ヒミコ女王、ててい魏朝の司馬懿将軍に公孫氏と呉の孫権に対抗する為の戦略と戦術を提案した〈文〉を送る
「何ですって!公孫淵が[燕王]を名乗ったですって‥!!」
「はあ~~。只今、イワレヒコ大王の使いの者が至急女王に知らせよ‥、と言う事でした」
ミマキイリヒコは、妻である女官のミマキビメの案内で女王の部屋に入り報告したが、御簾の下がった向こうで驚きの声を発した女王の異変に、びくっと身を震わした。
「それはいつ頃の事ですか
‥?」
少し声を整え女王が尋ねた。
「二ヶ月ほど前のことだと使いの者が言っておりました。〈文(この頃竹筒では無く墨)〉はナンシヨウメ様からと聞いて居ります」
つつっと礼をしながら下がり答えた。
「‥、」
暫く沈黙が続いた。
女王は目をつむり、霊感の啓示を待っているのか‥、
イリヒコは、頭を下げて礼をしたまま、じっと待った。
「うぅ~~う」
呟くような声を発しながら、四半時(三十分)ほどしてヒミコが悶えるように身体を小さく揺らした。
そしてカッと目を見開きイリヒコを見据え
「イリヒコ殿、顔を上げなされ‥、」
「ははぁ~~」
とイリヒコは、頭を上げて恐る恐るヒミコを見た。
霊感の啓示を受けた時のヒミコの顔は、時に鬼のような形相に為る事が有るからだ。
でも今は違った。
「戦が始まります。イワレヒコ王に伝えて、ヨンソン将軍を呼び寄せて、七十隻ほどの船を準備するよう指示して下さい」
「女王!行き先は‥、」
イリヒコは、海軍を韓国に行かせることは理解出来たが、誰と戦うのか‥まさか公孫氏を攻めるお積もりなのか‥!
「違いますわよ‥、イリヒコ殿」
「ええ‥?では公孫氏を攻めるのでは無いと!」
イリヒコは、ヒミコには何も喋って無いのに、心の内を見透かされたのにびっくりして、確認することも忘れ、そのまま自分の疑問の答えを問い返した。
「相手は呉の孫権です」
「はあ‥!女王‥、何故呉軍なのです。呉が公孫氏を討ちに来ると‥!?」
「いや、そうでは在りません。逆に公孫氏を助けに来るのです」
「‥?」
イリヒコは、話の先が見えなく為って、不思議そうにヒミコを見た。
「公孫氏は、度王、康王、淵王と三代に渡って中華の大守から離脱する準備をして来ました。度王の頃は、漢帝の衰弱で中華全土に有力な武将が天下を牛耳ることに専念し、領土を確保する為の戦が未だに続いていますが、公孫氏のように、中華からの離脱など考えておりません。現在中華では、
魏、呉、属の三国時代に突入していますが
、やはり漢帝から受け継いだ魏国が有力な状態です。
それで呉の孫権は、公孫氏を利用して半島(朝鮮)から魏を攻めることにしたのでしょう。当然公孫淵はこの機に乗じて中華からの離脱を決心して[燕王]を名乗ったのだと思います。勿論、魏も察知して公孫氏の拠点の〈リヨウ東郡(秦朝時代に置かれた郡)〉を攻め落とそうと大軍を送るはずです」
「すると、我が倭人船団は呉軍の船団を食い止めて、魏に援護するというお考えですか‥?」
「そうです。公孫淵は〈燕王〉と名乗って半島(朝鮮)を牛耳ることに専念するでしょう。古の〈燕国〉は、山東郡から〈リヨウ東郡〉まで、渤海海岸をぐるり(北京近辺も含む)取り巻く地帯を領土にしていた大国だと聞いています。その後〈衛氏朝鮮〉を立ち上げた〈衛満〉は〈古朝鮮の準王〉を殺し、〈リヨウ東郡〉から
〈楽浪郡〉まで支配しました。その衛満は〈燕人〉であり、燕の子孫であると公孫淵は公言して〈燕王〉を自称したのでしょう。先達に習って今度は帯方郡(ソウル付近)から南部を制覇して行こうとするのは目に見えています」
「では、魏に公孫氏を倒させ、我国としては直接中華(魏)と接触するのが得策だという訳ですね」
「そういう事です‥、イリヒコ殿。イワレヒコ王には
、私がこれからの戦況の行方を占って、倭人連合国はどう対処すべきか指示する為に〈文〉を書きます。それと、イ加-弥に居るナンシヨウメ殿にも〈文〉を書きますので、イリヒコ殿‥
この場で暫く待っていて下さらない‥」
「ははぁ‥、承知致しました」
イリヒコは、ナンシヨウメへの用件とは何ぞや‥と
、問い返す間もなく返事をしてしまった。
ヒミコは、彼の実直さに笑みを浮かべ
「うふふふ~~〈魏の司馬懿将軍〉に〈文(硯石を使い和紙で)〉を送るのよ‥、」
イリヒコの疑問にあっさり答え
「山東郡に居る倭族にも、
今度は頑張って貰いたいとお願いしませんとね‥」
「ええ~~!?」
イリヒコは又もやヒミコに先を越され‥何だろう吾の顔は女王様に‥心の内を写し出しているというのか
‥、という不気味さとは別、魏の司馬懿将軍への〈文〉やら、中華の山東郡の倭族の協力が必要とは、どういう事なのかさっぱり分からず、ただ驚くばかりであった。そして、司馬懿将軍に竹筒の〈文〉など通用するのかどうか等‥?と
不安が後を絶たない。
しかし、女王はニッコリ笑ってイリヒコを安心させた。
「何と、此れから先は首長の墓を立派に作れと‥!
