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「――うん。今の所はそんな感じかな。もう少し状況を整理したらすぐ戻るから」

 二分と経たず折り返すことになった電話を終え、弥生は安堵と好奇心、驚きなどが綯い交ぜになった心境を落ち着かせるように、ゆっくりと四人掛けテーブル席の椅子を引き、真土の隣に腰を下ろした。

 テーブルの上では、央乃が店用ではない茶器で入れた熱い緑茶が待っている。

 弥生は先に座って茶を飲んでいた央乃と真土の顔を順に見て話し始めた。

「まさか、二人が本魔の一族だったとは。驚いたよ」

 頂きますね、とお茶を飲む弥生に合わせ、真土も一口茶を啜る。

「驚いたのはこっちもだよ。まさか勾玉に辿り着くなんて。うちの村の中ですら、史料も歴史もスカスカでしか伝わってないのにさ。流石、有里園だな」

「でも、どうして教えてくれなかったんだい?」

「メシ食い終わったら話そうと思ってただけだよ。先に話したら夢中になって、ラーメン伸びそうだしさ」

 裏表なく真土が笑う。確かに、自分も物事に集中すれば食事が疎かになるタイプだ、真土も同じなのだろうと弥生も納得する。

「おいちゃんも一緒の方が話がスムーズだし、味方は多い方が良いし。ホント、弥生が一緒にここに来てくれて良かったよ。な」

 真土が央乃に振ると、彼は愉快とばかりに笑って、二度大きく頷いた。

「ああ。ついさっきまで四神が起きてるなんて夢にも思わなかったから、正直心も何も準備できてないしな。さっきニュース見たときはマジ驚いたぜ。……けど、電話してもマサは出ないし。お前、いまだに携帯不携帯か」

「え? 電話?」

言われて今更気付く。真土は服のポケットを上から順に全て叩くが、当然中にあるのは例の生徒手帳と財布だけ。だが央乃の言葉には反論しておきたい点がある。

「いやいや、最近はちゃんと忘れないで持ち歩く様になったって! 今日はコンビニだけ行くつもりだったから~……」

 圏外になりやすい界納村を出たての頃こそ、持ち慣れないスマホを忘れて出かけがちだった真土だが、流石に二年もすればハンカチばりの必須携帯アイテムになっている。……逆に言えば、ハンカチすら持たずに出かける場合、スマホを持っていないのは至極当然ということだ。そう、今日は仕方がない。

 しかし真土の抵抗むなしく、央乃は呆れた様子で溜め息を吐いた。

「全く、音信不通フォンなんて。道具が泣くぜ」

「そ……それを言われるとッ!」

 役割を全うしてもらおうと物を大切にするのは、本魔一族の伝統の一つだ。これももちろん村長の教えの一つでもある。確かに、外で受け取れるはずの連絡の合図を、家主のいない家で叫び続けるスマホを想像すると物悲しくなってくる。真土は自らの非を受け入れた。

「……次からは、ちゃんと持ち歩くよ。スマホのためにも……」

「ああ、そうしてやれ」

 そんなやり取りを聴きながら、弥生も秘かに、むき出しの自身のスマホに対して「今度、カバーくらい買ってあげようかな」と思ったのだった。

「――さて、アホな話ばっかしてないで、そろそろ本題と行くかね」

 央乃の仕切り直しで、三人はそれぞれ気を引き締め直す。弥生は改めて、二人に頭を下げた。

「本当に、僕らの不祥事に巻き込んでしまって申し訳ありません。前所長がもっと思慮深ければ、こんなことには」

 前所長、と言った時、弥生が珍しく棘や苦さを滲ませた顔をする。何か因縁がありそうだが、わざわざ今聞くことでもないかと、央乃は気づかないふりのまま話を進めた。

「ま、起きちまったモンは仕方ねえよな。こんな時のために、俺らにゃ勾玉が受け継がれてるワケだし、何時かは起こる事態だったってことだ。むしろ俺らは、四神が勝手に目覚めて味方もいない状況より、有里園の研究者の力が借りられる今の方がよっぽどマシだぜ?」

 気にすんな、という気持ちを全面に表した声音と表情で央乃が言う。根っからの兄貴気質なのだろう。彼と会ったばかりの弥生にも、この店が繁盛している理由が分かる気がした。それでも。

