第9話 ここはフロントライン
石造りの武骨な広いフロアに長テーブルが規則正しく配置されている。
城砦内の食堂である。
座って食事をしている者たちの共通点はいずれもいずれも歴戦の兵である事だ。
昼食の時間帯からはやや外れた午後のひと時。
それでも席は4割程度埋まっている。
「……お前はどこからだっけ?」
食事をしながら訪ねる大柄な筋骨隆々の男。
金髪を短く刈り込んでおり左のこめかみに傷跡のある男だ。
問われたのは向かいで食べている引き締まった身体つきの褐色の肌の長髪の戦士だった。
「俺はハルシャールから来た。あっちは最近ケチな戦場ばっかで稼げん」
「ほお~。俺はニズベルムだ。北と南で正反対だな」
脂の滴る肉の塊を大口を開いてそこへ放り込み咀嚼しながら頷く傷跡の男。
「北は仕事場にゃ事欠かないんだが、俺はもう人間相手は疲れちまったよ。ここなら化け物どもを相手に稼げるからな」
「オマケに『世界の守護者』の称号付きだ。こんな世界の一大事にまだ隣と小競り合いやってる国があるんだから人間はバカだな」
2人の戦士が顔を見合わせて苦笑する。
やがて先に食べ終わった褐色の肌の戦士がトレイを手に立ち上がった。
「お先。今日は俺は6番穴だ」
「俺は4番だ。武運を祈ってる」
軽く手を上げて褐色の戦士は去っていく。
1から7までのナンバーを振られた大地の大穴。
……それは奈落の底から魔物を吐き出し続ける地獄の門であった。
──────────────────────────────
ロンダンの都は2年前に直下を震源とする大地震に見舞われた。
未だ復旧が終わらずに空き地になっている区画も多く見受けられる。
都を捨てた者も大勢いる。
だが、その後でやってきた者もいる。
後から訪れた者の大半は傭兵や戦士といった戦うことで己の生計を立てる者たちばかりであった。
そんな市街に一際大きく聳え立つ城砦がある。
地震の後に建造された城砦だ。
そこは国家の施設ではなく民間の傭兵団体『白鶯騎士団』の本部である。
団長はフェルザー・ミューラー。
前身組織はマフィア『漆黒の血盟団』だ。
国家を裏から牛耳っていた裏社会の大組織が今や異世界からの侵略者たちから世界を防衛する守護者に華麗な転身を果たしたというわけだ。
災禍の後でフェルザーはすぐさまマフィア的な活動を止め組織を傭兵団に再編した。
地下から現れる強力な魔物たちに対抗するため……そして戦いに参加する為に世界中から集まる戦士たちの受け皿とするためであった。
この国で魔物と戦う傭兵たちは全員一時的にこの白鶯騎士団に所属する団員となる。
そうでないと報酬が支払われないためだ。
危険な戦地ではあるが報酬が高額のため志願者は絶えることがない。
これら全てはフェルザーの独断で行われたことではない。
協力者たちとの合議の上で進めてきたことだ。
団長フェルザーは今、執務室で部下からの報告を受けている。
「……以上であります!」
戦果の報告を終えた部下が直立で敬礼する。
それを椅子に座って聞いていたフェルザー。
彼は多少痩せたが2年前とほとんど容姿は変わっていない。
「ご苦労だった。犠牲者は?」
「はっ、6名の戦死者が出ました」
報告の声のトーンがやや落ちる。
フェルザーはわずかな間瞑目した。
「……名簿を照会して遺族に手当てを」
「はっ!」
再度敬礼して部下は退出していった。
「あまり考えすぎるなよ?」
声を発したのは室内にいるもう1人の男。
騎士団の参謀格でありアドバイザーでもある男……ヴァイスハウプト・メイヤーである。
椅子に座り膝の上に白猫を乗せて髭先を指で整えているメイヤー。
「黙ったのは彼らの死を悼んだからではない」
そちらは見ずにフェルザーは答える。
「逆に何の感慨もわかない自分を虚しいと思ったからだ」