秋鹿郡の〈佐太の社〉と出雲郡の〈青木の社〉から来た〈ヤエコトシロ〉と〈タケミナカタ〉の兄弟が、父の住む〈杵築〉の社に駆け込んで来たのだ。
「はい、〈意宇郡
〉の〈八重垣の社〉に住む従兄の〈スサ〉様からの使いで、急ぎ〈オオナムチ〉様にお伝えせよ‥、との知らせで、このタケミナカタと一緒に参りました」
「どういうことじゃろう。ただ墓を造れと言うだけでは、そなた達がそんなに慌てて来ることも無かろうに
‥?ただ、韓人達のようにこんもりした山の中に棺を納めよと事かも知れんのう‥、」
「はい、それはそうかと思いますが、ただ墓の事だけでは無く、此れからの[祭り]は[地]だけを崇めるのでは無く〈天〉も崇めよ‥、と連合国王のイワレヒコ様の〈文〉に認めてあったとスサ様がおっしゃったそうです」
「ヒミコ女王からの直接の〈文〉では無くイワレヒコ王からの〈文〉だと‥!」
オオナムチは〈政〉の采配は連合国大王の領分であることは承知していたが、〈祭儀〉まで女王は弟の国王に委ねる積もりなのかと不安を感じた。
三年前にイワレヒコが、連合国王に任命されたことは聞いていたが、男王が全てを采配するとなると、女王の存在の意味が無くなるのでは無いか‥と案じた。
「父上‥スサの兄様がもうすぐ参られると思います。使いの者を私どもに伝えに行かせた後、此方に向かう手筈だとおっしゃっていたそうで」
「そうか‥そうかスサ殿がすぐ此方に参ると言っていたのか‥、それで‥使いの者が直接私宛てでは無く
ヤエコトシロに先に知らせたということは、そなた達も同席させたいとの意向での計らいと言うことだな」
「はい、それはそうかと思いますが‥しかし兄上だけで無く、弟の私にも同席させよという意味は計り知れませんが‥、」
「そうか、そうか‥何も案ずることは無い。イワレヒコ殿も、ヒミコ女王の意向の元での通達であるから、先々を考えての配慮じゃよ
‥、あはははぁ~~」
オオナムチは、口癖の〈そうかそうか〉と得意の笑い声で息子達の不安をかき消そうとした。
「貴男~~スサ様が、大勢の連れの方々と共にいらっしゃいましたわ‥!」
妃のタギリビメは、普段から出雲国王であるオオナムチの来客には慣れていたが、無口なスサが、見慣れぬ女性も含めて来客して来たのには信じられ無い驚きの光景であった。
「おおぅお~~スサ殿、久しぶりじゃのう‥、もう何年になる?何処にほっつき歩いておったのじゃ‥、あはははぁ~~」
「いやぁ~~叔父上、お久し振りです‥、実は、〈秩父(埼玉県)〉に兄者の〈ヒルコ〉が居ると聞いて三年前に会いに行ったのですよ。先月、ようやくこの出雲に帰ったばかりです」
「そうかそうか、それはよう御座った。それでヒルコ殿は達者でおいでだったのですか‥、」
「はい、義姉のトヨオカビ様もとてもお元気だったので安心しました。しかし兄のヒルコに会った時はびっくりしました」
「いや‥何かあったのですか‥!」
「いやいや‥当たり前の事なんですが、それが母の〈ナミ〉にそっくりだったんですよ。男なので女性らしいとは言えませんが、目鼻立ちが母とそっくりで‥
優しい顔立ちでした。幼き頃から〈フゲキ〉として東北や東の国々を巡礼し活動して回って、方々の国や村の民達から崇められるような精力的な働きをされて来たとは、とても思われませんでした。そうそう‥そう言えば、母よりも叔父上(
オオナムチ)に似ていると言った方が分かり安かった
ですな‥、がっははは~~」
とスサは、一人で言って一人で笑った。
「ウワァ~~ハ~~!!」
周りの者達も、スサの余りに豪快で突飛な笑いに、
可笑しな物でも見たようにどっと笑った。
「そうかそうか‥、我に似ていたか‥!」
オオナムチは、姉ナミの最初の子のヒルコは、赤ん坊の時に見た記憶はあったが、そう言えばそうかな‥
と思い出そうとした。
「それはそうと、スサ殿
‥、そちらの方々は‥?」
ヒルコの思い出よりも、大勢の連れの素性を聞く方が先では‥と妻のタギリビメの目配せに慌てて尋ねた。
スサの後ろにいた恰幅の良い中年の男性が、すすっと出て
