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舎人皇子は自分の生き筋を発見したように覚えた。墓標(御陵の説明書き)を探る事だ王家の歴史を探ればこの国のはじまりも分かるかも知れん

 自分が、その身の内に在るのは、その事を探りだす責務が在るのではないか、と

 舎人皇子は、馬子の墓を見据えながら、自分の生き筋を掴んだような気がした。

 そうだ、大津皇子がおっしゃっていた氏上うじがみ達に話を聞くのだ。

 勅を賜って作業している川嶋皇子様達とは、同じに出来ない。

 墓標を巡るのだ

その御陵みささぎを守る氏子うじこに、吾は話を聞こう。


 それからは、舎人が、あちこちに点在する御陵を尋ね歩く姿が、目につくように為った。

 帳内達からの報告に聞き及んで、他の皇子、王族達は

「変わった皇子じゃ」

と、自分達の今の心境を押し図って欲しい、と言わんばかりに、自由に飛び回る皇子を羨んだ。

 翌年の庚寅(こうえん、

六九0)春一月。皇后が即位した(持統天皇)

 称制から数えて政務は四年目に入った。

 時を同じくして、唐国(

中国)では、高宗の皇后【武后】が即位して、【唐】を改め国号を【周】とした。〈則天武后〉


 帝は、二月に吉野宮に行幸し、四月には先帝(天武)からの祭奉を継続する

。広瀬大忌神(ひろせのおおいみのかみ、清浄な水の神)と竜田風神〈悪しき風

荒き水の神、その無害を祈る〉を祭った。

 高市皇子を太政大臣、丹比島真人たじひのしままひとを右大臣とした。又

、先帝から探索していた新宮の敷地を藤原の地とした。


「何じゃと、舎人皇子が古の王の御陵を探し歩いて居ると!」

 大安殿で政務の打ち合わせが終わった後、別室にて史とその良し悪しを談じていた時、何気なく皇子達の動きに差しかかった。

「史、それは何故の魂胆があってのことじゃ」

「いえ、存じませぬ。我もただ小耳に挟んだだけで。

ただ、皇子様のいつもの戯れごと(じゃれごと)‥、と」

「うぬう‥、広瀬王を此れえ。いや、妾が大安殿へ行く故、広瀬王も呼び寄せるのじゃ。そなたも参れ」

 広瀬王は、急に一人呼び出されて内心穏やかではない。使いの者の後を急いで大安殿に向かった。

 何の詮議にてのお呼びだしだろう。

「ははあ、広瀬にて御座ります」

 御簾はピクリとも動かない。広瀬王の横には、中臣史が広瀬王の参内に頭を下げて、控えている。

広瀬王ひろせのおおきみよ。そちは先帝の辛己

(しんし、六八一)の年に

、帝紀及び上古の諸事を記定きじょうするよう命を受けておったのう」

「ははあ‥あれから十年(

ととせ)に成ります

「して、如何にしておる。健すこ)やかに進んでおるのか」

「はあ‥、中臣大島、平群子首へぐりのおびとが官の者を仕して記定して居ります」

「妾にその一部でも良いから、今見せては呉れぬか」

「ははあ‥」

 史は、安殿の廊下に控える広瀬王の従者を呼び、朝堂で勤める官の者に記定した一部を持って来るよう指示した。

「のう広瀬王よ。そちは、舎人皇子がいにしえの王達の御陵に、あちこち立ち寄って居るのを存じて居るか‥?」

「ははあ‥耳にして居ります」

「皇子は何を探って居るのじゃ」

「はあ、吾が知るところでは、舎人皇子様が探索して居られるのは、古に王位に就かれた帝の墓標の場所を知りたい理由ゆえんと察して居ります」

「如何なる理由じゃ」

「はあ、墓標が立つのは、諸々の古からの帝の生地(

生まれた所)又は謂れのある地にて、どこの氏族の出か図れるで有ろう、と皇子様が考えての探索かと存じます」

「ふうむ‥成る程のう。それで、舎人皇子はそれをどうしょうと言うのじゃ」

「いや、申し訳御座りませぬ。吾も存じかねます」

 従者が、記定書の一部を持って史に渡した。御簾を少し開けて、釆女が出て来て史から受け取り、又中に入った。

 暫く、記定書を帝は読んでいた。

「広瀬王、何じゃこれは」

「ははあ!」

 広瀬王は、帝の口調が変わったので、ピクリとした

 釆女が史に渡し、史は記定書を広瀬王に丁重に渡した。

「少しばかりじゃが、この記定書を読んだ限りでは、氏上達の都合のよい氏族の成り立ちを、そのまま書き写したようにしか見受けられぬわ。又、此れを漢文にして記してあるが、妾は多少心得があるから分かつたが、女子めのこでも、