「本気でイカれてる奴は『悼むべきだ』という考えも出てこんよ。そう思えるだけお前はマシだ」
鼻を鳴らしたメイヤーが眺めているのは団の出納帳である。
書類から顔を上げ天井を見上げた鷲鼻の男は遠くを見るような目をした。
「……誰が泣いた所で死んだ奴が戻ってくるわけでもないわい」
「言い方はともかく……同意はする。私は生者としての責務を果たすだけだ」
マグカップのコーヒーを飲み干しフェルザーは自身の署名が必要な書類の束に向き合うのだった。
──────────────────────────────
フェルザーの執務室を退出したメイヤーを1人の女性が待っていた。
常日頃彼と行動を共にする事の多い金髪の秘書ではない、黒髪の別の女性であった。
全身黒に近い紺色で統一した動きやすそうな計装の戦装束。
片方の目に斜めに走った刀傷があるが視力は失っていない。
勝気そうなツリ目の女性だ。
腕利きの密偵であり暗殺者でもある彼女……その名をカエデという。
「クリスティンは見つかったのか?」
メイヤーを睨んで言うカエデ。
睨んでというか、そもそもカエデは目付きがあまりよろしくないので素の状態でもこんな感じではある。
元々が日の当たらない場所に生きる隠密であった彼女。
でもカエデはメイヤーの評価が微妙なのでやっぱり普段より何割増しか眼光は鋭い気もする。
剣呑な視線を向けられて渋い顔をするメイヤー。
「そうおっかない顔をするな。方々から情報は集めとる。我々にできるのはそのくらいだ。飛んでったのがこの世界とは別の場所というんじゃ探し回ったってどうもならん。戻ってきたらすぐ見つけられるように網は張っとる」
「本当だろうな? ちゃんとやれよ」
やれやれ、とメイヤーがため息をつく。
「真剣にやっとるわ。あの娘は我が社の大事な社員だぞ」
「勝手に社員にしてるし……。ああ、くそっ! こんな事になるなら強引に付いていくんだった。パパ様とママ様にだってもうごまかしきれないぞ」
カエデにとってクリスティンは共に死線を潜り抜けた戦友である。
そしてお互いに姉のようでも妹のようでもある近しい仲間だ。
彼女がこの世界から消失してしまうまでカエデはクリスティンの実家で彼女の両親と一緒に暮らしていた。
カエデは自分を従者だと思っているのだが、実際は家族同然に大切にしてもらっている。
そんなクリスティンの両親に対してカエデはまだ娘がどっか別の世界に飛んでってしまって戻ってきていませんとは言えずにいるのだった。
「リューも……あいつもどっかに行ってしまったし」
拳を握りしめてカエデが俯く。
クリストファー・緑はあの後地下から帰還しフェルザーやメイヤーに事情を説明した後で姿を消した。
その後の行方は杳として知れない。
「奴に関しては心配はいらんだろ。これでへこむような可愛げのある奴か」
「それはそうだけど……」
メイヤーの冷淡とも言える対応はある意味ではリューという男に対する信頼への裏返しでもあった。
だがカエデはメイヤー程は割り切って考えられない。
(あいつだって結構傷付いてると思うんだけどな……)
笑わない赤い髪の男を思い出すカエデ。
クリスティンを助けることができずに目の前で失った彼の気持ちを考えるとズキンと胸が痛む。
そして、クリスたちの事で胸を痛めている者は他にもいる。
白鶯本部に与えらた自室に戻ってきたカエデ。
静かに入室した彼女は窓辺に座っている同室の女性に気が付いた。
大人びた美女が物憂げな表情で窓の外を見ている。
窓からの午後の光に照らされ、それはまるで絵画のような一コマであった。
「……また泣いてたのか」
その一言にハンカチを手にしたその女性が鼻をすすりあげてジロッとカエデを睨んだ。
緩やかにウェーブのかかった赤紫色の長髪の切れ長の瞳の女性だ。
