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【10万PV!!】 競馬小説ドリームメーカー  作者: 泉水遊馬
シーズン2 chapter3
118/364

漆-4

滋賀県【栗東トレーニングセンター】。


三田の運転するフェラーリで到着した美幸は緊張していた。


逃げ出した自分は、師匠の坂田にはもちろん迷惑をかけたすべての関係者に、会わせる顔がない。



坂田厩舎に着いた美幸は足がすくんだ。

三田と野田新之助は先に厩舎に入り坂田調教師を連れてきた。


「先生…すいませんでした…」


美幸は深く頭を下げた。師匠坂田の怖さは知っている。怒られて殴られる覚悟もした。


しかし坂田は静かに言った。

「充分苦しんだか?

もしまだ苦しみ足らないならステージクロスには会わせられない。

アイツは今もまだ戦い続けているんだ。


そして俺や厩舎の連中も必死にアイツと向かい合って戦っている。

アイツに会う腹が決まってないならこのまま帰れ……」


厳しい言葉だった。

しかし厳しい中に怒りは見えなかった。

坂田もまた自分を責めた一ヶ月間であったのだ。自分に弟子を叱る権利はない…苦しみの中でステージクロスと真剣に向き合う事が自分なりの罪滅ぼしになる気がした。



坂田は厩舎の入り口に向かい美幸に振り返った。

美幸は溢れた涙を拭って坂田に向かって歩き出した。


まず美幸の目に飛込んできたのはたくさんの花と千羽鶴の山だった。

「毎日、全国のファンからたくさんの花と励ましの手紙が届く。」

坂田の言葉が美幸の胸に突き刺さる。


ステージクロスの馬房の前に一人の男が立っていた。


「宝田さん…?」


飛田牧場から欧州へと修業に出た宝田 誠であった。美幸とは宝田が飛田牧場時代からの面識である。


「浦河騎手!お久しぶりでんな~。」


宝田はダーリーグルーフ゜欧州育成施設で従事していた。

すでに世界展開しているホースチャンネルで日本のダービーを観ていた時にステージクロスの事故が映しだされた。


「ある関係者って宝田さんの事だったんですか…」


宝田は美幸の前に歩みより言った。

「ステージクロスに会う前に僕の話を聞いていただけますか?」

ステージクロスの馬房まであと数mの場所で宝田は語り始めた。



「本来なら…楽にさせてやるべきだったかもしれません…」

宝田の言葉はその場にいる美幸、三田、野田新之助の鼓動を早くした。


「僕は欧州で日本ダービーを観ていました。


ステージクロスが転倒する瞬間、僕はステージクロスが折れた脚を踏ん張ったように見えました。

浦河騎手が軽傷であったのもそのおかげやったと思います。」


美幸の目に再び涙が溢れる。


「あまりにも致命的な怪我…痛くてたまらんかったと思いますわ…。

しかし…浦河騎手は気を失っていて覚えていないと思いますが、ステージクロスは必死に浦河騎手を心配して鼻先で揺り起こしてましたんやで…。


僕はそれを見た時、なんとかしてこの馬を助けたいと思いました。すぐにダーリージャパンの高橋さんに連絡をして坂田先生に伝えてもらったんです…


僕に手術さしてください…!って。


昔アメリカの牧場にいた頃に何度か同じような手術をした事があります。ダーリーグルーフ゜のジェット機ですぐに帰国してステージクロスの脚を見た時に、


なんとかなる…


って確信しました。」


宝田は昨年自ら安楽死の針を刺したファンタジアを思い出していた。すでに最終措置しか選択のなかったファンタジア。


「馬は四本の脚で立つからこそ生きていける動物です。

一本でも欠ければ、残りの三本に負担がかかりしだいに腐敗させます。更には内臓にまでそれは拡がります。


今から浦河騎手が見るステージクロスの姿は四本脚で立たされている…生きる為に四本脚で踏ん張る姿です…」


宝田は美幸に道を開けた。


美幸はステージクロスの馬房の前に立った。


「うっ…ステージクロス…ごめんね…ごめんなさい…」


感情を吐きだした美幸の目の前には、ガリガリに痩せてしまってはいるが、四本脚でしっかり立つステージクロスであった。


天井から吊るされた帯がステージクロスの腹部をくぐりその体を支えていた。



「グルル……」


ステージクロスが唸った。


宝田がステージクロスに近寄り鼻筋を撫でた。


「ステージクロスは浦河騎手を見てレースやと勘違いしよったんですね。

凄い馬です…。」



「宝田さん、ステージクロスは自分の脚で立てるようになりますか?」

三田が宝田に聞いた。


「手術事態は成功しています。しかし、1番大事なのはその後です。

常にこの馬の側にいてひとつひとつの動きに注意しながら看病しなあきません。」


宝田が答えた後に、坂田も言った。

「宝田さんは1日中ずっとステージクロスについていてくださっているんだ…」



「坂田先生もね…」




美幸は宝田に泣きながら言った。


「私にも…一緒にステージクロスのお世話をさせてください!」


美幸の言葉を聞いた宝田の視線が突然厳しいものに変わった。

「浦河騎手…申し訳ないが、あなたには無理です…。」


「お願いします!私にも…何かさせてください!」

美幸が再び頭を下げた時、宝田の怒号が響いた。


「ワレみたいなすぐ逃げ出す人間に何ができんねんっ!!

舐めとったらイテまうどっ!!」


しかし、

「逃げません!!

もう…絶対逃げませんから…

ステージクロスのお世話をさせてください…

お願いします…」

美幸は宝田から視線を外さずに言い頭を下げた。


宝田の表情がまた柔らかいものに戻った。

「その言葉は…僕やなくて、坂田先生に言ってください。」



美幸は坂田に向き、

「先生…お願いします。

ステージクロスの側にいさせてください。

そして…先生の元でまた競馬をさせてください。


お願いします!」



坂田の目にうっすら涙が光った。しかし弟子に涙を見せる訳にはいかない。


美幸に背を向けた坂田は、

「その前に…迷惑かけた他の厩舎の先生方に謝ってこい!」

と怒鳴り厩舎から出て行った。


「はいっ!!」


大きな返事で返した美幸に、厩舎のスタッフ達が集まり迎え入れてくれた。


この後美幸は各厩舎に謝りに行き、最後の武田厩舎では3時間にも及ぶ武田の説教を聞く事になる。

何故なら、今週の宝塚記念のドリームメーカーへの騎乗が出来ない為である。



美幸は坂田からペナルティーとして秋までレースの騎乗を禁じられた。

夏は調教とステージクロスの世話に集中する事になる。


久しぶりに帰ってきた京都のマンション。

すでに連絡を受けていた千賀子は美幸の帰りを待っていた。


母に連絡し、また騎手を続けると告げた。


「がんばりなさい…」


母の一言が少し寂しげであった。



翌日からトレセン内は宝塚記念の最終追い切りで慌ただしくなっていたが、美幸は宝塚と共にステージクロスの馬房にいた。


これから美幸とステージクロスの熱い夏が始まろうとしていた。

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