「そう言って頂けるのは嬉しいです。……けれど、あくまで僕ら――有里園は外部の人間だ。もちろん解決のため全力を尽くしますが、お二人のため、どこまで役に立てるのでしょうか」

 央乃の気遣いはありがたいが、四神の目覚めは研究者の慢心が招いた結果だ。本魔についての知識も一般人よりあるとはいえ、今回の件に関しては分からないことだらけだ。

嬉しいはずの本物の本魔一族との出会いにも自信が揺らぎ、弥生はつい、浮かない顔を隠すように俯いた。

 だがそんな弥生を、友人はさらりと引っ張り上げてしまった。

「なーに言ってんだよ。オレが無事においちゃんと合流できたのは、弥生が助けてくれたからだろ?」

「あ……」

「お前が来てくれなかったら、今頃きっと四神に『早く寝かせろー!』ってしつこく言われ続けて、オレは途方に暮れてたよ。四神は勾玉の匂いに敏感らしくて、一応頑張ってみたけどやっぱ振り切れなかったし、眠りに導く儀式も、白黒の勾玉が揃わないあの状況じゃ出来ないし、な」

「……うん」

 そうだ。今すぐ急激に知識を増やすことなどできない。今の自分が持っている全てで、できる限りの力を発揮するしかないのだ。弥生は決意を新たに、未熟な自分を受け入れ、まず目下の疑問から学ぶことにした。

「一つ、今の話で納得したよ。他の誰でもなく君が四神に追われていたのは、勾玉の継承者だったからなのだね。でもそれなら、央乃さんは? どうして無事だったのだろう……」

 室内屋内は四神には関係ない。勾玉を身に着けていなかったのなら考えられる可能性もあるが、央乃は弥生が店を訪れる前から、確かに勾玉を首に下げていたようだった。

 その問いに央乃はすぐには答えず、ヒントを出す。

「弥生君、ここの店名見たか?」

「え、ええ。確か『らぁめん五里霧中』……っ! まさか!」

 声に出した店名に隠された言葉が引っ掛かり、気づいた弥生ははっと息を呑む。

 その反応を見た央乃は満足そうに、にやりと笑って肯定した。

「ああ。『五里霧』は結界。この店の中は安全なのさ」

 名はそれだけで力だ。そこに本魔の力が合わされば、四神にすら通用する結界となる。

 真土は二人が話している隙に持ってきた薬缶から湯を足し、お代わりの薄い茶を自分の湯呑みに注いだ。

「今朝、四神を撒こうとした時も、とにかくこの店目指して走ってたんだけどさ。行く先行く先で四神に道を塞がれるから、結局真逆の遠い方まで走るハメになって――弥生が来てくれて、ほんっっっとに助かったんだぜ?」

