大国主の命(オオナムチ)は条件さえ良ければ「通達」の指示に従うという心境に変わっていた‥、がスサ王は連合国が海軍の船団まで配置したので出雲を潰す積もりだと警戒し戦いの準備をした
ソコツワタは、謁見の場から離れた別室で女王の意識が戻るまで待っていた。いつまでかかるか分からない。
ソコツワタは、付き添いの部下に住吉に居る前海軍将軍ヨンソン、大叔父のワタツミ、そして父のホホデミを急ぎ、ヤマトに来られるように依頼する〈文〉を持たせて住吉に向かわせた。
ヒミコ女王を、今まで支えて来た重鎮達である。私一人ではとても対応出来る訳が無い。ヤマト連合国の大事件が起きたのだ。
ソコツワタは、じっと当時の事を思い浮かべた。
イワレヒコ大王が、軍を率いて出雲国に談判に行き
、成果が上がれぬままに引き上げてから五年後、連合国海軍が〈稲佐の浜〉に到着した。
すでに〈美保の浜〉まで
、三十隻ほどの船団を出雲の海岸沿いに停泊させていた。
勿論、出雲側も各砦に狼煙(のろし、狼の糞をもやす)を上げて互いにその旨を知らせ、出雲の海岸沿いは緊張が高まっていた。
海軍将軍ソコツワタ(ホホデミとタギリビメの子)
、副将ソコツオ(ワタツミとサヨリビメの子)が杵築郷の社(出雲大社)にいるオオナムチ王に挨拶に来た。
その頃、イワレヒコは嫁
(イスズビメ)の兄〈イッセイ〉と共に、三十名ほどの兵を連れて陸路で伯耆(ほうき、鳥取県)の国の米子郷まで来ていた。
「何事ですか、ソコツワタ殿‥ヒミコ女王は連合国の海軍まで寄越させて、力づくでこの出雲を承服させる積もりなのですか‥!」
オオナムチは、憤懣やる方無い顔をしてソコツワタを睨んだ。
最後まで追い詰めるヒミコの意志の強さには、百も承知であったが、自分から〈祭儀〉の変更を承諾する訳には行かないのだ。
「いや、オオナムチ王‥、
我々にもヒミコ女王の思惑は計り知れませぬが、海軍としては、イワレヒコ大王の指示に従って参っただけです。しかし、どのような事情が有ろうとも、オオナムチ王が、イワレヒコ大王の指示に従わ無ければ、合戦も止む得ぬという指示で在ることは確かです」
「それで、イワレヒコ王は何処に居られるのじゃ。その様に力づくで事を成し遂げても、将来この列島が統一民族として成り立って行くという保証は何処にも無いのだぞ。〈大地〉の恵みに対しての恩恵に感謝する祭儀は、多種多様の種族であっても、同一の原点で有ろうから、将来自然に合体して行く可能性の方が大であると私は思うのだが‥」
「オオナムチ王‥何度も言いますが、我々にはその良し悪しは図りかねますので、どうぞ、イワレヒコ大王とじつくりお話下され
。一両日中には大王も来られる筈ですので‥、それまで、私ども二人の滞在をお許し下され」
「それは良いが‥、ワタツミ様やホホデミ様はご達者か‥?」
急に二人の父達の名が出て、びくっとし、改めてオオナムチに二人そろって威儀を正して礼をした。
「はい、おかげ様で、元気に隠居暮らしに満喫して居る様です。たまには、住吉の津に出て交易船で他国に向かう者達や海軍の乗組員に声をかけて、叱ったり励ましたりして、時を過ごして居られます。私達にも口うるさいのがたまにキズでございます」
代表してソコツワタが答えた。
「お二人(ワタツミ、ホホデミ)とも、よう~~ヒミコ女王を今まで守り通されて来られたわい。私ももう幾ばくもないが、お二人にもうそっと長生きされて、ヒミコ女王を見守って欲しいと伝えておいて呉れぬか
‥、」
オオナムチはくたびれたのか
「ちょっと横に為らせてくれぬか‥、」
と言いながら、後ろに倒れそうに成った。
「大伯父上‥!」
二人はオオナムチを抱き抱えに走った。
「王様‥!!」
付き添いの二人の女性が、血相を変えて飛んできた。
ソコツワタとソコツオの母が姉妹で、その二人の母はオオナムチの妹なのだ。
「母上は‥!!」
ソコツワタが女性達に叫んだ。
二人の女性はびくっとして
、ソコツワタの顔を見てびっくりした。
皇后のタギリビメにそっくりだ。
「はぁ~筑紫の宗像の方に身を寄せられておいでです」
一人の女性が、会ったことも無いのに、皇后の息子と判断し、咄嗟に返事した
。
「カヨヒメ‥!如何した。御祖父様は大丈夫か‥!!
