【魏国大帝】の特使として〈梯俊(テイシユン)〉‥、【ヤマト国女王】ヒミコに謁見す】
「何ですって‥、〈漁孟〉がその様な【紀行文】を書いていたのですか‥、
!」
「はい。〈公孫淵〉が魏軍に追い詰められ〈帯方郡〉から逃げ去った後、私が〈郡〉の書庫を探って居たところ、三十数年前の〈漁孟([魏志倭人伝]の元と成った[魏略]の作者[漁弦ギヨゲン]の叔父)〉の〈倭人国の現状〉という
【紀行文】を目にしました
。我が国の風習とかには、少々大げさな卑屈さ極まる描写も有りましたが、ただ
〈ヤマト国〉への行程が、
非常に曖昧で在るのに気付いたのです」
「それが‥、〈宇美の里〉以降が全て【南】へと言う事なのですね」
ヒミコは昔、公孫氏の
公の使者として〈漁孟〉が謁見しに来たことを思い出した。
会って見ると、列島(日本)では余りよく見ない旅行者の風貌で立派な身なりをしていたが、本人曰く[たまたま公孫康(公孫度王の長男)の依頼で〈倭人の国〉を見て紀行文を書いてくれぬかと言う事だったのですが‥、女王様、そろそろ私を自由にして呉れませんか‥、どうも此のような堅苦しい身なりでは、此の国の事は分かりませんよ‥あはははぁ‥]
ヒミコはやはりそうだつたのだ‥、と思い
[そうですか‥公孫康王には私が適当にご返事して置きますので、ご自由に此の倭国の事情を上手に描いて頂けますかしら‥、]
ヒミコは御簾越しにニッコリ笑った。
漁孟はその美しさにうっとりしかけて‥、いや、この女王は【鬼神】と聞いて居る‥、凸差に眼を反らし
[いや、有り難きご配慮恐れ入ります‥]
と言いつつヒミコに背を向けた。
[お一人では、紀行文は書けませぬは。通訳に〈ナンシヨウメ〉を同行させますわよ‥]
[いや、有り難きお言葉誠に恐れ入ります]
何と、背を向けたまま慌てて部屋を出た。
「おほほほぅ‥、」
ヒミコが急に笑ったので
「女王‥何かお気に触りましたか‥?」
トシクリは、事情が分からず何か報告に間違いがあったか考えながら、取り敢えず頭を下げて誤った。
「ば~~か‥何をびくびくして居るのじゃ。女王は、昔のことを思い出して笑って居られるだけじゃ‥、もうそっと、しっかりした報告をせよ」
ナンシヨウメが、息子のトシクリを嗜めた。
二人は、この度、魏国の皇帝に朝献する使者として選ばれ、その打ち合わせの為ヤマトに呼ばれて居た。
「ナンシヨウメ殿‥、その後、漁孟は奴国に寄って〈
出雲〉に行って帰ったと聞きましたが、出雲は奴国から見て〈東北〉では無いですか。何故〈南〉と書いていたのじゃ‥、」
「いや、私にも解りませぬ
。ただ、内海(瀬戸内海)航路は、中華から見て攻めやすくなるので危険であると、女王から聞いて居りましたので、〈出雲〉にご案内したのですが‥、」
「私も最近、〈公孫淵〉が、呉の孫権と手を組んで居ると聞いたので、魏の〈司馬懿将軍〉に、呉の船団を食い止めるお手伝いを申し出たのですは。そして実際、孫権は二百隻の船団を〈東シナ海〉に向かわせたという報告を後日聞いています」
「そうなのですか‥、では、司馬懿将軍は呉国が倭国を引き連れて攻め込んで来ると思っていたのが‥、
倭国が己の味方をして呉れるという書状を見て、安心して女王の策に乗った‥、と言う事に成りますね」
「いえ‥私もそこまでは考えが及び付かなかったのですが‥、今回の【朝献】の誘いは、その礼とはつきり言えますわね」
「はい、私もその様に感じています」
「トシクリ殿‥司馬懿将軍は魏国ではどのような立場の人ですか‥、」
「はい、名目上は司馬懿様が〈太博(元老)〉として牛耳って居る様に見えますが、中華の西域で大活躍した大将軍〈曹袁首相〉と〈何曇副首相〉が、機を伺って司馬懿様を追い落とそうとする気配が無くは在りません」
「そうなのですか‥、」
「女王‥!今回の誘いは如何に考えて良いのですか
‥?」
ナンシヨウメは、昔からヒミコが中華に属国と扱われるのを警戒していた。朝鮮と同じように〈郡〉の設置を申し出て来るのは必定だ。それでも【朝献】に私ども親子を差し出すというのか。
ナンシヨウメは不安で一杯だった。
