婚約破棄された闇堕ち令嬢の独白
病み・鬱展開なので、苦手な方はご注意ください。
……シナリオを知っていたのに。
大好きな貴方の冷たい声を聞いて、自分が地面に立っているのか、宙に浮いているのか、不思議な感覚に陥ってしまう。
私は婚約破棄されるまで、これがゲームの世界だと、どこか軽く見ていたのだ。
元々、前世の私は、乙女ゲームが好きで、自分でも二次創作を描くくらい恋愛物語が好きな人間だった。
でも、私は耳年増で、恋愛の実体験は、ほぼ皆無だった。
大好きな原作を守り、原作の世界を味わいつつ、ついでに恋愛経験を積んで、視野を広げようなんて、馬鹿なこと考えなければよかったのだ。
……知らなかったの。こんなに貴方のことを好きになるなんて。
初めは、好きになろうとして、好きになったのに。
背も低くて、彼から貰う手紙も内容がイマイチで、気も使えない。
自己中心的で、無計画で浅はか。
エスコートもまともにできない男。
今でもどこが好きなのか、と聞かれてもわからない。
でも、好きなところを見つけようとして、貴方のことを、肯定的に見ていたの。
そして、気がつけば、寝ても覚めても貴方のことばかり考えるようになっていた。
今ではもう忘れたくても忘れられなくなってしまった。
毎日のように、憎悪や悲しみ、嫌悪など貴方に対する負の感情が私の心を苦しめる。
ただ、私は貴方に選んで欲しかった。
前世でも恋を冷めた目で見ていた私がこんなにも恋に溺れるとは知らなかったのよ。
そんな私を学園で、ずっと見守ってくれたのは義弟だった。
自棄になって原作でも幕が閉じたのだから、人生を終えていいだろうと結論づけた私を義弟と家族と友人が止めてくれた。
周りはこんなにも優しいのに……虚しい。
ふとした瞬間に、風の便りで貴方ことを知り、胸が苦しくなる。
かつての婚約者なのだ、もう私は過去の存在。
貴方にとって、私はもう、どうでも良い存在なのだろう。
ヒロインが来るまでは、あんなに仲が良かったのに。
もしかしたら、私と本当に結婚してくれるかも、なんて夢を見れたのに。
気がつけば、疑心暗鬼になり、溝ができ、アプローチしても拗れるばかりで、どうしようもできなくなってしまった。
私のことを面倒くさい、嫌い、関心がない、と貴方が言っているのも人伝に聞いた。
私の自己肯定感はとっくに消え失せてしまった。
貴方が憎い、貴方を奪ったヒロインが妬ましい。
こんなに努力をしたのに、なんで報われないの。
勉強だって、美容だって、運動だって、なんでもできることは頑張ったのに。
貴方にもたくさん尽くしたのに……!
こんな男に執着する必要はないと頭では分かっているのに心が全然ついていかない。
貴方のせいで、これまで築いた信頼も何もかも失ってしまったのよ。
感情もコントロールできなくなって、眠れなくなってしまった。
体重もガリガリになり、ドレスが似合わなくなってしまった。
そして、居場所もなくなってしまった。
貴方と行った場所や食べた物、音楽や劇、ふとした物で貴方のことを思い出す。
辛くて何もかも見ていられなかった。
だから、私は故郷を去ることを決意した。
それから、私は放心状態になり、身体が弱くなり、寝たきりになることが増えた。
すっかり、療養の身になってしまったのだ。
貴方が何も考えずに日々を笑って過ごしていることが悔しい。
でも、もう私は何もやる気が起こらない。
食べる気力もない。
もう生きる気力もない。
運動もやめてしまった。
美容もやめてしまった。
お風呂ですら、入ることが億劫だ。
今まで、ここまで頑張っていたのは、全て、貴方のそばに居たかったから。
いっそのこと、貴方を刺して殺してしまいたい。
そうすれば、貴方の瞳に私は映るかしら?