察せれるようには出来ぬか

と。

「ははあ‥帝の御隋意に作れますよう、以後、皆に図ります故」

と、記定書を小脇に抱え、ほっとした表情で退座した

 御簾があがり、帝は史に

「史‥少し話がある」

と、別室へ来るよう促した

「史‥どうじや‥、」

 別室に着くなり、深層(

しんそう)成る口調での問いを発した。

「舎人皇子様の事で御座いますか、記定書の事で?」

二事ふたごともじゃ」

 暫く史は、広瀬王と帝との遣り取りを思い浮かべているのか、黙した。

 帝はじっと待っている。

この男子おのこはただでは済まぬ男子じゃ。何らかの考えを思い付こうぞ。と期待している。

「帝、まず舎人皇子様の考えている実のところは計り兼ねますが、先手を打っては如何と」

「と申すと‥?」

「氏上様達に、祖先の墓誌

を朝廷に差し出すよう勅を発するのです。舎人皇子様は、ただ、直近の草壁皇子や大津皇子がコウズル(死する)のを見て、ご自分の成り立ちを探しあぐねていると考えます」

「そなたの言って居る事が良く解らぬが‥、」

「いや、何も他意はないと存じます。まだ十六歳の若者が、血気にはやってのささやかながらの抵抗と、我は考える次第です」

 帝(鵜野讃了皇女うののさららひめみこ)は

 さすが妾が見越した男だけの事はあるわ。己が十五歳の時は、六人の従者を引き連れて、どのような手立てを施したのか妾にはわからむが、よう先帝(天智)を〈言-朱(ちゆう、殺す

)〉したものよ。妾はそう確信して居る。それだけに、若者の気概が分かると言うのか。

「して、氏上達に墓誌を差し出せと言うのは?」

「ははあ‥我は度々(たびたび)記定寮に行き、凡その事は聞き及んでいますれば、まだ帝紀の在り方、方向性ゆくえを考えあぐねている状態だと察しています。

さすれば、まず各氏族の過去ゆくえを尋ねれば、何れ(いずれ)を取り入れ

、何れを省くかは、朝廷の意のままで御座います。氏族も今さら省いたり、付け足したりは出来ますまいと存じます」

 帝は感心したように頷いていた。

「あい分かつた。早速、勅を発っしようぞ」

「帝、其だけでは、事はおさまりませね」

「まだ何か有るのか?」

 史は、次の言葉を探しかねている。

「史、まだ其だけでは事は納まり兼ねる、とはどういう事じゃ」

 ようやく決心したように

「帝紀、上古の作成に携わって居る方々です」

「何‥、皇子や王達のことか?川嶋皇子、忍壁おさかべ皇子と先程の広瀬王、竹田王、三野王だが。

あの者達では無理と言うことか‥!」

「いえ、方々と申し上げましたが、お一人長おさの川嶋皇子様の事で御座います」

「川嶋皇子!川嶋がどうしたのじゃ」

「舎人皇子様の事でも、ご報告は有りませぬし、帝紀、上古の事についても、広瀬王様に任せきりのように見受けられます」

「川嶋皇子のう‥、そう言えばあの皇子は、大津の時にも下手な隠し事しよって

、告発の張本人に祭り上げられよったわ。昨年の紀伊の行幸の時は、有馬皇子の事で、国司にいろいろ尋ねたりで、近頃は【気】がせて居るように見えるわ」

 帝は考えあぐねて、沈黙し出した。

[もう、面倒な事で、皇子、王達を渦中に入れたく無い。

先手を打つのは、相手の芽がある時じゃ。気の無い川嶋に追い討ちなど‥‥、]

 迷う讃良に

「帝、まだ【軽の皇子様 】が居られますぞ」

と、史がげきを入れた。

 讃良は、はっとした。そうだ、まだ妾の務めは先が長い。何としてでも軽皇子が生い茂る(おいしげる)まで鬼に成らねば。気弱に成りそうな自分を叱咤した。

「相い分かった。史、善きにせい」

「はははぁ‥、」


 翌、八月辛亥(しんがい、十三日)に十八氏に対し、各祖先の墓誌を上進させる勅を発した。

 大三輪おおみわ雀部さざきべ・石上(いそのかみ、物部もののべ)

・藤原(中臣なかとみ)・

石川(いしかわ、蘇我)・

巨勢こせ膳部かしわで春日かすが

上毛野かみつけの・大

おおとも紀伊きい平群へぐり・(

羽田はた・阿倍(あへ

)・佐伯さえき・釆女

(うねめ)・穂積(ほずみ

)・阿曇あずみの十八

氏だ。各氏族とも、神代(

かみよ)の時代から今日まで、豪族として、天下を執ったり、重臣でもその時折には王族より勢力のあった氏族ばかりだ。

又、十八氏の中でも七氏(

大三輪・石上・膳部・上毛野・大伴・紀伊・阿倍)については独自の伝承も添えるよう加味した。

 そして、川嶋皇子の解任も同時に行い忍壁おさかべ皇子を主座に据えた。


 九月丁丑(ていちゆう、

九日)。先帝(天武)が身罷った五年後の同じ月日に

、川嶋皇子が身罷った。

 皇子、王達の戦慄は如何ばかりや。周の武后と並び称されるほどの天帝に成るらんか。

 きわめは翌年の三月をもってする。

中納言三輪高市麻呂の諫言

(かんげん)を無視し、伊勢、志摩に行幸した。

【農作の時節に、天皇は行幸なさっては成りません】

と申し上げたにも関わらず

強行した。

 高市麻呂は、自ら職を退いた。

 帝は、止むに止まれぬ事情があったろうに。その内訳を高市麻呂には明かさなかった。


 舎人皇子は、新宮(藤原宮)の地鎮祭には陰陽寮の者に案内されて参列した。

〈まだ二十歳に為って居ないので、正式な行事には出られ無い〉

 何と広大な‥とその敷地の広さに圧倒させられた。

しかし、川嶋皇子の死を聞くに及んで、益々帝(持統)の圧制ぶりには、憎しみの方か大に成る。


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