真昼の幽霊
タイトルから先に思いついて書いたものです。
定番の恐怖とは少し違いますが、私にとってこれが一番怖いかも・・・という恐怖です。
それが初めて現れたのは、気温が35度を超える真夏の公園のベンチだった。
オレは2日徹夜したことが人事にバレて、早退させらた帰りだった。
普段は暑がりなのだが、さすがに二徹で自律神経が疲労したのか、電車の冷房が妙に冷えて体の節々がだるくなった。そこで家に帰る前に近所の公園で少し休んでいたのだ。
皮膚に纏わりつくような暑さが、むしろサウナのようで心地良い。
ただ、そう思うのはオレだけだったようで、昼時だというのに公園は誰もいなかった。
眼を閉じるとやはり瞼が暖かくて心地よい。
しかし、何かの気配を感じて目を開けると、目の前に小学生ぐらいの子供がいた。
どこか見覚えのある子供だった。
ウチの息子に似てなくもないか。
でもさすがに自分の息子は間違えない。別人だ。
その子はずっとオレを見ていた。
「オジサンに何か用かな?」
ここまで見つめられると、目をそらすわけにもいかず、聞いてみた。
「あっ、ボクが見える?」
少年は言った。
「見えるって、幽霊みたいなこと言うね」
「うん、似たようなもんだよ。やっと見てもらうことに成功した!」
何の冗談なのか?学校で流行っている遊びなのか?オレが白昼夢を見てるのか?そんなことを考えてると少年は言った。
「ボクは人間じゃないよ。そして夢でもない。オジサンにしか見えないんだ」
「ほう。で、どうするんだ?おじさんに取り憑いて呪い殺すの?」
もちろん冗談で言った。
「そうみたい」
少年は真顔で答えた。
「でも、今日オジサンは頭がボーっとしてるみたいだから、また来るよ」
「どういうことだ?」
オレは腕を組んで、眉間にシワを寄せて目を閉じて考えた。
目を開けると少年はいなかった。
その日の夜、オレは発熱で寝込んだ。
次にそれが表れたのは、3日徹夜したことが人事にバレて早退させられた日だった。
「もう、そんな時代じゃないんです。コンプライアンス守ってください」
人事は言う。それはオレじゃなくて納期を設定した人に言ってくれと思う。
そして、そうでもして目標達成しないと給料が上がらない仕掛けを作ったのは、アンタたちでしょと言ってやりたかった。
もちろん、言いはしなかったが。
その日もなんとなくベンチに座り、冷たい缶コーヒーを飲んでいた。
コーヒーを飲んで15分程度仮眠すると目覚める頃にカフェインが効いてきてスッキリするらしい。
ここで少し休んで帰ってから、ノートPCでいくつか仕事をこなす予定だった。
ベンチで少し仮眠して目を開けると、中学生ぐらいの少年がいた。
少年は、ずっとオレを見ていた。
「この間の少年かな?」
「よく分かりましたね」
「さすがに分かるよ」
少年は、中学生の頃の私の外見をしていた。もうすっかり今の面影がある。
前回は気が付かなかったが、小学生の頃のオレの姿だったのだ。
「幽霊がなんでオレの姿をしてるんだ?」
「その方が人間じゃないって分かりやすいでしょ?」
「血まみれになったり、牙生やしたりする手もあるじゃん」
「そんな趣味はありません。怖がらせても意味ないし」
「だって俺に取り憑いて殺すんだろ?」
「はい。そういう役目のようです。でも怖がらせる必要はありません。時期が来たら、ただ、あなたを殺します」
少年は淡々と言った。
「じゃあ、まだ時期じゃないのか?それは誰が決めるんだ?」
「ボクにも分かりません」
「じゃあ、なんで出て来るんだ?」
「顔合わせと、進捗確認みたいなもんです」
「営業みたいだな」
オレは苦笑した。
そこからどうやって少年と別れたか、実はあまり覚えていない。
確かなのは、このあたりからオレは、日に日にやつれていったようだ。
3度目は、職場で貧血で倒れて早退させられた時だ。
別に徹夜をしたわけでも、そんなに根を詰めていたわけでもない。最近こういうことはよくあるので、少し休めば仕事は出来ると思う。だが、周りがうるさいから帰った。
なんとなく、予感がして公園のベンチに座った。
「いるんだろ?」
オレは声に出して呼びかけた。
「よくご存じで」
男は姿を現した。
数年前の私の姿と言えばいいだろうか?今とあまり変わりはないが、まだ生気はある姿だった。
「これはお前の仕業なのか?」
