狗奴国王ヒムココは嫁のオオゲツの弔い合戦を連合国に仕掛けようと大軍を熱田に向かわせた
熱田(名古屋市)の連合国のアメノホアカリの館に
、大勢の民達が押し掛けて来た。
もう三ヶ月もすれば田植えの時期に入ろうとして居る。
「何事だ‥!」
ホアカリは、周りに居る家人達に事情を確かめるよう指示した。
寸刻もせぬうち、一人の家人が、駆け込んで来た。
「大変です‥!」連合国はこの熱田から出て行け‥、と騒いでいます‥!!」
「何を言っているのだ‥!よく事情を聞いてみろ‥
!!」
「はい、オオゲツ様が連合国に殺された‥、連合国の言い分は信用ならん‥と」
「オオゲツ‥?あの狗奴国の〈ヒムココ王〉の嫁のオオゲツのことか‥!あれはもう一年ほど前の事件では無いか‥、何故今頃に為って‥?」
「いえ、その期間に狗奴国は、再び連合国と争う準備をしていたとか‥、」
「どう言う事じゃ‥、よく意味が分からん」
「はい、もう狗奴国から二千人の民兵が、駿府(浜松)を出発してこの熱田に向かっているそうです‥」
「なにい~~何故早くそれを言わんか。すぐ、民兵達を集めよ‥!そして、ヤマトのイワレヒコ大王とニギハヤヒ様に、事の次第を報告させに行かせるのじゃ
‥、早くせい!!それと、今騒いでいる民達に、我が
〈ミケヌ王〉に相談に行く故、皆それぞれ家に戻っていて欲しいと伝えよ!」
ホアカリは、泡を食ったように目を白黒させ、次々に号令した。
女房が殺されたのに、ヒムココがこの一年音沙汰が無いのはおかしいとは思っていたが、やはり連合国に対して、憎しみを抱いて居たのがはっきりした。さて‥どうしたものだろう
‥、」
ヒムココが攻めて来たら
‥、いやもうそんな悠長な事は言ってはおれん。この国の王とも相談して戦う準備をせねば為らん。
ホアカリは、数人の家人を連れて、ナゴヤ(なごや)に住む年老いた〈ミケヌ王〉の元に走った。
「いや、ホアカリ殿!飛騨の高山(岐阜県)からも一千人ほどの民兵が押し寄せて来るとの報せが今しがた入って来て居るぞ!!」
ミケヌ王も、予断を許さぬ状況に顔を赤らめて、事態の収拾に為す術もなく途方に呉れている状態だった。
「ええ~~!すると列島の中央高原(岐阜、長野、群馬県)の民兵達を総動員して
、この熱田を占拠しようと言う腹ですな」
「全く、三十五年前の事態と似ておるが、今回は以前とは全然状況が違うのだ。あの頃は、〈ヒルコ(ヒムココの父)〉殿が、ヒミコ女王と話し合う為のお膳立ての積もりでこの熱田に集結して、連合国の強引な誘い(連合国への参入)に待ったをかける手段であつたが、息子の〈ヒムココ〉が倭人達を追い出してしまったので、ヒミコ女王との話し合いが出来ずに反乱者として扱われてしまったのだ。しかし、今回はそんな温和なキッカケで行動を起こして居るのでは無いのだ」
「オオゲツ様の仇討ちですな‥!?」
ホアカリも、当然ヒムココの心情を察して語尾が震えあがる。
「いや、今回は其れだけでは無さそうだ」
「と言いますと‥?」
「連合国と決別する為に
【ヤマト】を攻める腹かも知れん」
「何と‥!ミケヌ王、そんなに大それたことをヒムココが考えているとおっしゃるのですか‥!!」
ホアカリは、想像もつかぬミケヌ王の言葉に大声で反発した。
「いや分からんが、最近、輪島(能登半島)の〈オホイリキ王〉や伊勢の〈トヨミケヌ王(サルタビコとアメノウズメの息子)〉から
〈文〉が届いたのだが、その〈文〉によると、昔は父上のヒルコ様との縁で、僅かながらも無償で援助して居たのが、一転近年に為って狗奴国のヒムココ王から再三、特産物の交換とかの話があって取引し、懇意にして居たのだが、どうも様子がおかしいと思っていたら、一年ほど前から、〈ヤマト〉へ抗議せねば為らぬ事情が起きたので、その時に成れば、少々の民兵をお借りしたいと言って来た。その時は、〈スサ王とオオゲツ様との一件〉で、さぞ怒りに燃えて居るのだろうと同情していたが、いざ民兵の派遣の依頼が来た時、
