夢は夜ごとの狂奏曲-8
レースが終わった瞬間、俺たち三人はドリームメーカーの元に向かった。
「武田先生!」
俺は武田調教師を見つけて呼び止めた。
「どうしちゃったんでしょうか?」
瑶子は不安な目線で武田調教師に聞いた。
「いや…わからん。
気性は悪いがレース中にヤンチャを見せた事は今までなかったからな。」
武田調教師も首を捻った。
そして暴れ吠えまくるドリームメーカーの姿が見えた。
調教助手の原辰巳が必死にドリームメーカーを抑えているが興奮したヤツは誰にも止められない。
瑶子も加わり落ち着きを見せたドリームメーカーだがその目はまだ吊り上がっていた。
浦河美幸に武田調教師が話を聞いている。
「レース前から様子が変でした。イレ込んでいたわけではないです…。」
浦河騎手は無理矢理抑える事はドリームメーカーには逆影響だと判断して行かせた。もう長いコンビだ。俺は浦河騎手がどんな騎乗をしようとそれを支持する。
「そんなに凄い勝ちタイムじゃなかったのに負けたのはくやしいっス…」
調教助手となった原辰巳も悔しさを隠せない。
「まぁとにかく日本に帰して天皇賞に備えよう。」
武田調教師がこの言葉を放った時、再びドリームメーカーが暴れ出した。
?
??
なんだよ…?
こっちくんなよ!
ドリームメーカーは原辰巳と瑶子を引っ張りながら俺に向かってきた。
まさか!?
また噛まれると思った俺は身を固めた。
俺の目の前で立ち止まったヤツは
「ウガーー!」
と一吠え。
噛まれる!?
と思った俺の顔の前に、ヤツの大きな顔が間近まで近づいてきた。
ドリームメーカーは俺の顔をジッと見つめていた。
!?
ヤツの目には涙が溢れていた…。
なんだ…?
なんなんだその懇願する目は…?
「プヒー……」
ドリームメーカーの悲しい鳴き声…。
ただヤツの目は俺から視線をそらさず真っ直ぐ見据えていた。
「ドリームメーカー!こっちに来い!」
原辰巳が力一杯ドリームメーカーを引っ張る。
「原さん!ちょっと待って!」
俺は原辰巳に叫んだ。
そうか…。
おまえは俺には理解できると思ったんだな…。
劣等感でコンプレックスの塊だった俺と、誰からも期待されてなかったおまえ…。
ある種の絆が俺たちを繋いでいたのかもしれない。
「グルル……」
わかったよ…。
悔しいんだろ?
めちゃめちゃ悔しいんだろ?
おまえが泣きながら俺なんかに頼むのだからよっぽどだろう。
「武田先生。ドリームメーカーは日本に帰しません。」
俺の言葉に武田調教師は驚きの表情を見せた。
「日本に帰さないって…!?どういう事だ!?」
憤慨した武田調教師の怒号。
俺は瑶子に言った。
「瑶子ちゃん。インフェルノの次走を調べてくれ。次走だけじゃなく今後のローテもわかればすべて」
瑶子は俺の言葉にすべてを悟り大きく頷いた。
そしてもう一人、ドリームメーカー劇場の住人である宝田も歩み寄ってきて、
「至急、ドリームメーカーの欧州滞在環境を僕が責任持って整えます!」
と力強く言った。
みんなありがとう…。
ドリームメーカーはすでにみんなの夢を背負っているのだ。
こいつの悔しさは俺たちの悔しさなのだ…。
武田調教師は呆れた表情を浮かべながらも、
「おい…辰巳。おまえはしばらく日本に帰れないから覚悟しろ!」
といつもの調子で言った。
「はい!了解っス!」
この二人だってすでにドリームメーカーにヤられた人間だ。
こいつを想う気持ちは俺たちと変わらない。
「次は必ず勝ちます!」
浦河騎手も力強く言い放った。
こうしてドリームメーカーは打倒インフェルノを決意に欧州に渡る事となった。