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(何故だ! 何故トイレットペーパーを買いに行くだけで、こんな状況になるんだ!)

 人気(ひとけ)のない早朝の住宅街を走る男子高校生、一条真土(いちじょうまさと)はとうとう息を切らし、十字路の真ん中で()()()に囲まれた。

(……ってか、何でこんな所にこんな方々が存在()るんだ?)

 真土を中心に伸びる細い四の道。そこに居るのは、明らかに不自然な四の姿。

 あろうことか、彼の正面には青龍、背後には白虎、左手に玄武、そして残る右手には朱雀が立ち塞がっていた。

 夢ではない。突如現れた彼らから逃げるため全力で走り続けた真土の胸は、荒い呼吸の度に痛むのだから。

(どう考えても四神……何かちょっと、いや、かなり小さいけど)

 実物を見るのはもちろん今が初めてであるが、真土のイメージでは、それぞれが大型トラックにも匹敵するようなサイズだった。だが目の前に存在する彼らは、軽自動車の屋根にちょこん、とお座りできそうな体躯しかない。

 しかし小振りとはいえ四神。彼らは重苦しい唸り声をあげ、睨む形相でじりじりと真土に迫ってくる。その威圧感に、勝つも逃げるも不可能だと本能が悟る。

「やべぇ……どーしよ」

 零れた呟きは、誰に届くこともなく獣の咆哮(ほうこう)に掻き消された。


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 時は少し遡る。

ここは遠見県、本魔市、古天町。都会とも程近いこの町の、閑静な住宅街に建つアパート二階の一室で、真土は今日も何の変哲もない平和な朝を迎えた。

 高校生活も二年目の夏休みに入り、知人から借り受けたこの部屋での一人暮らしもすっかり板についたものだ。

 早起きは少し苦手だが、アラームを止め、無理やり這うように布団から出てテレビを点ければ、どローカルのやたら明るい早朝番組が流れ出す。数分見ればもう覚醒。晴れでも雨でも関係ない、真土にとっての目覚めの太陽だ。……但しこの太陽、平日限定ではあるのだが。

『次は≪ドキドキ☆ラブリー占い≫~!』

 時刻はもうすぐ六時。毎朝恒例の明るさ満点占いコーナーが始まった。

『今日の飛び切りラッキーさんは~……?』

 番組マスコットのエンジェル『キラほしちゃん』がキュートな声で視聴者を焦らす。ペケペコペンポォーン! と表現できそうな独特すぎる効果音を挟み、エンジェルが画面いっぱいに黄色い花を降らせた。花の雨が止むと、中心の枠内に「ラッキーさん」の詳細が表示されている。

『ジャンっ! 今、日用品を切らしかけている、長期休暇中の、かに座の男の子っ! 今観てるキミだよ、キミっ!』

 この占いコーナーは少し変わっており、よくある十二星座や誕生月ごとに順位をつける類のものではない。具体的な項目を挙げ、その日の特別な幸運者を示すのだ。

 演出のせいで一見ふざけたものに思えてしまうが、番組には頻繁に、占いのおかげで「災難からギリギリのところで逃れた」「驚く程の好機があり、しかもそれを生かせた」などといった感謝が届くという。その類のメッセージは番組で募集している訳ではないため、未報告を含めて驚異の的中率という可能性もありそうだ。

 キラほしちゃんの言葉はまだ続く。

『古っる~いアクセサリーを身に着けて外出したら、白馬の王子様がやって来るカモ? 運命の出逢いにドッキドキだぁ~☆』

 頬を赤らめ小躍りするキラほしちゃんを見送り、真土は最後の眠気を大欠伸で飛ばした。

「ふっ……今日も朝から元気な番組だな。おかげで目ぇ覚めたぜ」

 番組への感謝の代わりに、小振りだが大活躍のテレビの頭をポン、と撫でる。真土が休暇中でも規則正しい生活を続けられているのは、心臓を跳ね上げない優しい音色の目覚まし時計と、太陽を映し出すこのテレビのおかげである。

 洗顔と歯磨きを手早く済ませ、鏡に跳ねた水を拭きながら、真土はふと頭の隅に残った言葉を思い返す。……日用品の切らしかけ?