【越〈こし〉(福井、石川、富山、新潟)】や【
三内円山】、【関東一円(埼玉、茨城、千葉、神奈川県他)】の全ての国々に声を掛けいたのが分かったらしい。その数は、七千にも八千にも膨れ上がり、第一陣から第六陣まで配備して居ると聞いてびっくりした‥、と。その様にオホイリキ王が〈文〉にしたためており、トヨミケヌ王も同じような事を伊勢湾一帯に声を掛け、民兵を依頼して居る事が分かったらしいのだ」
「それは誠ですか、ミケヌ王‥!?」
「どうです‥ただの抗議だけの人数とは思われんだろう‥、」
「我らが兵士や民兵をかき集めても、一千人にも満たりません。ましてや、殆どの民兵は田植えが迫って居るため、あと一週間以内と為ると、四~五百人ぐらいの戦力しか段取り出来ませぬ‥、ミケヌ王!?」
ホアカリは、悲痛な思いでミケヌ王に訴えた。
東国に対しての玄関口である熱田の重要性を考えると、慌てふためいて退散する訳には行かず、連合国の一員である〈越の国々〉や
〈伊勢湾近辺の国々〉に、
改めて援助を求める事は不可能に為って居るのだ。
「ホアカリ殿‥どうだろう
‥、ヒムココ王と話し合って、解決策を考えて見たらどうかな‥狗奴国の依頼で
、この熱田に集結すると言うのだから、必ずヒムココも来る筈だ。それと、最近の連合国の動向は、以前のヒミコ女王の統括時と違って、どうも指示系統が一括して居るとは思われん。どうですかなホアカリ殿‥、
その辺りも考慮してヒムココ殿と話し合われたら‥」
ミケヌ王は、列島の分割も止むを得ない‥と考えているのかも知れない。
ホアカリは、ふとミケヌ王の言葉の端々にその様に受け取られる節を感じた。
「心得て事に当たることに致します」
と述べミケヌ王と別れた。
館に戻り、ニギハヤヒに
〈密書〉を送った。
「何ですって‥、ホアカリ殿が狗奴国に寝返ったですと‥!?」
ヒミコは、イワレヒコの報告に驚きの声を挙げたが
、以前から懸念していた事が現実と成ったので、こちらの動きの方の処理に手を打った。
「磐余(いわれ、桜井市)に居るニギハヤヒ殿を早急に呼び戻して下され。それと、イッセイに告げて〈河内〉の国々に配属して居るニギハヤヒ一族の面々も、ヤマトへ戻るよう手配して下され」
「女王‥!やはりニギハヤヒ殿が動く気配だとお考えで‥?」
「そうです。もう既に動き、ホアカリ殿に指示を出した
‥と思うのです。ですから、ニギハヤヒ殿にヒムココの動勢を聞き出して、どう対処するか考えねば為りません」
「分かりました‥早急に手配致します!」
きりっと口許をを引き締め、厳しい表情でイワレヒコは答え、謁見の間から立ち去った。
ヒミコは、イワレヒコが去った後も何やら考え込んでいたが、急にすくっと立って、奥の控えの間に向かおうとして踵を返したとたん、よろよろっとよろけてばったり倒れた。
「女王様‥!?」
「女王様‥!?」
二人の付き添いの娘達がびっくりして、ヒミコの肩を指すつて呼び掛けた。
ミマキビメとミマキイリヒコは、頭を下げて女王の退出を待っていたが、御簾越しにその気配を感じ、咄嗟の出来事に何故ヒミコがうつ伏せに倒れているのか分からなかった。
「ミマキビメ‥!」
イリヒコが急かせた。
元より、自分の責務であることは重々承知のミマキビメであったが‥、こんな事は初めての事だったので少々たじろいだのだ。
御簾を上げ、ヒミコに近付き
「どうしたのですか‥!」
と二人の付き添いに声を掛け、女王から離れるよう目配せした。
ミマキビメは、ヒミコを覗き込むようにして両肩を揺すった。
ヒミコは、ちょっと顔を動かしたが目を開けないので、手加減しながら、頬っぺをピシャッと叩いた。
びっくりしたような顔をしてヒミコは目を開け
「どうしたのミマキビメ‥
!?」
どうして目の前にミマキビメが居るのか、不思議そうに尋ねた。
「女王様‥先ほど目眩を起こされて、お倒れに為った様ですわ‥、何か思い出されませんか‥?