「ナンシヨウメ、私は何も中華にへつらう為にお手伝いしたのでは在りません。先ほどの漁孟の紀行文の通り、列島(日本列島)が非常に近く中華に寄って居ることを知って司馬懿は、倭国が協力してくれた事を感謝している筈です。朝鮮半島と違って列島は、中華の属国には成り得ません。ただ、直接その気になれば攻め得ることも考えられますが、中華の状況は常に大陸の中で右往左往して居るのが歴史的な現状です。遠く離れた島国を大軍を率いて制覇してもメリットが在りません。ナンシヨウメ‥、トシクリと堂々とご挨拶に行ったら‥、我らは古から
【夏后小康(かごうようこう、夏朝第六代中興の王)】の子が〈会ケイ(かいけい、上海付近)〉に封ぜられた時以来の【大夫(たいふ、大臣の次の地位)】の子孫であると自己紹介すれば良いのですよ」
「女王‥、それは誠ですか
‥?」
トシクリが真面目に問い返した。
「お前は本当に馬鹿じゃのう‥、女王は博識が有り、霊感も鋭いお方じゃ。この列島を守り、この列島を大国にする為には、いろんな知恵を絞って、我々の使命を成功させるよう指示されるお方じゃ。ならば黙って指示に従えば良いのじゃ」
と、先ほどの不安を打ち消すように、息子のトシクリを叱咤した。
「そうでも無いのよナンシヨウメ」
と言いながら
「トシクリ殿‥、漁孟の〈
紀行文〉に私が今言ったような文章があったでしょう
‥、」
「ええ~~女王、何故知っているのですか。私は、その文章の意味が分からず、無視していたのですが‥」
「ええ~~本当かトシクリ!」
ナンシヨウメは、びっくりしてトシクリと女王をまじまじと繰り返し見た。
「ナンシヨウメ‥いつも貴男は変わらないのね。でもそれが貴男の一番良いところかも~~‥、うふふふぅ‥」
ヒミコは、いつも変わらぬナンシヨウメに昔ながらの目配せをした。
びっくりしたナンシヨウメは、息子の前での女王の仕草に、恥ずかしさを通り越して、つつっと後ずさりして頭を下げた。
「父上‥!どう為されたのです‥?」
「突然の父の行動に、トシクリが後ろに下がった父に声をかけた。
「おほほほぅ‥、トシクリ殿何でもないのよ。お父上は、自分が【大夫】の身分で魏国の皇帝に会いに行くのが‥不謹慎ではと思って案じて居られるだけだわ。でも倭国の〈大夫〉には間違い無いのにね‥、それと
、タギリビメ様のお孫〈イサンガ〉とサヨリビメ様のお子〈イヤク〉を伊都国で待たせて在るので、従兵として連れて行って欲しいのです」
「ほほぅ~~此れからの使いとしての役目をこなせるよう、教えて置くようにと言う事ですな‥、」
ナンシヨウメは、頭を下げたまま、呟くように答え小さく頭を振った。
「で‥トシクリ殿‥、筑紫の伊都国王ヒコミコ殿にはその旨を伝えて在るので、手土産を持って【大帝】に朝献するようお願いしますね」
と指示すると
「ははぁ~~」
と急にナンシヨウメが、下げていた頭を上げて、女王の退出を労うように礼をした。
ヒミコは、又ニッコリ笑ってナンシヨウメをじっと見て、御簾の向こうから消えた。
トシクリは、父と女王の関係って何なんだ‥、良く分からぬまま‥さぁって伊都国に行って見るか‥、と父を促して部屋をでた。
「長官(率善中郎将-ナンシヨウメ)‥、ヒミコ女王は、漢語がお達者なのですか‥?」
梯俊(テイシユン、建中校尉-魏国大帝の使者)は御簾越しであったが、自分が喋っている間、女王が頷いたりニッコリ笑ったりしており、ナンシヨウメの通訳の後では、何の表情もして居なかったように見えたので、不思議に思って尋ねてみた。
「はい‥ヒミコ女王は、漢語には相当な知識がおありですが、会話は全くお出来に成りませんよ‥、あははは‥」
ナンシヨウメは、〈テイシユン〉の戸惑いに、笑いながら女王の人となりを伝えた。
テイシユンは、ナンシヨウメの答えに相槌を打つように
「要は、頭でっかちなんですね‥いや冗談ですよ‥、あはははぁ‥、」
長い旅路で共に苦労して倭国に来、無事【大帝】の贈り物や【親書】を女王にお渡し出来たことで、気は晴れ晴れとして、ナンシヨウメと二人で任務遂行のお祝いをしていたのだ。
伊都国王のヒコミコが挨拶に来た。