オレは今日の、そして最近顕著に感じる体調不良のことを言った。男にはそれで伝わるだろう。
「そうですね」
男はあっさり言った。
「時期が来たのか?」
「近いですね」
「今更だが、やめては貰えないのか?」
「私とて、本意ではありません。でも私が存在している限り無理です」
「お前を倒せば助かるの?」
「そうですね。でも、残念ながら、あなたには倒せないようです」
「だろうな」
幽霊には勝てる気がしない、というか、戦う手段すら分からない。幽霊というより、死神なのでは?とふと考えた。
「例えばだけどさ」
「なんでしょう?」
「お前がオレを離れて他の人に取り付いたら、オレは助かるの?」
男は少し考えてから言った。
「だとしたら、誰に取り付きますか?」
「どこかの凶悪犯とか、明日が寿命の人とか」
「それはズルいですね。死というのは、そんなに軽くありません。そうですね。あなたの家族になら取り付けると言ったらどうします?」
家族か。。。
論外だ。
子供達、妻、ヤツらを失ってまで生きる目的が無い。
そして、自分の思いだけでは済まない。この中の誰を失っても、残された者の悲痛をとても見ていられる自信が無い。
ましてや、その悲痛の原因をオレが決めるなんて出来るわけがない。
ならば、オレが死んだら、家族は悲しむかなぁ?
家族仲は悪くはない。嫌われてはいないと思う。かつては楽しい時間もたくさんあったので、少しは悲しんでくれるのではないか?
ただ、ここ数年は仕事で家を空けることが多く、嫌われないまでも好かれている自信は無い。やっぱり失って悲しみの総量が一番少ないのは自分なんだろうなと思う。
「無理だな。やっぱオレが死ぬしかないな」
生活は・・・生命保険と妻の実家を頼ればなんとかなるだろう。
長男は勉強の方は心配がない。ただ、運動が苦手なので、かけっこ、逆上がり、跳び箱、色々苦手なものが出来るたびに一緒に練習した。これから新たに苦手なものが出来たら、自分で乗り越えられるだろうか?
次男は逆に運動は得意だが、勉強ではよく躓く。妻の言うことを聞いて勉強するだろうか?妻はオレに比べ優しいから、子供も甘えてしまう。
妻は、良い人がいたら再婚してほしいな。でも、してくれるかな。あんまりコミニュケーション力高くないし。
コミニュケーションと言えば、アイツ、PTA行事とか苦手なんだよな。オレがいなくなったら、ちゃんと出来るだろうか?いや、ちゃんとやらなくてもいい。うまく自分がつぶれない程度に逃げられるだろうか・・・
オレは、ぎゅっと目を閉じ下を向いた。
顔が熱い。
目を開くと涙と鼻水が伝い落ちた。
「死にたくないな・・・」
男はいつの間にか私の隣に座っていた。
「ですよね」
いつも淡々としている男の言葉に、初めて少し、熱が感じられた。
男は続けた。
「私とて、本意ではありません。あなたのことは嫌いではないですから、というか、私はあなたでもあるのです」
「???」
何を言っているのかよく分からない。男はかまわず続けた。
「だから、あなたが死ねば私も消えます。わたし自身はあなたに負けてもかまわないと思っています」
「?!」
「でも、今のあなたでは私に勝てません」
「どうしたらいい?」
ここで男は私をじっと見て言った。
「仕事をやめる覚悟はありますか?」
ここでオレは理解した。こいつの正体を。
だから答えた。
「ああ。元々家族の為にやってる仕事だ」
男は満足そうに微笑んだ。
そして言った。
「病院に言って精密検査をしてもらってください。私はあなたの体内の病巣です」
「やっぱり。随分成長するまで放置してたんだな。もうオッサンじゃん」
私は男の姿を見て言った。
「はい。これ以上成長した姿で現れたくなりませんので、あしからず」
男は消えた。
医者からは「なんでここまで放置したんだ」と漫画のような説教をされた。
妻からその3倍説教された。
子供たちが気丈に振舞っているのが、もうダメで隠れて泣いた。
「ウチのことは大丈夫だから、パパはゆっくり休んで」
だと。。。
数か月の入院にはなったが、幸い、仕事は首にはならなかった。
今は弊社もコンプライアンス順守で、こんなことでは首を切られることはないらしい。
復職してからも時々オレは、仕事帰りに例のベンチに座ってみるようになった。
今の所まだ男は私の前に現れてはいない。