」
「少し起こして‥ミマキビメ」
正座に為って、ヒミコはぐるりと回りを見て
「何時もの所に私は居るのね‥?」
何か安堵した顔で言うので、ミマキビメはヒミコが一瞬の内に死中をさ迷って居たのではないかと案じた。
「女王様‥何もお変わり御座いませんわ。最近、いろんな事が起こって気疲れが重なりましたので、少々目眩を起こされただけですから‥、」
「そぅ~~お‥、」
ヒミコはゆっくり答えながら、又、何か考えている様子だった。
「ミマキビメ殿‥三輪山に居る〈モモソビメ〉とヤマトの神籬を守って居る〈ヤマトビメ〉を呼んで下さらない‥、」
「ええ~~!」
とびっくりしたが
「はい承知致しました」
と何も聞かずに返答した。
そしてヒミコは、御簾の向こうに頭を下げて座って居るミマキイリヒコに
「イリヒコ殿‥住吉に居る〈ホホデミ〉様を此方にお越し願いたいのと、〈ワタツミ〉様のお子〈ナカツワタ〉殿に〈イ加-弥(カヤ、朝鮮)〉に居る〈ナンシヨウメ〉殿に〈文〉を持って行って欲しいと頼んで来て呉れませぬか‥〈文〉はいまから私が拵えますので、半時(一時間)ほど此処で待って下され」
「ははぁ~~心得ました!」
イリヒコは頭を下げて返事した。
急に何か重大な事を思い着かれて、行動を起こす段取りを始めたのか‥、と。
イリヒコとミマキビメは、緊張した面持ちで、ヒミコが控えの間に移ったあと、一旦、二人して謁見の間を後にした。
ナンシヨウメは、オキツヒコとソホリノを連れて、帯方郡に居る太守〈王キ〉に会いに、イ加-弥郡を出発していた。
太守〈王キ〉は、魏の大傅(たいはく、元老)司馬懿の命で、倭国の難事に援護する旨を告げられた軍略家であった。
ナンシヨウメは、昨年ヒミコ女王から〈狗奴国〉のヒムココがヤマトへ攻め込んで来そうなので、中華の援軍を要請する旨の〈文〉を受けとっていた。
その半年後のソホリノとオオツヒコの戦況報告を持って王キに早急に中華軍の発動を依頼せねば為らない。
ナンシヨウメは一昨年、司馬懿大傅から、倭国に難事が有れば何時でも援護する旨の〈黄幡(こうどう、黄色の旗)〉を賜っていた。
それは、中華の〈呉国王孫権〉が、公孫氏の援護に向かった時、ことごとく倭国に封じられ、公孫氏が魏に滅ぼされた恨みを、いづれは倭国に報復して来るだろという懸念の保証だったのである。
ところが思わぬ内紛が起こり、魏国としては倭国内での処理を望むところであったが、にも関わらず、魏は女王国に対して援護を引き受けたのだ。
ナンシヨウメは〈王キ〉に、倭国内の略図で女王国に対する狗奴国の陣営配置を示した。
「ほほぅ‥何ですか‥!これでは、女王の居られる〈邪馬台国〉は
、敵陣に取り囲まれているでは在りませんか‥、ナンシヨウメ殿‥!!」
〈王キ〉は、連合国の配備と敵陣の配備を見て、まさかそこまで女王国が追い込まれて居るとは思って居なかったので、苦渋の色を隠せずびっくりした声で叫んだ。
東国の越、熱田、伊勢、熊野、四国の阿波、讃岐(香川)と石見(島根)、筑紫の佐伯(大分)、八代(熊野)と散在しているが、肝心の〈邪馬台国〉へ東から南から攻められれば、飛んでも無い事態が起こることは明白であった。