私がこんなに深く、泥のようになった想いを抱いていることを貴方は知らないでしょうね。
病んだ女、狂った女が理解し難い行動をするのだと誰かが言っていたけれど、その通りだと思う。
お医者様からもらった薬で、感情と睡眠をコントロールしている私は、目が覚めている時は闇魔術を勉強した。
とはいえ、昔のような集中力はなく、少しずつ貴方に呪いをかける準備をした。
昔は、徹夜して勉強することも苦ではなかったのにね。
でも、呪いだと私にも返るわよね。
そうね……これは裁きの鉄槌。
うら若き乙女をこんなにも痛めつけたのだもの。
相応の裁きは下されて然るべきでしょう?
ここまで私を引きずり下ろしたのだから……
義弟と友人は言う。
あんな男に振り回されるのなんてもったいないと。
私もそう思う。
でも私はもう止まらないの。
あの人の苦しむ顔が見たくて仕方がないの。
もう話すことすらできない私は遠い街から貴方に裁きの鉄槌を下すわ。
それがたとえ、私自身を縛ることになろうとも。
こんな私、誰も愛してくれない。
次に進むことなんてできない。
前を向くこともできない。
私を愛してくれる人なんていない。
誰か私を助けてよ、王子様……
どのくらい経ったか分からない。
ずっと部屋の中で篭りきりな私は、ついにアルと呼ばれる堕天使を召喚することができた。
「お前が生贄を捧げれば、お前の知りたい真実を教えよう。」
そして、恋に狂った私は元婚約者を殺して、私のことをどう思っていたのかを聞くことにしたのだ。
しかし、アルと話すうちに段々と心に整理がつき、真相を聞かずとも、彼の気持ちがないことが腹落ちしてしまった。
ヒロインに誑かされただけではない。
私に魅力がなかったのだ。
最初からわかってた。
馬鹿な願いだと。
認めたくなかったのだ。
あんなに決定的な出来事があったのに。
私の頑張りを否定したくなくて、あんなに最善を尽くしたのに、元婚約者が振り向かなかったことを、認めたくなかったのだ。
そして、ずっと部屋に引きこもり、孤独な私に話しかけるアルに私は性懲りも無く、惹かれていってしまった。
アルが放つ耳触りの良い言葉は全部嘘だと言うのに。
そう、アルは生贄を捧げない限り、真実を言うことはない。
だから、この私に好意があるような言葉は、全部、嘘。
私は、再度、別の堕天使を召喚した。
デウスと呼ばれる堕天使は、私を気に入ってくれた。
そして、私にあらゆる知恵を授けてくれた。
デウスには、アルに私を好きになってもらおうと協力をしてもらった。
しかし、アルは元婚約者への復讐心がなくなると同時に消えてしまった。
元婚約者の復讐心がアルへの淡い恋心になった瞬間、アルは消えてしまったのだ。
それはもう、あっさりと。
未練があるのは、また、私だけ。
二度も私は捨てられたのだ。
もう闇魔術を使うこともやめた。
何をしても、私はうまくいかないのだ。
……このまま、死期を待つのが良いだろう。
デウスは最期まで私に寄り添った。
引きこもり、部屋で何をしているか分からない娘。
まさか、闇魔術に手を染めていることなんて露ほど知らない家族は、私を哀れに思った。
時折、私に婚約話を持ってくるも、その婚約者は、私に会うことなく消えていく。
外に出る理由もない私は、部屋から一歩も出ることはなく、デウスと自室に引き篭もった。
もう私の側にいる者はいない。デウス以外は。
義弟も友人も家族も段々と私を腫物のように扱うようになった。
それでいい。
もう、私を放っておいてほしい。
希望を持たせないで、これ以上。
今日もまた私はデウスが淹れてくれた薬入りの甘いホットミルクを飲んで、デウスの膝で眠る。
私にはもうデウスしかいない。
私の願いは、ただひとつ。
デウス、私の命が尽きるまで、どうか、そばに……。
少女が薬によって眠りに落ちるのを確認すると、デウスは少女のベッドに少女を寝かせた。
「恋に溺れ、心を失った少女よ。お前に相応しくない男は、我が処分する。一生、我のそばでその悲しみに染まった心を癒すが良い……」
優しく少女の髪に触れるデウスは蕩けたような表情で少女を見つめ、甘く嗤うのだった。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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