「ははぁ~~和やかにお過ごしされて居るようで、安心しました。テイシユン殿‥暫く此の倭国に滞在して、疲れを癒して下され」
「いや~~伊都国王‥、有り難きお言葉に甘えて〈奴国〉などゆっくり見学させて頂きます。‥、トシクリ殿、暫くお付き合い願えませんか‥、」
「はい、喜んでテイシユン様‥、」
トシクリは、父のナンシヨウメに気を遣っているテイシユンの思いに気づかって、素直に返事をした。
ヒコミコとナンシヨウメは、互いに眼で合図し
「トシクリ、良くご案内されよ‥、」
とヒコミコが念を押した。
二人が去ったあと、ナンシヨウメとヒコミコ‥、何と、五十年ぶりの二人だけの幼馴染みの再会であった。
互いにに抱き合い、無事に生き長らえた幸を、黙って神に感謝した。
「トシクリ殿‥、〈漁孟〉は実際〈投馬国〉まで行ったのでしょうか‥?」
「ええ~~?それは‥、」
「いや、私は〈帯方郡〉の
〈弓遵太守〉から〈公孫氏〉の時代に漁孟という旅人の紀行文を預けられ、倭人の人となり生活の記述を足しにされよと読まされたのだが‥、我も魏の大帝に報告する際、倭人の人となり国の事は、少なからず報告せねば為らぬので、実際漁孟の紀行文と一致するか、確かめて置かねば為らぬとな‥、」
「いや‥、それは勿論の事です」
トシクリは、漁孟の紀行文をテイシユンは調べて、この倭国の状況を確認する任務も与えられて要るのだ
‥と認識した。
伊都国から奴国へ‥短い道程だが、テイシユンは眼を皿のようにして、一つ一つ確認しているようだ。
「漁孟がこの倭人の国を観察した時とはかなり、倭人の生活は変わっているようですね‥、」
テイシユンはニコッと笑いながらトシクリを見た。
「あは~~どのようにですか‥テイシユン様‥、」
「はや、三十年も経て居れば変わりますので何とも
‥何ですが‥、〈持簑(じさい、旅する身内の幸を願う祈りの行)〉と言う風習は今でも在るのですか‥?」
トシクリは〈ジサイ〉の風習には知識は無かったが
、父から
旅をする際に身内の幸を願って、川に沐浴しながら祈る男の決死の覚悟を聞いて居たので
「はい‥〈ジサイ〉という風習は今でも残って居りますが‥、以前より不幸に関しては、刑はかなり柔らかに為って居ると聞いて居ります」
「そうでしよう‥、いくら何でも、自分が犠牲に成ったところで幸は在りませんからね‥」
テイシユンは考えながらも、倭人という人種は、未開の国なのか、魏国に取って大事な国なのか考え
「どうして漁孟は、貴方達が女王国のヤマトへ行くのに、東へ東へと説明しているのに南へ南へと書いたんだろうね‥、」
「いや‥、それは私にはわかりかねます。漁孟は〈公孫康〉に〈呉〉に近い国で在ることを強調して、自分の紀行文の有り難さを強調したのでは‥、」
トシクリは実際、漁孟の思いは分から無かったが、
公孫氏に対して、自分の業績に箔をつけたかったのでは無いかと思った。
「ふぅ~~む‥そうですか
‥、すれば私も漁孟にあやかって、司馬懿将軍にそう報告すれば、大帝も喜んで呉れるかも知れませんね
‥、倭国は呉国に近い国だと‥、」
「いえ‥テイシユン様、倭国は実際、筑紫(九州)から先は東へ東へ伸びた列島です。漁孟は間違った紀行文を作っているのですから、テイシユン様は、それははっきりご報告されては‥、」
「‥、」
テイシユンは、黙ったまま眼をつぶってしまった。
暫くしてテイシユンは
「トシクリ殿有り難う。しかし、そういう報告では私は生き延びて行けません。私がこの度特使に任命されたのは、司馬懿将軍の計らいからなのです。将軍の大敵〈ソウエン〉将軍は、西域(中国の西の国々)を制覇して司馬懿将軍を凌ぐ勢いです。ですが難敵の〈呉〉の〈孫権〉を倒す重要な地に居る倭国を味方にすれば、呉を牽制し、又、東の海から攻め込めるという有利な条件を作り出せるのです。魏国の将軍としては、最大の功績と成るのですから、司馬懿将軍は倭国を同盟国として、大帝に進言することによって〈ソウエン〉将軍より優位に立てると‥、」
「するとテイシユン様‥」
「勿論‥漁孟の紀行文を利用させて貰います」




