ヒミコ女王、出雲国の在り方を、現状から変え無ければ為らない‥、と
「女王‥、困った事に成りました‥、」
イワレヒコは挨拶した後、呼ばれた理由も聞かず憂鬱そうにため息をついた。
「あら‥、どうしたの」
御簾の向こうで、困った顔をしている弟に、ニッコリ笑って尋ねた。
「はい、例の件で通達を出した所、オオナムチの大叔父がからきっぱり断りの返事が来まして、直接女王からの言葉でお聞きしたい
‥、と言って来ました」
「例の件と言うと‥、首長の墓を山のようにすると言う事、地よりも天を優先して祭を行うように‥、と言う事なのね」
「はい‥、此れからは出雲国が率先して取り組んでくれませんと、全国の国々から反発が来るのは目に見えて居ますのに‥、困った事です」
「何を言ってるの‥、イワレヒコ。何百年も前から続けている仕来たりを、たつた一通の〈文〉だけで、はい左様ですか‥、という馬鹿が何処に居ると言うの
‥?」
「でも姉上、私には、非常に大切な事だから早急に変えろ‥、と」
二人っきりで居ると、ついイワレヒコも気が弛んで「姉上」に為ってしまう。
「イワレヒコ‥今回の事は祭儀の事なのに、貴男に任せたのは、私が悪かったわ
。でも、大王として出した通達に対して反発が起きたからと言って、そんな悩んだ顔をするものでは無いわ。私も年が嵩んで、もう幾ばくかも知れないのよ。
そして貴男ももう若くは無いわ。私や貴男が居なく成ったらの事を考えて行かなければ為らないのよ」
「女王‥!何と弱気な事を。女王が居ない世の中なんて私には考えられません
!?」」
「馬鹿ねえ~~」
ヒミコはニッコリ笑って可愛いい弟をじっと見た。
一瞬、イワレヒコは目を反らして
「女王‥、本日のお呼びだしの件とは‥?」
ヒミコの霊力の恐ろしさは身にしみている。自分を失う前に話題を変えた。
「おホホホぅ~~イワレヒコも慣れたものね」
自分の視線が一点に疑縮されて時間が経つと、ヒミコの意志に関わらず、霊感が蠢くのである。
「実はね。魏国の司馬懿将軍から〈文〉が来て、魏国の大帝に直接〈朝貢〉して親書を送ったらどうか‥、と言って来たのよ」
「ええ‥!司馬懿将軍から女王に直接にですか‥!!
女王‥、女王の策が実った‥、と言う事ですね‥
!?」
イワレヒコは以前、魏国の公孫淵に対する攻め方を聞いて居たので、それが功を奏してお礼の〈文〉を送って寄越して来たのだと思った。
「そう見たいだわ‥、だから、貴男から倭人連合国の重鎮を呼び集めて、朝貢の品々や他に何を添えれば良いのか、相談して欲しいのよ。それと、ナンシヨウメとトシクリを至急、馬韓から呼び寄せて下さる。【大使】としての心構えなど相談しなくては為らないわ‥、わ」
「そうですか‥、それは良かった。はい、早急に此方へ来られるよう連絡しておきます」
と立ち上がろうとした。
「待ちなさい‥、イワレヒコ」
急な厳しい口調にびくっとたじろき、御簾越しにヒミコを見た。
何と、女王の身の回りには炎が包み、ヒミコの目は爛々と輝き、形相が怒りに燃えて居るように見えた。
仰天したイワレヒコは
「女王!何事が起こったのですか‥!!」
「‥、」
「姉上‥!?」
イワレヒコは有りったけの声を上げて、急に狂ったかのように成った姉に向かって、御簾を上げようとした。
「王様‥!お止め下さい‥
!!」
女官のミマキビメが、イワレヒコの前に立ち塞がり押し止めた。
「退きなさい!姉の身に何か起きたに違いないのだ!!」
「いいえ、女王様は正気です」
ミマキビメはきっぱり言い切った。
「姉の身体に炎が上がっているのだぞ、良く見て見ろ
!」
イワレヒコは、必死に為って御簾を上げようとした。
「どうかしたの‥?イワレヒコ」
御簾を上げようとした手が止まり、御簾越しに覗き込むと、ヒミコは何事も無かったように先ほどの形相は消え、ニッコリ笑って居るように見えた。
「姉‥、姉上の回りに炎が、何かが燃えて姉上が危害に会ったのかと‥、」
イワレヒコは、ようやくヒミコの霊感に吸い込まれた事を知り、先程の勢いも失せて、べったり座り込んだ。
「大丈夫よ‥、貴男にしか見えない炎だったのよ」
「ええ~~我にしか見えない炎ですって‥?」
ヒミコの後ろに控えている二人の付人の女性も、女官のミマキビメにも見え無ったと言うことか。では霊感の成せる技では無かったと‥、
「ええ~~妾の急激な心境の変化が、内から発散された時、どうも、話し相手には炎に包み込まれたように見えるらしいわ‥、」
勿論、御簾越しであるから、陽炎のように見えたに違い無い。
「で‥以前、何方か、私と同じように見た方が居られたのですね」
「そう‥、もう三十年ほど前に〈ホホデミ〉様が、貴男と同じようにびっくりされたことが有ったのよ」
「ホホデミ様が‥、それで姉上‥その時の心境の変化とはどういう事だったのですか」
「ええ‥、当時、政(まつりごと、政治)にも私はクニクル王(初代連合国大王)様に率先して意見や指示を出していた事に不安を覚えてしまい、以後一切〈政〉には口を出さない決心をして、祭壇に閉じ込んでしまった時のことなのよ
‥、」