「そーいやトイレットペーパー、まだ残ってたっけ」

 整理整頓の行き届いた小さなクローゼットを開け定位置を見ると、袋の中にあるのは最後の一ロール。

「おっと、腹下す前に買っとかねぇと。これだから良いよなぁ、占い」

 真土は大衆向けの占いを信じる方ではないが、占いの言葉は日々の生活を見直すきっかけになることも多い。今のように役立てられることも多々あるため、そういった意味で真土は占いが好きだった。

 狭い室内は夜間も冷房が効果的に働き、寝巻代わりのTシャツと半ズボンはサラサラのままだ。これにジャージを羽織れば、近所のコンビニへ買い物に行くには十分だろう。それにしても――

「……今日の占い、オレに当て嵌まりすぎじゃね?」

 七月五日生まれの真土は(まが)(かた)なき『かに座』であるし、『夏季休暇中』の『男子』高校生だ。日用品の(くだり)は言わずもがな。そして何より気になるのが最後の項目である。

 真土は身支度の仕上げに、先祖代々伝わる黒い勾玉を首から下げた。風呂と就寝時以外は身に着けているこれは、『古い装身具(アクセサリー)』以外の何物でもない。

「運命的な出会い、かあ。ん~、彼女ができるとかなら、そりゃ嬉しいけど……」

 高校という場は、同世代の少ない山奥の村から出て来た真土にとって、初めて大きな出会いの可能性を感じさせる空間だった。

 しかし、その期待が続いたのは入学から僅か二週間。不細工とまでは言わないが、これといって自慢できるパーツのない平坦な顔のせいか、都会の生活に馴染みのない空気を醸しているせいか、とにかく自分が「モテない男」であるというのは早々に理解した。

 唯一武器にできそうな天然茶髪――国際結婚した親族はいないため、故郷では突然変異と言われている――も、染髪が禁止されていない校内では何の足しにもならなかった。

 以降、特に可もなく不可もないクラスの一員として平穏に過ごせはしたが、格別仲の良い相手はできないまま二年半。放課後や休日に同性の友人と遊ぶことすらもなく、その結果、慣れない都会でもお一人様行動が得意になったのは、真土なりの収穫ということにしてある。

(ま、俺の興味が偏ってるせいもあるんだろうけど)

 真土に気を使ったクラスメイトが勧めてくれた遊びや場所を繰り返し試したこともあったが、結局どれもしっくりこないまま、自然と疎遠になってしまったのだった。

 もちろん気の置けない友人との出会いも大歓迎なのだが、もし学校で見るカップルのように、趣味の合う彼女と出会い、一緒に出かけることができたなら。一人で興味のある場へ赴くたび、真土の頭の片隅をかすめる思いだ。

 真土の脳内で、踊るエンジェルの姿と共に淡い期待が膨らみかけたが、占いの言葉には気になる点が一つ。

「でも、白馬の王子だろ? 占いはどっかの女子宛て……ん? いや、条件は男子なんだよな」

 それってそういうことか? と、浮かんだ一つの答えに一人納得する。真土自身の恋愛対象は女子で決まりだが、恋愛や人のかたちは自由であるはずだ。

 それに、運命の出会いイコール恋人、とは限らないだろう。

「まあいいや、暇だし。試してみますか」

 信じる訳ではない。しかし行動を起こさない理由もない。どちらにせよトイレットペーパーは必須だ。

「財布……と、一応、生徒手帳もか」

 一緒に置いてあった二つをズボンのポケットに入れれば、外出準備は完了。

 すぐ帰って来てまた点けるつもりのテレビをリモコンで消し、履きなれた青とオレンジのスニーカーに足を突っ込む。

「行って来まーす……っと」

 誰が居るわけでもないが、部屋に向かって出がけの言葉を残し、真土は澄んだ朝の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。


     *


 もし真土がもう少し長くテレビを見続けていたら、状況は変わっていたのかもしれない。

 真土が家を出た丁度その頃、地元のテレビ各局は揃って、突如飛び込んだ大事件を速報で伝えていた。

『――番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします。先程「有里園(ありえん)歴史研究所」は、所有する施設から、研究中の四神が脱走したと発表しました。研究所によると「四神は本来人間を守る者であるため、ちょっかいを出さない限り人を襲うことはない」そうですが、「無理やり起こされた彼らは、今とても不機嫌な状態なので、野次馬根性で近づくのは危険であり、止めて頂きたい。可能な限り目を合わせないように」とのことです。有里園研究所は現在、四神再捕獲の準備を進めている模様です。騒動が落ち着くまでは皆さま、外出は控えて、部屋のカーテンも閉めて下さい』

 真剣な表情の女性アナウンサーが原稿から顔を上げ、『臨時ニュースをお伝えしました』と速報を締めくくった。


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