「確かに太守のおっしゃる敵の配備ですが、実のところ殆どの国が連合国の一員であり、積極的に邪馬台国を攻めようとは思って居ない筈です」
「と言いますと‥?」
「ただ狗奴国の本拠は熱田以東、以北の国々を動かすと十万ほどの民兵が馳せ参じる恐れが有ります。それを食い止める策が無いかと‥、」
オキツヒコとソホリノの報告では、各地で小競り合いが起こっており、いつヒムココが東国の国々に民兵の依頼を号令するか、解らないということであった。
「その連合国の一員の国々が、どうして女王に反発するように成ったのですか‥?」
「ええ、ヒミコ女王の政策の一部に、【祭祀】の一貫性を推し進めて行くというのが在りまして、それは将来、列島の民達を同一民族として、統一国家を作り上げて行く礎と為る事を望んだのですが、その主旨が読めずに、飛んでも無い事件が起こってしまったのです」
「事件と言いますと‥?女王の身に何か不吉な災いがあったと言う事ですか‥?
」
「いえ、女王では無く、女王の幼き頃よりの友人が、女王の伯父に殺され、その場で伯父も自決してしまったという、痛ましい事件が祭祀変更の通達で起こってしまったのです」
「いや、それは本当に悲しい事件が女王の身に起こったという事ではないですか。先ほど聞いたその政策は、大変難しい国策です。中華にも、幾百年も前から、その時々の支配者が試みて、成功した記憶がありません。それで、何故その友人と伯父が殺しあったのですか‥?」
「いえ殺し合ったのでは無く、伯父が間違って殺してしまったのですが、その女性は【田畑の神】と民達に慕われて居る女性で、何と狗奴国の王ヒムココの妻だったのです」
「ええ~~それで、以前から仲の悪かった狗奴国が邪馬台国を攻め込もうという訳ですか‥、」
「そうですが、其れだけではなかったのです。女王の伯父は、連合国の重鎮で女王の今までの政策を陰ながらずっと推し進めて来ており、女王にとっても信頼の厚いお方だったのです。ところが今回に限り、当初は女王の政策を受け入れて居たのですが、結局〈祭祀〉の変更の主旨を取り違えて反発してしまったのです。それで、連合国の一部の国々は、女王の政策に対し違和感を覚えたのかも知れません。それと狗奴国の元々の反発は、東国に対する連合国よりの圧迫があった為で、まだまだ未開の東国に対して関与して欲しくないという申し出は、狗奴国王ヒムココの父の代から一貫して連合国女王ヒミコ様に訴えていた事情が在りました。しかし今回は、其れだけの事情で攻め込んで来ると言う訳ではない‥、
当然そうですよね‥〈王キ太守〉」
じっと眼をつぶってナンシヨウメの話を聞いていた〈
王キ〉は
「すると、連合国内でも内紛の可能性が在ると言う事ですな‥ナンシヨウメ殿
‥、」
「はい‥確かに‥、」
答えてナンシヨウメは、その事に就いては今まで深く考えて居なかったが、そう言われて見れば狗奴国だけでは無い、ヒミコの敵が見え隠れしだし、うぅ~~んと唸ってしまった。




