魏の司馬懿大将軍から親書が届く。魏の大帝に朝貢せむことを望むと
「いやぁ~~これまでの話も重要な事だと思って申し上げたのですが、ヒミコ女王が姉のオオヒルメ様の霊位をヤマトから追い出されたという事を
、非常に残念がつて居られたことは確かです。イワレヒコ王に取っても、実の母の霊位をご自分では〈神籬
(ひもろぎ)〉に安置して居られますが、やはり父上のナムチ、いや〈大物主様
の側に置いて欲しかったのでは無いかと思います。先ほど息子のオオトシが申しましたように【祖霊神】への崇拝が余りにも安易な状態で扱われている昨今、ヤマトでは小高い山に〈棺
(ひつぎ)〉を安置するという事が行われて来だしました。山に神が降りられる訳ですから、祖霊にも神が降りられるようにして行こうという訳です。それに〈
祭祀〉の際には
、〈鏡〉を置いて【日】を望み、従来から延々と続けられて来た【大地】の神への信仰をヒミコ女王は、ヤマトだけでは無く連合国の国々にも変更するよう指示されて来たのだと思います」
「それではスサ殿‥、大地の神から天の神への信仰に変われ‥、という事は、今まで祭りの時に、神聖な大地に埋めて在る〈銅鐸〉や〈銅剣〉などを取り出して神を地上に迎える‥、という祭事を取り止めよ‥、という事に成るが‥、そう言う事ですか‥
スサ殿!」
オオナムチの口調が厳しく成る。
「いや‥そこまでは‥、私には分かりませぬ叔父上。
しかし、イワレヒコ王が、ヒミコ女王に代わり〈通達〉を出した‥という事は
、今までの祭事の仕方を取り止めるように‥、と言う事では無いですか」
「う~~む‥!?」
普段は穏便なオオナムチが、その話を聞いてみるみるうちに怒りの顔に変貌していった。
「貴男‥!貴男‥!!」
タギリビメは、今まで見たことの無い夫の変化に、驚きと悲しみに必死に成って
、オオナムチの身体に抱きついた。
妻の傍目も構わぬ行動に
、オオナムチはびくっと身体を振るわし
「〈日〉を崇めるのも良いが、〈地〉の神に対してどう崇めば良いのだ‥!」
相変わらず口調は厳しいが、顔の険しさは薄れていた。
「父上‥私が昨年の秋に従兄の大物主様にお会いしにヤマトへ行った帰り、イワレヒコ王の館の在る畝傍(うねび、橿原市)に寄って来ました。丁度その日は〈新嘗祭(にいなめさい、その年の新米を神に捧げる祭り行事)〉を行って居り、祭場には神籬
〈ひもろぎ、祭壇〉が設けて在りました。良く見ると台には〈榊(さかき、神域の常緑樹の総称)〉に円い銅鐸のような物がぶら下げて在りました。そして中央には霊位を立てかけ、横には〈勾玉〉と鉄剣を左右に並べて居たのです」
「うん‥!コトシロ‥、それが【土】に代わる祭事の仕方‥、と言う訳か」
「はい、私が思いますには、丸い銅鐸は〈鏡〉のような物で、日が照り返すと民には【日】が見える様でした。榊は薬草のような臭いで邪気を払い、鉄剣は鋭さで、勾玉は〈呪術的〉な霊力を持つ物として剣と同様〈魔除け〉としているのでは無いだろうかと思いました」
「して、その霊位は何方様なのだ‥?」
オオナムチは大風見当が着いていたが改めて尋ねた。
「勿論、イワレヒコ大王の母上オオヒルメ様ですよ‥父上」
