな…」
「ごっつい馬ですわ…」
宝田も圧巻の表情だ。
しかし原だけは違う視点で見ていたようだ。
「最近かなり神経質と言うか、ナーバスになってまして…。
ちょっと気掛かりっス…。」
決戦の時…きっとドリームメーカーも理解しているのだろう。
社来の吉田善吉会長はじめ、照文社長、克己さんらもドリームメーカーに感心を抱いている。
「やるべき事はすべてやったわ。後は美幸ちゃんとコナンを信じるだけね。」
瑶子の言葉に決意が込められているように聞こえた。
そう…これは俺たちの戦いでもあるんだ。
レースまであと11時間半をきっていた。
12月31日
現地時間PM21:00。
クールモア育成スタッドに造られた特別コース。
凄ぇ……。
育成調教用の直線コースに観客スタンドが設置され、ナイター照明が2000mのターフを照らしだす。
世界各地から押し寄せる観衆は、まず世界的に見ても極めて特異なこのコースに驚きテンションを上げるだろう。
たった1レースのために造られたこの観客スタンドは、三時間後には熱狂の渦と化す。
まだ誰もいない馬主関係者席で俺は宝田と二人で座っていた。見下ろす観客スタンドにはすでにかなりの観衆で賑わっている。
「社長は行かなくてよかったんでっか?」
宝田が俺に聞いてきた。
この近くにあるホテルでセレモニーパーティーが開かれている。当然馬主として行くべきだが、瑶子と相羽のババァにまかせた。
「苦手なんだよ…VIPだのセレブな世界はね。」
俺の返答に宝田はケラケラ笑った。
二人で買い込んできたビールを飲みながらターフを眺めていた。
「宝田さん、ドリームメーカーは勝てるかな?」
宝田は俺に新たなビールを渡しながら答えた。
「直線の2000m…たとえまたかかってしまってもヤツなら耐えれる距離です。
まさか社長はタイマンでドリームメーカーが負けるとでも?」
ニヤリと笑う宝田。
もちろん負けるわけないさ…!!ドリームメーカーはいつだって最後には必ず獲物を仕留めてきたんだ。
欧州の遅い夕暮れ。
決戦の時が迫る。