長身でスマートな身体を青い鎧で覆った女騎士。
彼女の名前はルクシオン。
故あって数百年の間封印されていた古の王国の姫である。
彼女もまたクリスティンと同じく竜の血を引く者だ。
「カエデは冷たいわね」
目尻に涙の玉を浮かべてルクシオンが低い声を出す。
やれやれ、というようにカエデが嘆息した。
「泣いてクリスティンが見つかるならいくらでも泣くけどな……」
床に脱ぎ散らかしてあるルクシオンの衣類を拾い集めるカエデ。
カエデもルクシオンもクリスティンの実家に居候していた。
普段からズボラなルクシオンの身の回りの細々した世話を焼くのがカエデの日常である。
……それはそれとして小言も言う。
「あいつが戻ってきた時、お前がずっとめそめそしてただけって聞いたらどう思うだろうな?」
あえて煽るように言うカエデにルクシオンはムッと頬を膨らませた。
乱暴に椅子を引いて竜の姫が立ち上がる。
「……戦ってくる」
「そうしろ。少しは気晴らしになるだろ」
壁に立てかけてあったルクシオンの刃槍を取るカエデ。
それを無言で受け取ってルクシオンは部屋を出て行った。
──────────────────────────────
屋上に繋がれている1匹の飛竜。
その背の鞍に跨ってルクシオンは愛騎の首筋を優しく撫でる。
それを合図に飛竜は青空に向けて咆哮を放った。
……キシャアアアアアッッッッ!!!!
戦場で魔物たちを相手に奮戦している戦士たちがその声に顔色を変えた。
「うおッ!! やべえぞ……!!」
「姫様のお出ましだ!」
一目散に逃走を始める戦士たち。
追撃を受けるのもお構いなしだ。
逃げる人間たちを追う魔物の群れ。
凄惨な追撃戦が始まる……そう思われたその時。
閃光が走る。
次いで大気を震わせる爆音。
魔物の集団の後方、数十匹が光に飲まれて崩れて弾けて消えていった。
後にはただしゅうしゅうと煙を上げているクレーター状に窪んだ大地が残るのみ。
戸惑うように魔物たちは右往左往している。
そこに炸裂する第二撃。
クレーターは2つになった。
そんな下界の狂騒を上空で飛竜に跨ったルクシオンが冷めた目で見ている。
無言で飛竜に括りつけてある筒から投擲用の槍を手に取った彼女。
本日3本目。
魔物の集まっている場所を目掛けて振りかぶり魔力を込めて投擲する。
3度目の爆発。
これで目立った集団はなくなった。
あとは散り散りになった各個を撃破すればいい……そしてそれはもう自分の役割ではない。
「この国も、世界も、全部どうでもいい……」
ぽつりと呟いたルクシオン。
「クリスティンだけいればいい」
虚無の響きのその言葉が吹き荒ぶ風に散らされていく。
「……ほぉ~? スゲースゲー、やるじゃねぇかよ~」
「!!!!!」
耳元で突然聞こえた女の声にルクシオンが空中で飛竜を旋回させた。
いつの間に背後に……それも吐息がかかるくらい至近距離にいたのか。
青い肌の女がそこに浮いていた。
銀色の髪はセミロングであちこちに鋭く跳ねており、その頭部には大きな角が一対生えている。
ボディスーツのような軽装のスリムな体躯の女だ。
背には蝙蝠に似た翼があり、爬虫類のような尾が生えている。
吊り上った黒い目に赤い瞳、不敵に笑う口元に顔立ちの整った女。
「……魔族」
あまり熱量のない声で言うルクシオン。
遭遇するのは初めてだがそういった存在は知識としては知っている。
ルクシオンは現代人よりかは魔族が跳梁跋扈していた時代に近い年代に生まれた女性だからだ。
「さっきから見物してたんだけどよぉ。なんか弱っちーのがわちゃわちゃ群れてるの見てもイマイチ燃えらんなくてさぁ」
おどけた様子で腕を組んで首を傾げ「困った」というようなジェスチャーをする魔族の女。