「しかし、その時にイワレヒコ王に会った際、今度の通達の件は言っておらなんだのか‥!」
「はい、聞いて居りません
。ただ王は、近々妃のイスズビメ様が伊勢よりヤマトへ戻られるとの事でした」
「すると、そのイスズビメ様から話を聞いて、ヒミコ女王は、オオヒルメ様の霊位を不本意な形で、ヤマトから追い出されてしまった事に怒られ、この出雲に間髪入れずに、イワレヒコ王に指示された‥、と言う事か‥、」
オオナムチは、ヒミコの考えていることがもう一つしつくり来なかった。ヤマトからオオヒルメを追い出したのだから、ヤマトの者達だけを粛正すれば良い事では無いかと。
「父上‥、【祖霊信仰】の徹底と【大地の神】から【日の神】への移行は一対なのですよ」
「うぅん‥?」
「三輪山には日の神が降りられるように、祖霊もこんもりした山の中に棺を納めれば、祖霊も又、日の神にあやかり子孫永劫に繁栄して行くだろ‥、というヒミコ女王のお考えだと思います」
ヤエコトシロは、父が憮然としているので、何らかの対策を父が考えてくれなければ、この列島に混乱が起こる事は必定なのだ。
【大地】の信仰は、この連合国の国々だけで無く、連合国に所属しない他の国々や村々でその祭事を行っているのだ。
この出雲に通達して来たのは、全国の【大地】崇拝から【日の神】崇拝への移行を出雲が率先して実行して行かなければ、ヒミコ女王の思惑は露として消えてしまうので在る。
そして、あのオオヒルメ様の霊位の横に【天照大神】という札が並べて有った。それは【大地】の全ての神々よりも【日の神】が支配して行くという意味なのだ。三輪山の「大物主」様さえも、オオヒルメ様に仕えるという立場に為って行く。
ヤエコトシロはそこまで考え、父の選択は容易成らざるもので在る事を悟った。
「いや‥、出雲が自らその通達を受け入れる事は出来ぬ!」
オオナムチは一同を見回し、きっぱり言い放った。
「ええ‥!?」
一同悲鳴を上げるようにどよめいた。
「貴男‥!!」
「叔父上‥!!」
「伯父上‥!!」
タギリビメ、スサ、オオゲツはオオナムチに今の言を退けて欲しいと哀願するようにそれぞれ呼び掛けた。
百年ほど前から列島の各地に〈フゲキ〉を派遣し、その活動は田畑の改良や祭儀の様式、病の治療など多種多様にわたって全国の民達に夢を与え続けて来たのだ。出雲国の動向は、全国の国々や民達への影響は必至で在る。
「ヤエコトシロ様は、ヤマトの葛城へ、テジカラオ様は、信濃(長野県)の諏訪へお出でに成るようイワレヒコ王のご指示が御座いました。
スサの息子のオオトシが
、緊張にどよめく中、素早く報告した。
「ええ~~!我に信濃に行け‥と。何故ですか‥、オオトシ殿‥!?」
それこそ寝耳に水という災難が出雲に降って沸いた。
「ヤマトの葛城は、三輪山の西方に在り、その村々に
。信濃の諏訪は、上野(こうずけ、群馬県)、下野(しもずけ、千葉県)、武蔵(むさし、東京都)方面に対する【大地】崇拝から
【日の神】崇拝に切り替えの説得に参られよ‥、という事では無いかと思う」
スサが又、ぼそぼそと言った。
「ええ‥!連合国の一員でも無いのに、祭事の変更を強制しようというの‥!!