 重ね重ね、真土が心底嬉しそうに礼と共に笑う。それに対して央乃は苦笑いで後頭部を押さえてみせた。

「結界の外に居る時の対策までは考えてなかったもんなぁ……走らせて悪かったな」

「うんにゃ。オレはずっと、んな結界にする必要ないだろーって思ってたくらいだし。でも備えあれば! ってやつだったな。今日という一日のために……すげえよおいちゃん」

「いやいや。きっと結界のおかげで、この店は日々良いお客に恵まれてるんだぜ? 五里霧さまさまだ」

「え、そんな効果もあるのですか?」

「いや、そんな気がするだけだ」

「おいちゃん、テキトーすぎ」

「あっはははっ!」

 本来の効力とは違うであろうご利益だが、央乃がそう感じているのなら、もしかしたら本当かもしれない。真土と弥生も、央乃につられて笑った。

 話が盛り上がるのは喜ばしいが、今はあまり脱線ばかりしてもいられない。三人は笑いが止んだのを合図に、ごく自然な流れで、今一番重要な議題に取り掛かった。

 初めに口火を切ったのは弥生だ。

「――お二人は儀式で重要な勾玉を継いでいた。ということは、封印の儀式についても知っているのですよね。この事態を治めるため、どうか詳細を教えて頂けませんか」

 弥生が真剣な表情で、正面の央乃を見つめる。

 しかし請われた央乃は、さりげなく視線を逸らし斜め上を見て「あー……」と唸る。真土も何だか決まりが悪そうだ。

 事実だから仕方ないか、と、央乃が白状するかのように徐に口を開いた。

「確かに儀式についての知識もある。だが、半端に、だ」

「半端、とは?」

 すかさずの弥生の疑問には、薄い茶をぐびぐび飲み干した真土が答えた。

「さっき言ったろ? あれこれスカスカにしか伝わってないって」

 真土がまた茶を注ぎ足す。淹れたてより、ぬるく薄い茶の方がより好きらしい。

「封じの呪文と儀式の時間、それから必要な道具――二つの勾玉はこうして伝えられてる。でも、それ以外は曖昧なんだよ」

 真土は席に置かれたアンケート用紙を裏返し、添えられたボールペンでメモを書きながら話を進める。

「儀式を行う場所は決まっているのか。他に必要な物はあるのか。オレらや四神に危険はないのか……とか、分からないことが多すぎる」

「でも、二人は封印に向け動こうとしていたのだよね?」

「うん。オレらの使命だからな。四神がうろうろし続けるなら、もうとりあえず色々、ぶっつけ本番で試すしかないと思ってた」

「……そう」

 使命とはいえ、何が起こるか分からないまま突き進もうとしていたのか。能天気というか、命知らずというか。それとも本魔の一族にとっては、そこまで恐れる状況ではないのだろうか。

 とにかく、彼らの危険を減らせるよう、自分がサポートしなくては。自分の立ち位置が見えた気がした弥生は、そう心に決めた。

 真土が三度目の湯を急須に足す。今度は真土ではなく、央乃が自分の湯呑みの半分まで、もうほとんど水の茶を注いだ。

 そして央乃は、弥生の湯呑みにはまだ一番茶が残っていることを確認した後、パン、と一度手を叩いた。

「で、だ。儀式は夜にしか行えない事は分かってるんだが、味方ができた今となっては、今夜いきなり謎まみれの封印に向かうのもどうかと思うんだ。もし有里園が時間を稼いでくれるのなら、数日、調査の時間が欲しい。どうだ?」

 的確な央乃の要求に、弥生もきらりと光る瞳で同意する。

「そうですね。一応今、うちの所員たちが四神を追っていて、もうすぐ連れ帰ることができそうだと連絡が入っているんです。四神が逃げる前に居た部屋を整え直せば、流石に何ヶ月もとはいきませんが、そこで待たせることは可能です」

「そうか、それは朗報だ。いくら人類の友達とは言っても、四神が町中をがうろうろしていたら、現代人は落ち着かないだろうからな」

「オレらも現代人なんだけどね」

 人と共に生きる四神。そのため彼らは夜行性ではない。夜の力が、四神が再び床に就くための後押しとなる。その時を万全の態勢で迎えるため、今はとにかく情報を集めなければならない。

「なあ弥生君。有里園には本魔の史料が集められているんだろう? そこに手がかりがある可能性も高い」

 本魔の一族が減少し、居住地の近くまで一般の人々が移り住むようになってからは、残った本魔の人々は、光から隠れるように山の奥へ奥へと引っ込んでいった。そうして生まれたのが現在の界納村なのだが、そこへ全てを運び込むことはできなかったという。

 特に重要だとされる祭具や記録は優先して守られたが、ただの日記から重要文書まで混ざりに混ざった書物の山は、分類の余裕もなくかつての居住地に残され、その後は歴史の大波にもまれ、方々に散らばってしまった。

 有里園の研究所では、そういった残された書物などが見つかる度連絡を受け、貴重な史料を回収、保存しているという話は、真土伝に央乃の耳にも届いている。界納村の中では出会えなかった情報なら、そちらに眠る可能性の方が高いだろう。

 弥生はこくりと頷くが、同時に懸念も口にした。

「確かに各所から回収した史料はありますが、本魔文字の解読は難航していて、大半がまだ手付かずのままです。今から全てを当たるには、所員総出でもかなりの時間が必要ですね」

