夢見る幼駒じゃいられない!-6
一通り感涙に浸った俺だが、もうひとつ大きなレースがある。
うちの問題児ドリームメーカーの出陣だ。
レースまでにはまだかなり時間があった。
俺はホテルの前にあるコンビニへと走り酒とツマミを買ってくる事にした。今夜は長い夜になりそうだからな。
コンビニでしこたま買い物をした俺はロビーで会いたくないヤツに会ってしまった…。
「おうっ!!貧乏人!!お前もこのホテルか!?」
天皇賞の祝勝会上がりの酔った龍田仁だった。
ホースチャンネル完備のホテルだけあって競馬関係者の利用も多い。しかし最悪のタイミングだ…。
「なんだその酒は?
…なるほど!!ドラゴンウイングの祝勝会だな!?よ~し!!お前の部屋で盛大に飲もうじゃないか!!」
ちげ~よバカ!!
なんで俺がドラゴンウイングの祝勝会をやってやらなきゃならんのだ!?
テメ~は早く自分の部屋で寝ろっ!!
「どうした?早く行くぞ!!」
龍田はすでにエレベーターに乗り俺を待っていた。
諦めてエレベーターに乗る俺。
朝までコイツと一緒に競馬を見るハメになった。
ブリーダーズカップはアメリカ競馬が最大にして最高に盛り上がる祭典だ。
なにせ1日中GⅠなんだから。
2日間で行われるブリーダーズカップは初日に3つのGⅠ、2日目に8つのGⅠが行われる。
ドリームメーカーのBCターフは2日目のセミファイナルだ。
ユリノアマゾンのBCクラシックは祭典の最後を飾る。
今年の開催地はハリウッド。毎年開催地が変わる。
俺はホースニュースを開きブリーダーズカップ特集を見ていた。
しかし…横でベチャクチャベチャクチャ喋り続ける龍田。
う…うざい…。
話の内容はオール華麗なる一族関連…。
自分の部屋に帰れよ…。
俺は悪い意味で長い夜になる覚悟を決めた。
「飛田…おまえはこの世界にいて虚しくなる事はないか?」
突然龍田が真面目に聞いてきた。
なんだよ急に…。
「俺は毎年…ターフからうちの馬を引退させる時にそんな気持ちになるんだ…。」
なんで?
「まぁおまえみたいな小牧場上がりのヤツにはわからんか…」
あっ…今のはカチンときたぞ!
「うちの龍田ファームから毎年200頭前後の馬が誕生する。」
自慢か?絶対自慢だろ?
「すべての馬は間違いなく良血だ。
華麗なる一族の名の通り先代が初めてGⅠをとったドラゴンメビウスを基礎牝馬として、血を構築してきた。
潰れた早川牧場から権利をすべて買ったブライアンズタイムとドラゴン一族の融合は見事な結果を生み出した。」
はいはい…。
「なのに…まだまだ俺の理想には遠い…」
だからおまえは何が言いたいんだ!?
「おまえは走らなかった馬がどうなるか知ってるか?」
バカにするな。俺だって馬産業者の端くれだ。すべての馬が天寿を全うできない事ぐらい知っている。
「まだハタチそこそこの頃俺は…自分の生産した馬すべての結末を調べた事がある…」
!?
「本当の意味でおまえはわかっちゃいない。
乗馬用以外で運ばれていく馬もいる…。その目は俺に対しての恨みの目に見えてならない…。
『殺すならなぜ俺を生産した?』と…。
自分の馬が競走馬として認められなかった時の罪悪感…。俺が強い馬を作りたい…作らなければと思った原点だ。
俺にもっと力があればすべてのサラブレットに…いや少なくともうちの生産馬に次の道を示してやれるのだがな…
しかし結果がすべての世界にいる以上…受け入れなきゃならん厳しい現実だ。」
龍田は静かに語った。
龍田が俺に言った『おまえはわかっちゃいない』の言葉が胸を刺す。
俺は【真実】は理解してあるが、【現実】を見ていないのだから。
自分の生産馬の結末を知る事…。
それはあまりにも悲しい現実を見なくてはならない。
毎年1万頭近く生産されるサラブレッドで種牡馬になれる馬はほんの一握り。牝馬はよっぽどでなければ繁殖馬としての仕事に入れる。
それ以外の牡馬で乗馬用として日本中の乗馬クラブに送られるならまだいい方。
最悪の場合は…【処分】される。
龍田が思い出したかのように再び口を開いた。
「昔、ケンタッキーダービー馬が日本で種牡馬をしていて、成績不振で処分された事がある。あの時は世界中からかなりパッシングを受けたな。
種牡馬になったって安心できない」
あ…その話は聞いた事がある。
「日本はアメリカに比べて狭い領土。言い方が悪いかもしれないが【使い道のない馬】を維持していくには費用がかかり場所もない。もちろんこれは処分という措置を正当化したい【人間の勝手な言い分】だ。
生産しといて最悪処分しなければならないのだから。
しかし俺たち馬づくりで飯を食っている人間にとってはどうにもできない現実だ。
だがひとつだけ我々に言い訳できるとしたら、サラブレッドの存在そのものが、より早く走るために品種改良された【人間の勝手な言い分】で造られた生き物であると言う事。
その1万頭の中にたったひとつのダイヤモンドがあれば我々は感動させられ、素晴らしい夢を見られる。まぁ競馬に興味がない人からすればただの動物虐待にしか見えんかもしれんがな」
まったくその通りだ…。俺たちは馬を愛している…だがこの世界で飯を食っている以上、愛しているだけではやっていけない。
そして辞めるわけにはいかないのだ…。
「そう…辞めるわけにはいかない。だったら俺たちが出来る事はひとつだ。
強い馬を作る!
これしかない。
おまえの牧場も今はかなり手広くやっているみたいじゃないか?
生産頭数が増えればさらに見たくない現実が増えるかもしれない。
強い馬を作れ…!
この馬みたいにな。」
龍田はテレビに映し出されたドリームメーカーを指差して言った。
同級生のおまえから説教受けるとはな…でもおまえの言葉はしっかり胸に刻んでおくよ…。
強い馬を作れ…って言葉を。