狩人-1
アメリカ競馬の祭典BCクラシックを2着となったユリノアマゾンが無事帰国してジャパンカップダートに向けて始動した頃、美幸はエリザベス女王杯で騎乗するフォーザモーメントの調教を行っていた。
フォーザモーメントの主戦騎手であった堀江純子はクラシックの不振が原因でこのレースは降板。同じ女性騎手であり特に乗る馬が決まっていなかった美幸に白羽の矢が止まった。
これによって純子と美幸の間に気まずい空気が流れていた。
プロの世界である以上、覚悟せねばならない事態だがよりにもよって純子の馬が回ってきた事が美幸の不安を募らせた。
フォーザモーメントの調教を終えた時、純子が美幸に声をかけてきた。
「美幸~今日飲みに行かない?」
純子の誘いがこれ以上なく嬉しかった美幸は笑顔で頷いた。
居酒屋寒村。
「美幸~フォーザモーメント返せ~ぇ」
酔って絡んでくる純子だが、もちろん冗談である事は美幸もわかっていた。
「私が乗るのはエリザベスだけですよ~ぅ!その後はちゃんと返します!」
美幸もふざけて言い返した。
酒も徐々に深くなりかけた頃、純子が言った。
「私…今年限りで騎手辞める~。」
一瞬また冗談だと思った美幸だったが、純子の表情を見てそれが本気である事がわかった。
「え…なんでです…?」
美幸は静かに聞いた。
「競馬学校時代に落馬して以来腰に爆弾抱えていてね~10年は絶対がんばろうって決めていたからやって来られたけど、この10年目でもう限界みたい…それに騎乗依頼もほとんどないから…。」
純子は笑顔だった。ある種やり遂げた達成感すらあった。
「それで…引退したらどうするんですか…?」
さらに静かに美幸が聞くと、
「美幸~!そんな顔しないで~!
引退したら…フフ…競馬中継のフィールドレポーターとして華麗にデビューする事が決まっているわ!」
すでにタレント事務所に所属している事実を聞き美幸は安心した。
「美幸…あんたは素晴らしいジョッキーよ…私はいつだって美幸を応援しているから…これからデビューしてくる女性騎手の為に美幸が道を作るのよ!
私は外から助けるからね!」
「純子さぁ~ん…」
女性騎手のパイオニア的存在だった純子はターフを去る決意をし、美幸にその志を託した。