「身体動かすつもりで来たんだけどな。遊び相手にもならなそうな雑魚ばっかでグッタリしてたぜ。そこにお前が出てきたってワケ」
鋭く尖った犬歯を光らせて青い肌の女がニヤリと笑った。
「今日のオレ様はツイてるなぁ。お前をオレ様の遊び相手に指名してやるよ」
手の甲を下に向けて右手を差し出し招く仕草をする青い肌の女。
じわりと彼女から滲んで漏れた殺気が広い空を冷たく満たしていく。
「お断りするわ」
グレイブを手に身構えるルクシオン。
怒りも無く焦りも無く……。
恐るべき対敵を瞳に映しても彼女の表情は空虚なままだ。
「お遊戯の相手なら、地獄で探しなさい」
風を裂いて飛竜が魔族の女に襲い掛かる。
グレイブを振りかざして竜の姫が強襲する。
愉しげに笑ったままで女魔族はその一撃に無造作に手を伸ばす。
その瞬間、蒼天は白色の閃光に包まれた。
────────────────────────
ロンダン地下深く、異形の迷宮の果てにある大魔宮。
まるで呼吸するかのように不気味に脈打つ赤い構造物の空間。
床にも壁にも時折血管のようなラインが淡く明滅している。
建物の内部というよりかは臓器の内側のようだ。
その空間に青い肌の女が帰還してくる。
「お帰りなさいませ。メルドリュート様」
恭しく頭を下げたのはパロドミナスである。
そして顔を上げた彼は目を見開いた。
「メルドリュート様!? お怪我を……!!」
メルドリュートと呼ばれた女魔族の左腕は肘から先が弾け飛んだように無くなっていた。
そしてその他にも全身に無数の傷跡がある。
「ああコレかぁ? 攻撃受け止めたらぶっ飛んじまった。構いやしねぇよ、どうせすぐ元に戻る」
あっけらかんと言うメルドリュート。
その言葉の通りに傷口が蠢いて再生が始まっている。
「楽しかったな~。あんなのがいるんだったらオレ様も武器を持ってくんだった」
「いけません、いけませんなぁメルドリュート様。閣下は当面は大人しくしているようにと」
自分を諌めるパロドミナスにつまらない、というようにメルドリュートは首を傾けて斜め上を見る。
「はァ~ん? 少し遊んでくるくらいいいじゃねえかよ。ごちゃごちゃ抜かすんじゃねえ」
「……ならぬ」
その場に不意に響いた3人目の低い声。
魔宮の奥から響いてきたもの。
「お、おお……閣下!!」
慌ててパロドミナスが膝を屈して深く頭を下げる。
メルドリュートもつまらなそうに口を尖らせて片膝を地に突いた。
「あの御方をこの世界にお招きするまでは余計な横槍を入れさせるわけにはいかん。我らの崇高な使命を忘れるな、メルドリュート」
威圧感のある低い声だけがその場に響いている。
余計な横槍とは……魔族、ヴァルゼランとは対になる存在の事である。
闇に属する魔族たちと光に属する彼らとは不倶戴天の旧敵同士。
魔族が表立って動けば動くほど、その相手に気取られて介入されるリスクが上がる。
パロドミナスが数百年もの間、人に化けて人に混じって活動してきた理由もそこにあった。
「あの御方がおいでになれば、その時は最早光の者どもなど恐れるに足らず。お前も存分に力を振るうがいい。それまでは自重せよ」
「……はァ~い」
横を見たまま気のない返事をするメルドリュートであった。
────────────────────────
全身あちこちを負傷して戻ったルクシオン。
翻した白いマントは血で汚れてしまっている。
青い鎧の竜騎士に驚いて慌てて駆け寄ったカエデ。
「なんだお前……怪我してるじゃないか!」
「……そうね」
まるでたった今その事に気がついたかのようにルクシオンが自らの身体のあちこちを見る。
真紅の雫が一滴床に落ちた。
「途中で強いのが出てきたわ」
「強いって……」
掠れ声で言うカエデ。
それをお前が言うのか、と。