」
寸刻もせぬうちオオナムチの孫の〈ソホリノ〉と〈オキツヒコ〉が、部屋の外から呼び掛けた。
いくら皇后の息子達であっても、海軍の将軍と副将だ。祖父のナムチが、暫く二人と話がしたいと言うことで、部屋に入ることは許されて居なかった。
「ミヅヒメ‥!」
と今度は、オキツヒコが声を掛けた。
外から心配そうに声をかける来る二人に
「これ‥ソホリノ、オキツヒコ‥、案ずるでない。少々めまいが襲っただけじゃ。気付け薬でも飲めばすぐ良く為るわな‥、それで一両日中にはイワレヒコ王も来られると言うことじゃ
。それまで‥此処に居られる二人を泊めさせるので、皆に良く言い聞かせておいてくれ。決して民兵に戦を仕掛けさせては為らぬぞ
‥、」
と言って横に成った。
オオナムチは、条件さえ良ければ、イワレヒコの〈通達〉に従う積もりであった。
翌、明け方。出雲郡日御崎の砦から狼煙が上がった。二本の煙が同時に風に流されながら蛇行し、日に向かって空高く舞い上がろうとしていた。
「おい‥、どこぞで合戦が始まったという合図だぞ‥
!!」
ソホリノが大声で民達に声を掛けた。
稲佐の浜に停泊している六隻の海軍の船団内も、何か慌ただしく兵士達が動き回っている。
その内、二人の兵士が杵築の砦に向かって走って来た。
幾人かの民兵が身構えた。
「止さぬか‥!二人とも無防備ではないか‥!!」
オキツヒコが民兵達に鋭く叱咤した。
「申し訳ござらぬ‥、我ら、将軍にご報告せねば為らぬので、どうか杵築の社までご案内頂けぬか‥!」
一人が民兵達を退けた将に頭を下げた。
「心得た‥付いて来られい‥!」
オキツヒコは小走りで社に向かった。
「何~~い!海岸沿いのどこぞで合戦が始まったとぉ~~!!〈ニハツヒ〉場所は分からぬのか‥~!?」
ソコツワタは驚きの声をあげ、ニハツヒに向けていた顔を、食事を伴にしていたオオナムチに伺うように見た。
「うう~~ん‥、島根郡の美保郷に居るスサ殿が仕掛けたかも知れんのう~~」
言いながら箸を置き、困った顔をした。
「スサ王がですか‥!?」
連合国の重鎮であっても、所詮、出雲の神と慕われ、大王に匹敵するぐらいの人望が民達に存するほどのお人だ。出雲国の一大事と成れば、連合国を相手にしてでも守り抜く所存で有ろう。
ソコツワタは、大叔父のワタツミや父のホホデミから、スサ王の気概は何度も聞いている。若き頃は大蛇をも退治したと言う伝説の持ち主だ。年老いても、合戦の仕方は衰えては居ないのかも知れない。
「将軍‥!如何なさいます
‥!?」
「ソコツオは、早急の決断をソコツワタに求めた。
「ソコツオ‥、美保の郷には何隻停泊させておった‥
?」
「はい、二隻です‥、」
「う~~ん‥、そうか‥伯耆の国の〈境津〉と〈米子津〉には、連合国の民兵が常時十人づつ配備していると聞いたが‥、イザと成ったら間に合わぬわな‥二十名ほどの応援では、間に合っても全滅する止も知れんのう‥!ソコツオ‥、此処に三隻残して置く故、直ぐに美保郷に出発する段取りを皆に知らせてくれ‥!!