」
オオゲツがびっくりして抗議した。
「今の連合国連合というのは、ヒミコ女王にとっては仮の組織というかキッカケに過ぎ無いのだ。先程、スサ殿が言ったように女王に取ってこの列島の民達が、将来同一民族として大きな国づくりにして行くのには、同じ信仰で持って仲間意識を芽生えさせて行くのが一番だと思って居られるのだろう。しかし、それは将来子孫達が決めて行く事であって、先々の見通しは計り知れないのだ。それで私は今、暫く考えさせて貰うことにしたのだ。‥、でオオゲツ‥孫まで連れて来たのは‥?」
「ええ‥、私も出雲の子です。子供達にも孫達にも、誇りを持って生きて行って欲しいのです。伯父上や御姉様にお会いすれば、私が居なく為っても、毎年一度はこの出雲に来ていろいろ教えて貰えるように願ってのことですわ‥伯父様‥、」
とニッコリ笑って、姉のタギリビメに相槌を打つよう、ちらっと瞑った(片目をつむる)。
「まあ~~オオゲツ有り難う。此れからはナツノメさんが毎年来て下さるのね。楽しみに待っているから元気にして居てね‥、」
「有り難う御座います大伯母様。祖母に無理やり連れて来られたのですが、片田舎で、のほほんと暮らしていた私に取っては、何もかもが新鮮に見えて、とても良かったですわ‥、素敵な大伯母様やご立派な大伯父様達にお会いして、世界が開けた思いで一杯です。此れからも宜しくご指導お願いします‥、
大伯母様」
と、嬉しそうにペコリと頭を下げた。
「女王‥!魏国の大将軍〈司馬懿〉様から〈文〉が届いて居ります‥!?」
慌てふためいて側用人のミマキイリヒコが、部屋に駆け込んで来た。
「これ、イリヒコ殿‥!女王様の御前ですぞ」
妻である女官のミマキビメが、きつく叱咤した。
「ほほぉぅ‥、妾が提案した戦略が功を奏したという御返事かしら‥?」
イリヒコの慌てぶりも、ミマキビメの配慮も頓着した様子も無く、ニッコリ笑った。
イリヒコもミマキビメも
、女王が御簾の向こうで微笑んで居るように見えたので、互いに顔を見合せほっとした。
ヒミコは、大国の魏の将軍司馬懿から、親書が届くなど想像もして居なかった。
昨年、自分から司馬懿に〈文〉を送った時も、島国の女王など相手にはせぬだろうと思っていたが、ナンシヨウメの息子のトシクリが司馬懿将軍とは面識があると聞いて居たので事に及んだのだ。
ただ、公孫淵の驕りを断ち切る際、魏軍がいたずらに数任せで公孫氏を攻め込んでしまったら、戦が長引くのは必至である。公孫淵は高句麗を先陣にして、馬韓や辰韓の軍を〈リヨウ東郡〉の海岸沿いに配備する筈だ。
高句麗軍は戦には長けている。そして、「呉」の孫権も公孫淵との同盟を利用して〈リヨウ東郡〉へ船団を送り込むだろう。魏の首都「洛陽」を攻めるには、山東郡(山東半島)を確保せねば絵に描いた餅のようなものだ。
孫権は魏との戦いで国内での戦に限界を感じているのだ。そこで、東の海から攻め込む為、三~四年前から海戦の準備を推めて居たのだ。それを見込んで公孫淵は、魏と立ち向かえる為の同盟を申し込んで来たのだ。
ヒミコは、その状況を霊感とナンシヨウメの報告で察知し、司馬懿にほのめかした。
[倭国の船団が朝鮮の仁川で待ち受け、呉の船団が〈
リヨウ東半島〉の〈大連〉に向かうのを食い止める事を約束し、魏国の船団を山東半島の〈青島〉に終結させて、〈上海〉から海岸沿いに上がって来る呉軍を迎え撃って下さい。山東半島では、倭族の漁船が手助けをする段取りに為って居ります。又、山東半島の〈威海〉にも魏の船団を集結させ、倭軍が呉の船団を追い返す状況を見て、一気に朝鮮の〈江華島〉から「帯方郡」に攻め込んで下さい。周辺に配備されている〈馬韓軍〉、〈
辰韓軍〉は、魏軍が攻め込んで来たら、退却するよう申し合わせて居ますのでご安心下さい。そして〈リヨウ東郡〉では睨み合いで時間を稼ぎ、「帯方郡」を制して、朝鮮半島の東から攻め込む段取りをし、速やかに決着をつけて、朝鮮半島を貴国が温かく見守って頂けたらと願って止みません]
そのように、まるで〈軍師〉のような書状を送って一年、まさかの司馬懿からの親書であった。
ヒミコは〈文〉を開いてみた。
[魏の大帝に朝貢せむことを求む。親書を送られては如何なものですか。我は、その儀に及んでは全面的に取り計らう所存にございますれば]
簡単な〈文〉であった。
ヒミコは小躍りしながらも
「イリヒコ殿‥早急にイワレヒコを呼んで下さらない‥、」
「はい、かしこまりました」
イリヒコは、司馬懿からの書状の内容を知りたかつたが、女王の口ぶりが穏やかななか満足げに聞こえたので、朗報に間違いないと安心して、はきはきと答えた。