およそカエデの知る限りルクシオンほどの戦闘力を持つ者は他にいない。
強力な魔物数百匹の群れを5分もかけずに塵に変えてしまう女だ。
その彼女をここまで負傷させる相手とは……。
「別におかしな事でもないでしょう? ここは戦場なのだから」
「…………………」
ルクシオン自身は傷の痛みも気にしていないかのように平然としている。
カエデは複雑な表情で押し黙る。
「私よりもエクレールに無理をさせたわ。しばらくあの子を飛ばすのは無理」
ワイバーンの名を呼んだ時、その時だけはルクシオンの表情が僅かに陰った。
「はぁ、疲れた。お風呂に入ってご飯食べる」
言いながらルクシオンは無造作に身に着けていたものを脱ぎ捨てる。
床に落ちた篭手がガチャンと派手な音を立てた。
「……散らかすなよ」
ため息をつきつつカエデがそれを拾い集めるのだった。
────────────────────────
白鶯騎士団総司令部。
城砦内部のその一室でため息をつく男が1人。
ぼさぼさの髪に長い耳、無精ひげのエルフ。
考古学者のヒューゴ・ラングートである。
「オジさんがなんでこんなとこで部隊の指揮してなきゃいけねえんですかねえ」
長机に肘を突き、誰に言うともなしにボヤくヒューゴ。
フェルザーがそちらをチラリと一瞬横目で見る。
「指揮がイヤなら前線で戦ってきてくれても構わないが」
「イヤそれもおかしいでしょうよ。なんで二択なのよ」
げんなりした表情でヒューゴがフェルザーを見た。
小賢しく頭を働かせるならまだしも自分の力量で前線に出向けば数分で屍に化ける事になるだろう。
ヒューゴは自分でそれがよくわかっているのだ
「この世が魔族どもに制圧されればお前の好きな遺跡巡りもできなくなる。それが嫌なら今は働く事だ」
「それにしたって、軍事関係はずぶの素人だっつーのによ……」
愚痴が止まないエルフ。
ヒューゴは今、傭兵たちを1部隊任されその指揮官を務めている。
「構わんよ。実践が最大の師だ。実際ここまでお前の隊の者たちからの評判は悪くない」
「そりゃアンタ、必死にお勉強してますからね! あっちは命賭けてんだからよ! オジさんが『ゴメンよくわかってないんだわ』とか言い出したらこっちがブッ殺されちまうだろうが」
唾を飛ばしてがなるヒューゴ。
「それでいい。その調子で早くベテランの名軍師になってくれ」
「軽く言ってくれちゃってまぁ……」
恨みがましい目で団長を見るヒューゴであったが、その団長自身が慣れない軍勢の総指揮を執っているのだ。
余裕がないのは万事がそう。
滅亡は自分たちの立つこの大地の下に陣取っている。
「くそったれ、結局やるしかねえのかよ。お勉強お勉強っと……!」
そう言ってヒューゴは自らの脇に積み上げられた書籍の中から一冊とって読み始める。
それは軍略や部隊運営などの専門書の山だ。
一度読書に入れば彼の視線は高速で文字列の上を走り、記された内容を脳に吸収していく。
司令部には現在、他にも指揮官がいる。
男2人の先程からのやり取りをまるで無関係とばかりにスルーしている女性が1人。
褐色の肌にブロンドのその女性の名はキリエッタ。
メイヤーズカンパニー社長秘書としてやってきた彼女であるが、現在は白鶯騎士団の一部隊の指揮官である。
サソリの異名を持つ元腕利きの傭兵だ。
大きな騎士団で大部隊を率いていた経験もある。
現状、彼女の率いる部隊が騎士団内ではもっとも優秀な戦果を上げていた。
(クリスティンもそうだが、リューはどこにいっちまったんだい。ったく……。傷心で姿を消すような男じゃない事はわかってるけどさぁ)
腕組みをしているキリエッタは不機嫌だ。
彼女の頭の中は今、笑わない赤い髪の男の事で一杯なのだった。
(……今は話しかけないほうがよさそうだ)
敏感に察知して沈黙を貫くフェルザーであった。