」
出雲の海岸沿いには、稲佐の浜の他、六ケ所に船団を停泊させている。美保郷以外では四~五隻づつ手配したが、一番東の外れの場所であったので二隻にしたのが、スサ王の狙い目であったのか‥、とソコツワタは悔やんだ。
折しもその頃、オオゲツが次男の〈ワカトシノ〉と
孫の〈ナツノメ〉を連れて「狗奴国(くぬこく、静岡久能山)」から二ヶ月掛けて、伯耆の国(鳥取県)の
〈境津〉に到着していた。
六年前に、連合国から出雲国に〈祭儀の変更の通達〉があって大騒ぎしていたことを思い出し、伯父
(オオナムチ)は結局その指示に従わなかった様だわね。そう言えば未だ、東の大国の〈熱田(名古屋市)
〉にも出雲国からの祭儀の変更やその旨の協力の依頼が、来て居ないという話だったわ。
オオゲツ達は陸路で熱田まで行き、北に向かって若狭の気比の津(福井県)から交易船に便乗して、伯耆の境津に下ろしてもらった。
オオゲツは、母の生まれ故郷の出雲の国の地を少しでも多く散策したくて、東の外れの美保から杵築の社(出雲大社まで陸路を選んだのだ。
「母上‥!大変です。浜辺の方で合戦が始まっています‥!!」
浜の方が少し騒々しいので、付人一人を連れて、ワカトシノに様子を見に行かせたのだ。
「奥様、浜辺の見学は先の事にして、直ぐ杵築に向かいましょう‥!」
〈サキ〉は合戦という言葉を聞いて、オオゲツに急ぎ逃げるよう促した。
オオゲツは、何の合戦か分からぬままに、足の向きを変えて歩き出した。
「母上‥、大叔父上(スサ王)が民兵達に指示して、
連合国の海軍を追い出そうとして居る様でした‥!」
「ええ‥!スサの従兄が、合戦を仕掛けた‥
と言うのワカトシノ‥!」
確かにワカトシノはスサに面識があった。スサが兄の〈ヒルコ〉に会いに狗奴国に来て、ヒルコの住む
〈秩父(埼玉県)〉に向かった時、二日ほど狗奴国にに滞在していた。その時、ワカトシノはスサに合戦の仕方を教えてもらっていたのだ。
「連合国重鎮の兄が何故‥
?」
呟くようにオオゲツは、足の向きを変えて浜に向かった。
「奥さま‥!」
「母上‥!」
「祖母様‥!」
三人はびっくりしてオオゲツを止めようとしたが、三人の差し出す手を振り払って、一心不乱に駆け出した。
一方イワレヒコは、米子から境津を越した辺りでイッセイと別れて美保の浜に向かっていた。海岸沿いの海軍の配置を確かめておきたかったのだ。〈ミチノオミ〉を連れて兵士五人ほどの手勢だけである。
しかし、美保の浜には二隻しか軍船が停泊して居なかったので、島根郷の〈多古津〉に向かった。五隻は停泊していると海軍兵士に聞き、一隻ほど抜いても無難で有ろう言う判断からだ。
ところが、浜から抜け出ようとした時に二十名ほどの民兵に取り囲まれた。それを見て海軍の兵士達が駆けつけ睨み合いと成った。
暫くして、後ろの林から二十名ほどの援護兵が来るのを見て
「かかれ‥!!」
という号令がかかるや、民兵達が海軍の兵士達に襲いかかった。
まさか実際に戦までには為らぬだろうと高を括っていた海軍の兵士達は、確か出雲に脅しを掛けるだけが任務と思っていたので、一瞬怯んだが、そこは闘いに馴れている兵士達だ。鍬を改造した武器や、投げ槍などで突っ込んで来た民兵達に相対して、手や足を狙って戦意を喪失させる戦法で防いだ。
「皆の者!ええい~~静まれい~~静まれい~~!!こちらに居られお方を何方と心得て居るのじゃ。連合国の大王イワレヒコ様で在るぞ~~!」
「おお‥!!」
と驚きの声を上げ、民兵も海軍の兵士も武器を降ろした。
民達は、さぁっと林の中へ隠れたり、手頃に駆け登れる岸壁に登ったりして、イワレヒコを恐る恐る見た。
海軍兵士達は、立て膝をとり、武器を横に置いて頭をさげた。
島根郡の松江郷に居たスサは、美保関の狼煙を見て、十人ほどの民兵を連れて急いで美保の浜に向かった。
「〈ウカノミタマ〉の奴、あれほど言って置いたのに
、決して相手の挑発に乗ってはいかん‥、と」
苦虫を噛みながら先を急いだ。うち五人が駆け出した。ミタマに戦を止めるよう、先に行って止めさせる為だ。
スサはもう八十歳を優に越えている。足、腰の衰えは隠せない。
「出雲の民達よ‥!我は何も出雲国に戦いに来た訳では無い。オオナムチ王に大事なお話をしに来ただけだ。もう六年も前からこの列島の将来を考えて、オオナムチ王にお願いに来て居たのだが、オオナムチ王も事の重大さに頭を悩まされているのは百も承知である
。それで出雲が決断出来なければ、連合国でその事を成し遂げようと相談に来ただけなのじゃ‥、私は明日杵築に向かう故、どうか早まったことは避けて欲しいのじゃ。出雲の民達にもうこれ以上傷つけたくは無い
。出雲国が将来立派な連合国の一員となって、この列島の民達を癒して呉れる、故郷でなければ為らないからだ」
イワレヒコは、ヒミコの言葉を借りる迄もなく、自身、この事態を無事解決したい一心で民達に訴えた。




