夢の架け橋-5
その夜、俺と春文、帰国している宝田と臼井調教師との四人で会談が持たれた。
場所はいつもの【レガシーワールド】。
まず臼井師が現在のファンタジスタの状況を口にした。
「調子は上向きにありますが、正直…今日の走りが限界だと思います。」
春文が問う、
「有馬は…?」
「使える状態には仕上げますが、勝ち負けは辛いですね」
臼井師の言葉は俺たちの小さな期待を諦めさせた。
ファンタジスタの誕生に立ち会った宝田は、愛馬ステージクロスの好走にも関わらず感慨深げである。
「もう(繁殖に)上げてやってはいかがですか?」
臼田師の言葉から有馬記念は走らせず引退を提案する意図が理解できた。
たしかに…俺もそっちの方がいいと思う。
幸い社来もディープインパクト程高額ではないがシンジゲートを組む手配は整えてくれている。
「凱旋門とダービーを勝った馬だ。一度勝っている有馬にこだわる必要はないかもしれないね…」
春文がポツリと呟いた。
すでに空気はファンタジスタの引退を決める方向に向いていた。
しかしこれまで沈黙の宝田が口を開いた。
「社長…?あなたは本当に飛田社長でっか?」
はぁ?なに言ってんだ?
「僕は社長よりこの世界でのスキルやキャリアを持っています」
?そんな事はわかってるさ。喧嘩売ってんのか?
「せやけど…社長にひとつだけかなわん事があります。
あなたはファンタジスタやドリームメーカー…いや、【馬の気持ち】がわかる人です」
どうした宝田…?酔ってんのか?
「ファンタジスタのあの走りを見てなんも感じませんか?
だったら僕の知っている社長やあらしませんな。あんた誰でっか?」
宝田の言葉が徐々に強くなってきた。
「あの日…社長がドバイでドリームメーカーの欧州行きを決めはった時、ドリームメーカーの勝利が欲しくて決めはったんですか?」
いや…違う…。たしかに勝利を期待はしたが、そんな事よりドリームメーカーの悔しさが伝わってきた気がしたんだ…。
「先代がよく言っていました。『馬はきっとなにかのために走っている』って…。
ドリームメーカーが瑶子ちゃんを探すように…ファンタジスタも社長を探して走り続けとるんとちゃいますやろか…?」
!?
「ファンタジスタの走りを見ていると……この世に誕生して初めて抱き締められた社長に…1着になる度に最高に喜んでくれる社長に…もう一度抱き締められたくて必死にもがいているように見えるのは僕だけでしょうか?」
やめろ…泣きそうになるだろ…。
「ファンタジスタにもう一度…あなたに抱き締められるチャンスをあげてください。」
…そんな…勝たなくたって…いくらでも抱き締めるさ…。
「春文…結果は出せないかもしれないが…」
俺の言葉を春文が遮る。
「最後…有馬でファンタジスタには楽しんで走ってもらおう。結果やプレッシャーとかそんなもんは抜きにしてね。」
オーナーは俺の気持ちを悟ってくれた。
「わかりました。やれる事はすべてやりましょう。」
臼井師もそう言ってくれた。
「社長…僕にとってあなたとの出会いは人生最高の財産です!」
宝田の言葉に俺は泣いてしまった。
さぁ…ファンタジスタ…元気に走る事を楽しんでおいで…。
そして俺はおまえを思いっきり抱き締めてやる。
もう着順なんて関係ないから…。
俺はおまえの現役ゴールをしっかり目に焼き付ける。そして…しっかり受け止めるよ…。
そして…
一緒に帰ろう。
香港ではドラゴンウイングが香港カップ2連覇、ホワイトファングが香港マイル制覇、ライラポイントが香港ヴァース2着と好走。
俺の持ち馬のベルノーファソードもデビュー2戦目で勝利を飾り来年へと弾みをつけた。
そして今年も暮れの有馬記念がやってくる。
有馬記念でのファンタジスタのラストランと、ドリームメーカーのマッチレース…俺にとって一生忘れる事のできないレースがすぐそこまで来ていた。