鬼神-8
『さぁ各馬体勢整いました!
天皇賞秋…
スタートしました!』
ドラゴンウイングが勢いよく飛び出し先頭へ。ロンバルディアは4番手集団前方。その外ピッタリ併せてドリームメーカー。集団中程にライラポイント、後方にヒシガーディス、少し離れた最後方にフォークギア。
美幸は隣でロンバルディアの手綱を握る三田の手元に集中していた。ドリームメーカーの闘争本能に火をつけるのは強敵の存在。ロンバルディアと言う起爆剤はドリームメーカーにとって測り知れない程の破壊力を生む。
「美幸!邪魔だ!もっと前に行けよ!」
三田が春の天皇賞と同様に言った。
この位置だから意味があるのだ。少しでも前に出たり少しでも遅れてはいけない。
美幸はとにかく三田の手綱へすべての集中力を注いでいた。
三田にとってこれほどのプレッシャーはない。隣にピッタリ併せてくるバン馬のような巨漢馬。その巨漢馬は時よりこちらを鋭く睨んできやがる。
手綱から感じる嫌な雰囲気。手応えはいい。しかしロンバルディアは明らかに隣のバン馬から圧力を感じていた。
(ロンバルディアはお前のデブ馬と違って繊細なんだよ!!)
三田の心の叫びとは裏腹にレースは第3コーナーに進出していく。
『残り800を過ぎてドラゴンウイングが豪快な逃げ!
ロンバルディアはまだ動かない!?』
すでに集団は団子状態となり後続は差を詰めてきている。
『さぁ直線に入ってドラゴンウイングが先頭!その差は5馬身か!?
ヒシガーディスが外から上がって来たぞ!』
最終コーナー出口でロンバルディアの前が空いた。それは美幸も見逃さなかった。
『ロンバルディアが一気に加速で2番手に!ドリームメーカーも併せて上がって来たぞ!』
美幸はロンバルディアが加速すると同時にドリームメーカーにムチを打った。
『安東勝己!必死にドラゴンウイングにムチを入れる!
3馬身差にロンバルディアとドリームメーカー!外からヒシガーディス!
残り400を切ってドラゴンウイングはまだまだいい脚で先頭を走ります!
ロンバルディアとドリームメーカーはまったく譲らず2番手争い!
ヒシガーディスも大外からそれに加わる勢いだ!』
ここまでは作戦通り。しかしここからが本当の勝負である。
三田のムチがロンバルディアに打たれた時ドリームメーカーにも美幸のムチが飛んだ。
『残り200!ドラゴンウイングまだ先頭!しかしすぐ後ろにロンバルディアとドリームメーカーが迫っている!
これは凄い!ドリームメーカーがロンバルディアにしっかり着いてきている!』
美幸はさらにムチを降り上げた。
(もうスピードに劣るなんて言わせないわ!)
坂路調教で鍛えたマッスルボディーは灼熱の夏を乗り越えた証。
鋼はがねの馬体に備わった勝負魂と言う最強ウェポンに、底無しのスタミナと言うマテリアとスピードと言う斬れ味鋭い黄金の剣を備えた聖馬は今覚醒の時を迎えていた。
『ロンバルディアとドリームメーカーがドラゴンウイングを捕えた!
残り100!
先頭はロンバルディアとドリームメーカー!
ヒシガーディスも3番手!
しかし勝負は前2頭だ!
ロンバルディアか!?
ドリームメーカーか!?
2頭並んだままゴーーーールッッ!
大きなガッツポーズを見せたのはロンバルディアの三田 崇!
小さなガッツポーズはドリームメーカー浦河美幸!
どっちが勝ったかまったくわかりません!』
どんなに微妙な結果でも騎手には自分が勝ったか負けたかはある程度判断できる。
二人のガッツポーズにはまったく意味の違う意図があった。
『電光掲示板に結果が出ています!
1着…ロンバルディア!
2着にドリームメーカーです!
最初から最後まで馬体を併せたままの展開!
それにしてもロンバルディアのスピードに食らいついたドリームメーカーには驚きました!』
三田の大きなガッツポーズは勝利を確信したものであり、天皇賞春秋制覇を成し遂げた歓喜のパフォーマンスであった。
一方、美幸の小さなガッツポーズは最高の騎乗が出来た自分と最高のレースをしてくれたドリームメーカーへの気持ちが無意識にさせたものだった。
歴史と品格ある天皇賞を、まるで目先の勝利と思わせるほどの収穫あるレース内容だった。すでにピークに達しているロンバルディアに、まだまだ発展覚醒途上のドリームメーカー。力の差はほとんど無い!と確信することができた。
次は必ず勝つ!
美幸はまた小さなガッツポーズを見せてドリームメーカーに労いの言葉をかけた。
「今日は我慢よ…
でも次は絶対勝たせてあげる…!」
《ホースニュース》
-天皇賞(秋)-
まさに歴史に残るマッチレースとなった。
レースが始まりゴールする瞬間まで2頭は譲らず馬体を併せていた。
ハナ差で勝ったロンバルディアは天皇賞春秋制覇を成し遂げ通算GⅠ5勝。鞍上を努めた三田 崇も、今年は日本ダービー制覇のタイトルも手にしており若手騎手からトップジョッキーへと認知度を上げた。
しかし評価すべきは惜しくも2着に敗れたドリームメーカーの方であろう。
670㎏の超巨漢馬はスピードでも劣る事なく堂々のレースをして退けた。その背中に紅の翼を羽ばたかせたかのようにまるで《飛ぶ走り》であったのだ。
昨年、ジャパンカップで世界を驚かせた同馬はまだまだ覚醒の途中だ。
上記の2頭はジャパンカップから有馬記念へと進み、激しい死闘が予想される。
3着に入ったヒシガーディス。天皇賞秋3連覇は逃したが次走マイルCSをラストランとして有終の美を飾りたい。
4着ドラゴンウイングは昨年同様、香港カップへ。無冠のまま終われない陣営は適距離の中距離に路線を絞る方針だ。
暮れの有馬記念に向けてもう一頭忘れてはならない馬がいる。
昨年の日本ダービー、有馬記念、そして凱旋門賞を制したファンタジスタだ。
屈腱炎で長期休養となっていたが、一年ぶりのレースとなる有馬記念で復帰する予定だ。すでに順調な調教が行われており、管理する臼井調教師も自信を見せている。
昨年の最強クラシック世代と呼ばれる主役の馬がクリスマスの中山競馬場に帰ってくる。