 実際現在も、研究所に残った四神対策チームは全力で史料の解読に当たっていることだろう。それでも件の勾玉のように、必要な情報を見つけ出せるかは運も絡んでくる。

 だが央乃は自信満々、余裕綽々に構えて言った。

「問題ない。それ全部、マサに読ませてやってくれ」

「真土に? ――君、もしや読めるのか?」

「ああうん。オレもおいちゃんも、普通に使って育ったから。本魔文字」

 真土たちにとってはごく自然な事なのだが、弥生は絶滅したはずの生き物と夜道で激突したかのごとき顔を見せた。

「そ、そんな。あのややこし過ぎて偶に嫌になるくらいの文字を、普段使いしている人たちが今も居るなんて……!」

「や、別に言う程ややこくないと思うけど?」

 真土からすれば、英語の方がよっっっぽどややこしいのだが。これがネイティブというものなのかもしれない。

 弥生に若干引かれたような気がした真土だったが、これから自分が行くことになる場所がどこなのかに思い至った途端、背筋に電流が走る。

「ああでも、そっか、そうだよ! 有里園の史料庫じゃん! ふぁあおっ、こんなあっさり入れる日が来るなんて……!」

 がたりと立ち上がった真土は喜びのあまりじっとしていられず、店内を訳もなく行ったり来たりしながら、半分無用となった自身のマル秘計画を思い浮かべた。

 まず、苦手な英語の単位を逃すことなく高校を卒業し、決死の受験勉強で本魔野間大学へ。そこで無事に二年過ごしてようやく、有里園所属の教授のゼミに入る。今の今まで真土が描いていた、夢の有里園史料庫に辿り着くまでの道筋である。

 それを全てすっ飛ばして、今日、これから、真土は天国へ足を踏み入れるのだ。

 浮かれすぎたのか、壁を向いたまま手を合わせ静かになった真土を後目に、央乃も、まさか自分が生きている内に出会うと思ってもみなかった事態に、今になってしみじみと思いを馳せる。

「――来るはずもない『もしもの時』について、マサと準備の話をしては笑ったもんだが、本当にこんな日が来るとはな……」

 本来央乃は勾玉を継ぐ立場ではなかった。だが、仕事の都合で本魔を離れた友人から勾玉を預かった以上は、いざというその時には役目を全うするつもりでいた。

 しかし今は、自分には違う役目があるように思えてならない。そして役目を託す相手も、きっと間違いない。 

 央乃は勾玉を外すと、それを弥生の前にぶら下げてみせた。

「弥生君、気になるんだろう?」

「わっ」

「君に預ける。持ってけ」

 丈夫さが自慢の勾玉を、弥生が繊細なガラス細工を持つように、そっと両手で包む。何の前触れもなく軽く投げるように渡された貴重品に、弥生は落ち着かない様子で央乃を窺った。

「……良いのですか? こんな、大切な物を」

「俺はしがないラーメン屋だからな。それに、ちょっと気になることもあるんだ。君が代わりにマサと儀式を行ってくれたら助かる。……もちろん断ってくれても良いぜ。危険かもしれないことだ」

 央乃の言葉に、戻ってきた真土もうんうん頷く。一緒に行ければもちろん嬉しいが、研究者とはいえ部外者の友人を無理に誘うことはできない。しかし、弥生の決意はとっくに固まっていた。

「元はといえば、僕らの失態が招いた事態です。危険があるのなら尚更、僕らが引き受けるべきだ。それに――」

 真剣な固い顔を見せていた弥生が、ふっと力を抜き笑う。

「学者の端くれとして、是非とも貴重な経験をさせて頂きたいと思っています」

 こちらがより本心なのだろう。繊細さも持ち合わせたような見た目に反して、なかなか肝が据わっているらしい。央乃の目に狂いはなかった。

「良い表情だ。……俺がラーメンと向き合ってる時にそっくりだな」

「おいちゃんより弥生の方が、よっぽどシュッとしてるけど……」

「顔の造りじゃない。内面から滲み出るオーラの話だ」

「ふふっ。ありがとうございます」

 弥生は賛辞に素直にはにかむと、勾玉をハンカチに包もうとして真土に止められる。そして指で示され、成程と首にかけ、服の中にしまった。

「よし。じゃあ行こうか真土」

「ああ。……楽しみだなぁ、有里園の史料庫……――はあっ!」

「どっ、どうしたの……?」

 正に天国から地獄。背後に花畑が見える程浮かれた笑顔だった真土の顔から、急激に血の気が引く。

 心配する弥生の声も耳に入らない様子で、真土は慌てて、カウンターの内に戻ろうとしていた央乃に駆け寄った。

「おいちゃんオレっ、テレビの待機電源点けっぱだ! 最後リモコンで消したんだよ! ううわぁ~ッ!」

 やっちまった。長時間帰れないことが分かっていたら、確実にリモコンではなく本体ボタンで消していた。なんならプラグだって抜いても良い。塵も積もれば山となる。嵩む電気代、無駄に消費される電力。今は考えている場合ではないと分かってはいても、どうしても気になってしょうがない。