ヒミコは、姿勢を正して、まだ、何かを頭の中で整理して居るように見えた。
イワレヒコは、ヒミコが次の発言をするまで待って居ようとしたが
「それで姉上‥今回の急激な変化‥、というのは、どのよう事柄を指して居るのですか‥?」
思い切って尋ねた。
目を閉じていたのか‥、ヒミコはピクッと身体を小さく揺らして、イワレヒコの横やりに、大して咎めもせず
「そう‥、放っておく訳には行くまいか‥、と」
「何をですか‥、女王?」
イワレヒコは、先程から打って変わって神経を尖らし、此れからヒミコが発言しようとしている事柄に、
自身に緊張感を携えて身構えた。自然に〈姉上〉から
〈女王〉に呼び掛けが変わっていた。
「オオナムチ様に再度通達を出し、列島の民達を共有の民族として、将来統合する為の大事な問題で在る故、心良く引き受けて欲しいと頼んで下さい。さむなくば、〈出雲の名を借り〉て〈ヤマト〉が率先して、この問題を処理して行かねば成らぬと‥、さすれば、出雲国に対しては〈軍を率いて〉でも、口出し出来ぬよう計らう所存で有ります
。もう一度内容を良く吟味して、今後、徐々にでも列島の民達を通達どうりに指導して行って欲しいのです。〈祭儀〉の件で在るゆえ、ヒミコ女王にも賛同を得ており、異種族が多数この列島に共存して居る故、行く末、同一民族として共存して行かねば為らない大事な方針なのです‥、大叔父上。宜しく遂行願いたいと存じます
!イワレヒコ‥、と。そのように大叔父を説得して見て下さい‥、イワレヒコ殿」
語尾は厳しく、思い切った決心をした覚悟の中に、静かな闘争心で目は爛々と輝いてみえた。
「ええ~~!反発するなら、軍を派遣して、出雲を取り潰されると言うのですか‥
!?」
イワレヒコは、その場にへたり込みそうに成りながらも、座り直し、自分の頭を整理しなければ‥、と暫く考え込むようにしていたが、すくっと姿勢を正し、じっとヒミコを見た。
「やむを得ない事です。一つの民族にするには、一つの祭儀で統一して行かなければ為らないからです。イワレヒコ‥、連合国の重鎮との会合の後、すぐ実行に移して下さい」
「ははぁ~~承知仕まつりました」
「何い‥!連合国軍が出雲を包囲して居るだと
‥!!」
「はい‥、叔父(ヒムココ、伊都国王、ニニギの息子)の使いの者の報告では
、連合国王のイワレヒコ大叔父が指揮を取って、出雲国王オオナムチ様を説得に当たって居るそうです」
イヤク(ワタツミとサヨリビメの息子)が息を切らして、奴国の香椎の里に隠居していた、〈ニニギ(前伊都国王)に知らせに来た。
「つい最近、魏の大帝に朝献する為の手土産に、泳ぎが達者な男女十人の若者(
魚を捕る事や魚介類の採集が得意)と暖かな寝具で大帝がお休み頂けるよう、立派な布を、ヤマトから朝献に行かれるナンシヨウメ殿にお渡ししたばかりだというに‥、一体何故にイワレヒコ(ニニギの弟)が、出雲のオオナムチ様を攻めねば成らぬのじゃ‥!?」
「はい‥、はっきりした事は存じませぬが、大伯母のオオヒルメ様が絡んで要ると聞きました」
「何を言ってるのだ‥!母はもうとっくに亡くなって居るのじゃぞ。今頃生き返って、オオナムチ様と組んで連合国に刃向かっていると言うのか‥、あはははぁ‥のうイヤク‥それは何かの間違いで有ろう。帰ってもう一度ヒコミコに調べるよう~頼んでくれぬか」
「ははぁ~~急ぎ、その様に計らいます」
礼をするなり、飛んで出て行った。
「おほほほぅ‥面白いお方ですこと‥、」
コノハナサクヤが、部屋の隅からニニギに近づきながら愉しそうに笑った。
「でも、何だって言うのかしら。お義母様が絡んで要るってどういう事かしら‥?」
「うん、良く分からんのう~~?」
「もうお亡く成りに為って居るのに‥、でもお義母様らしい噂ですこと‥、ねえ貴男‥、」
相変わらず愉しそうに喋っている。
昔、〈辰韓〉を攻め落とした時の母の武勇伝は、当時の英雄として語り継がれたものだ。ニニギもサクヤも、戦闘に行く前に奴国に寄った時に会ったきりで、母となりの人の性格や考え方は良く分から無なったが
、二人とも女性とは思えぬきりっとした容貌は近寄りがたかったのを覚えている。正に死んでも名を残すとはこう言う事なのか‥二人は顔を見合せてニッコリ微笑んだ。
「でもサクヤ、今、ふと思い出したんだが、魏の大帝に朝献する事に為った前に、イワレヒコからヒコミコに通達か来ていた事を聞いて居たのを思い出したよ
」
「ええ‥!どのような‥?
」
「いや、ヒコミコは余り詳しくは話しをしてくれなかったが‥、ただ〈祭儀〉の件で出雲を説得せねば為らない‥、と」
「本当ですか‥?」
「するとサクヤ‥!イワレヒコが祭儀の件で出雲国を説得して居ると言う事に成るのう」
二人とも先、大変事に成らぬよう祈るだけであった。
数日後、伊都国王のヒコミコが父の住む香椎の里に訪れた。
「父上‥、難儀な事に相成りました‥!叔父上が早急に出雲に来て欲しい‥、と」
「何い~~イワレヒコが、軍を率いて出雲国に入ったと言うのは誠のことか
‥!!」
ニニギは、目の前の現実に驚愕した。




