夢は夜ごとの狂奏曲-10
次のレースはドバイDF。芝1800mの国際GⅠ。
昨年の【幻のダービー馬】ステージクロスの復帰レースだ。
俺は宝田に聞いた。
「ところでさっき宝田さんが言ったインフェルノのマジックってなんなんです?」
瑶子も興味深い顔をしている。
「う~ん…これはあくまでも僕の考えなんで…もう少しまとまったらお話ししますわ…」
なんとも歯切れの悪い宝田。
これ以上聞けない状況となった時ステージクロスが浦河美幸を背に登場してきた。
『さぁドバイデューティーフリー!
ステージクロスが復活の場としてドバイに降り立ちました!
あのダービーの事故からわずか10ヶ月で再び我々の前に姿を現したステージクロス!
今日は勝負服もダーリーのダークブルーに変えて国際GⅠに挑みます!』
「まぁあくまでも今日は【試乗】ですわ。本番は夏のサマーシリーズと見ています」
宝田のステージクロスを見る優しい眼差しは、共に辛い戦いを乗り切った戦友に送るようなものだった。
「距離的には短いんじゃない?」
瑶子が宝田に疑問をぶつけた。
「いや、中距離から2400ぐらいがベストです。この距離もギリギリこなせます。」
【試乗】と言いながらなかなかの自信をみせた宝田に俺は嬉しくなった。どこに行ったってこの人の情熱は変わらないんだ。
『さぁドバイデューティーフリー!
スタートしました!
さぁ各馬綺麗なスタート!
注目のステージクロスは中団後方!』
あの日本ダービーとほぼ同じ位置取りだ。
「あの頃の武器だった瞬発力は少し失いましたが、長くいい脚を使う事はできます。」
宝田の誇らしげな顔に俺も瑶子もステージクロスの走りに夢中になった。
『さぁステージクロスが徐々に徐々に前に進出していきます!』
浦河美幸はステージクロスから伝わる気迫に驚いていた。
(無理しないで…って言いたいけどそっちが無理そうね!)
『さぁ直線!
ステージクロスは5番手!
徐々に前を伺います!』
このレースをテレビで見ている坂田調教師はステージクロスの復活を心待ちしていた。
「よし!そこだ!行けーーっ!」
『乗り400でステージクロスにムチが入った!』
(ステージクロス!忘れ物を取りにいくわよ!)
浦河美幸はステージクロスにムチを入れた。
東京競馬場の残り200m地点。
浦河美幸とステージクロスの止まっていた時計が再び動き出した。
『ステージクロスが一気にやってきた!
残り200で先頭に立ったぞ!
ステージクロスだ!
ステージクロスだ!
苦難を乗り越え…
ステージクロスが…
1着でゴール!
ドバイの地で見事な復活劇!
ステージクロスおめでとう!』
「やったーーーっ!」
俺は喜びのあまり宝田に抱きついた。ステージクロスの闘病は日本中の競馬ファンに感動を与えたエピソードだ。これは喜ばずにはいられない。
「ハハハありがとうございます!ちょっとステージクロスのところに行ってきますわ~」
立ち去る宝田の目に光るものがあった。
「美幸ちゃんも海外デビュー成功ね!」
瑶子も喜んでいる。
それにしても浦河美幸は凄い。初めてドリームメーカーに乗った時とは比べ物にならないぐらい素晴らしいジョッキーに成長している。
俺は今後の持ち馬のすべてを浦河美幸に乗せる決意をしていた。
「あ~ら、やっと見つけた!」
相羽のババァが俺たちの姿を見つけて近づいてきた。