 そんな真土の思考の造りを把握している央乃は、やや呆れながらも悩み解決を引き受けてくれた。

「分かった分かった。後で行って消しておくから。どうせ探し物で一回帰るつもりだったし」

「は、早めに頼むな」

「はいはい――すまんな弥生君。こんなヤツだが、マサのことよろしくな」

「あ、はい。大丈夫です。任せてください」

 思った以上に適応力が高いらしい。弥生はあっさり真土の感性を受け入れ、にこやかに胸に手を当てた。


     *


 若者二人を見送った央乃は入り口から離れ、急須に残っていた緑茶を飲み干した。

 すぐに行動を始めたいが、まだ彼らが忘れ物などで戻って来る可能性もある。央乃は静かに、店の前から車の影が去って行くのを待った。

「――よし、行ったな」

 外出自粛の報道が飛び交う中、わざわざラーメンを食べに来る客は――イレギュラーの二人を除けば居ないだろう。今日は臨時休業だ。

 央乃は表のシャッターを下げると、事態終息の手がかりを探るべく、無造作に手拭いを外し、二階の小部屋に向かった。

 この部屋は、央乃が秘密の副業のために用意した場所だ。

 鍵を開け、生活部屋とは異なる物置のような狭い部屋の電気を点ける。

 照らされたのは、器用に物が詰め込まれ整頓された、畳敷きの室内。

 その奥の壁に向かって置かれた文机の中心には、いくつかの小物に囲まれ、立派な木彫りの『麒麟さん』が鎮座している。

 央乃は文机の前の薄い座布団に座ると、『麒麟さん』にも聞かせるように、内心を声に出して整理した。

「――もしやとは思ったが……あの占いの男子はやっぱマサだったか」

 今朝テレビで放送された占いに当てはまる人物は、真土以外にも存在する可能性は大いにある。だが古いアクセサリーと聞いて、央乃が真っ先に思い浮かべたのは彼だった。

「いやーまいった。ホント当たるもんだよなあ。……本魔占術」

 三親等で血が近いとはいえ、央乃が受け継いだモノは真土と同じではない。

 央乃が今の真土くらいの歳だった頃に曾祖母から継いだのは、一族の中ですら密やかに伝えられる古の知恵、本魔占術だった。

本魔占術は、伝授の時以外に同族内の相手に知られるとその力を失うとされる、とても扱いが難しいものであり、当然、仲良しの真土にも絶対の秘密だ。そんな性質故、村の中で他に誰が継いでいるのかも全く分からない。

 厄介な性質を持つ分その力は凄まじく、何もかもを教えてくれることはないものの、天より与えられるその言葉は、直に未来を見て来たかの如き的中率を誇る。

 持てる力は人々の暮らしに役立ててこそ。そんな本魔の信条から央乃は使い道を探し続け、ついに三年前、縁があった今の占いコーナーを始めることとなったのだった。

元は店の常連だった番組担当者――自称キュートなエンジェルは、一族とは無関係で口も堅い。今や央乃の秘密を共有してくれる、頼もしい友人だ。

 そんな副業を続ける中、天から身内宛の占いが届く日が来るとは思ってもみなかったが、正直とても面白い状況だ。真土に伝えられないのはやや歯がゆいが、まあ仕方がない。 

(はてさて、『白馬の王子』はどうやら弥生君らしいが、真土と『運命の出逢い』をする姫は……一体どんな娘だろうなぁ)

 尺の都合で占った全てを放送することはできない。何より、全てを伝えてしまうのは本魔占術との約束に反するため、毎度エンジェルと共に良い感じに誤魔化し纏めて、日々の≪ドキドキ☆ラブリー占い≫を作り上げているのだ。

 今日の占い、真土は一体どう解釈しているのか。少しは気になるが、

「ま、そっちは上手い事転がるだろ。今やるべきは……っと」

 央乃は気持ちを切り替え、今自分たちに必要な情報は何かを考える。

そして準備の後、頼れる『麒麟さん』の前でゆっくりと目を閉じた――


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