夢は夜ごとの狂奏曲-1
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とりあえず場所を喫茶店に移し高橋氏と向かい合う俺と瑤子。
「で?いい話とは?」
俺の問いに高橋氏は、
「飛田社長のトコのヒシアマゾンなのだが…」
と切り出した。
ヒシアマゾン!?
俺は正直言ってこの馬に関しては《ヨソの人》に触れて欲しくはなかった。うちの牧場の看板繁殖牝馬だ。昨年は高橋氏の好意でデビルカッターを格安で付けてもらったが、それは瑤子に押し切られたから。
俺はサンデーサイレンス系を付けたかったのだ。
この馬の主導権だけは自分がしっかり握らなければ…たとえこの馬をくれた相羽のババァであっても渡してはいけない…俺の中の危機感が常にそう訴えていた。
「ヒシアマゾンですか?」
瑤子が高橋氏に聞き直した。
「ええ。今シーズンのヒシアマゾンの交配相手に是非ご紹介したい馬がいるのです。」
高橋氏の笑顔の提案を俺は怪訝な表情で聞いていた。
「いや飛田社長そんなに変な顔をせずに。
その相手はお二人もよく知っている馬です。」
俺と瑤子はお互いの顔を見て考えていた。
てか…わかるわけない。どんだれの数の種牡馬がいると思ってんだ。まぁ高橋氏の持ってくる馬だからサンデーサイレンス系ではないだろう。
再び高橋氏の顔を見るとニヤリと笑いながら口を開いた。
「英国ダービー馬
【ブレイブハート】。
まさかお忘れになったわけではありませんよね?」
「ブレイブハート!?」
俺は大きな声で驚きを露にした。
「ブレイブハートって…たしかイギリスで種牡馬していますよね?」
瑤子も驚いているようだが俺のように取り乱しはしない。
「ええ。昨年からうちの欧州施設で種牡馬生活をしています。」
そう言えばたしかダーリーが購入したって話は聞いていた。
って事はブレイブハートは日本に来るのか?
高橋氏は「まず聞いてください」と俺を鎮めてから、
「実は、ダーリージャパンで生産した2歳馬を何頭か欧州でダーリーEURO名義で走らせる事になりましてね。
うちの専用ジェットで空輸するのですが、少し空きがあります。
そこにヒシアマゾンを乗せて行けば費用は一緒、そちらに負担はかけません。
帰りはまたダーリーEUROからダーリージャパンに輸入される2歳馬と一緒に空輸で日本に帰ってくればいい。
いかがですか?」
俺は高橋氏の腹の中が読めてきた。
「その見返りは生まれたヒシアマゾンの仔をそちらに売るという事ですね?」
瑤子が言った。さすがだ。
「さすが瑤子さん。お察しの通りです。
もちろんそれなりの額をご用意しますよ。」
やはりな…。
って言うか別に大事な牝馬を欧州に送ってまで欲しい種じゃない。
これは断ろう。
…と思っていたら瑤子が、
「こちらもひとつ条件を出していいですか?」
と高橋氏に言った。
「なんでしょう?」
逆に探る目線となった高橋氏に、
「もし生まれた仔が牝馬だったら…うちの引き取りでお願いしたいのです。」
と言い放った。
瑤子?どう言う事?
しばらく考えた高橋氏は、
「なるほど。いいでしょう。牝馬ならそちらに、牡馬なら我々に。」
ガッチリ握手した高橋氏と瑤子。
瑤子…なぜ断らない?