「スサの息子の〈オオトシ
〉です」
と、オオナムチとタギリビメに挨拶した。
「おおおぅ‥、オオトシ殿か‥何年も見ぬうち立派に為って‥幼き頃の面影しか残って居らぬわ‥、そうそう‥島根郡や秋鹿郡では、開発の為大変難儀して立派な村々に仕上げていったと
‥、良く聞いておったぞよ。そうかそうか良く来た。久しぶりじゃ‥ゆっくりされて行かれよ」
「はぁ~~有り難きお言葉感謝致します」
「私は、義父ヒルコの息子ヒムココの嫁オオゲツと申します伯父様‥、」
スサの横に居た女性が、ニッコリ笑って即座に自己紹介した。
「ええ~~!妹トヨウケジの末娘オオゲツと言うのはそなたのことか‥!!」
そして、タギリビメをちらっと見た。
タギリビメは、一瞬、驚きの余り真っ青に為ったが、顔はたちまち感嘆の思いに捕らわれたのか、オオゲツの顔を詫びるように見ながら、声も上げずに涙を流した。
「はい‥初めてお目に掛かれて光栄ですは、出雲国王様‥、」
そして、オオナムチの横にいて、もう泣き出し、声を上げそうに為っているタギリビメに、ぶつかるように
「お姉様~~!?」
叫びながら抱きついて来た。
「オオゲツ‥!!ごめんね
‥、ごめんね‥貴女を一人ぼっちにして‥ごめんね‥、」
タギリビメは、泣きながらオオゲツを強く受け止め、優しく抱擁し、何度も何度も、今までの妹の苦労を洗い流すように背中を撫でた。
二人が姉妹であることは、オオナムチとスサしか知らなかったので、オオトシやオオゲツの後ろにいた者達が
「ええ~~!!」
と驚きの声を発した。
「そうなんだよ。タギリビメ様とそなた達の母上はご姉妹なんだよ」
スサが、タギリビメとオオゲツの再会(?)の抱擁を待って静かに言った。
「オオゲツの長男の〈ワカヤマクヒ〉です」
「オオゲツの長女の〈ワカサナメ〉です」
「ワカサナメの娘の〈ナツノメ〉です」
三人が順に、オオナムチと涙を拭きながら三人を愛しげに見つめているタギリビメに挨拶した。
「さぁ~~皆様‥、お部屋に入って下され‥、」
タギリビメが、元気な声で皆を案内した。
部屋では、ヤエコトシロとタケミナカタが皆を出迎えた。
スサが大勢で出迎えられるのを嫌ったからだ。
少なくともオオナムチは、スサの性格上そう感じての配慮だったが、今日に限っては、要らぬ配慮だったかも知れない。
まさか妻の妹のオオゲツが来るとは。それも、連合国に刃向かっているヒムココの妻と為っているオオゲツがだ。
何の意図があって家族まで連れて来たのだ。オオナムチは、日頃の温和で何事にも動ぜぬ自分では無い心境に違和感を覚えた。
簡単な食事を全員で済ませた後、奥の神籬(ひもろぎ、祭壇)のある部屋に移動して、今回のイワレヒコ大王の〈文〉の内容の討議に入った。
「スサ殿、今回各連合国に通達して来た、首長の墓の件とか、[土]と[天]の同等の扱いをせよという祭儀に関しては、〈ヒミコ女王〉からの沙汰だと思って居たのだが、そうでは無かったようですな‥、」
と、オオナムチは最初から本題をぶっつけた。
「ええ‥、我も最初はそうかと〈文〉を受け取ったのですが、その竹筒の封印が女王のものとは違って居たので不思議に思って開けて見て分かった事なのですよ」
「女王様に何か異変が起こったのかしら‥?」
タギリビメが心配そうに呟いた。
「いやそうではないと思いますよ姉上‥、三年前、従兄のスサ様が〈駿河の狗奴国〉に来られた時、秩父に居られる従兄でもあり、義理の父のヒルコ様の所に案内して駿河に戻りました。そしてそれから二年後、そう今年の三月頃かしら、韓国から帰ってきた交易船の船乗りから、公孫氏が〈魏〉の大軍に打ち破れた
‥、という話を聞きました
。私は思うのですが‥、ヒミコ女王は、昔から公孫氏が韓の国々を支配していることに快く思って居ませんでしたから、この機に倭国としてはどう対応して行くのが今後の中華との国交に大きく左右されるで有ろうから、その対処にご苦労なさっているのでは無いかと思うのですよ‥、」
「ええ~~!公孫氏が大敗したと‥、」
座の者達が、オオナムチと同じように驚きの声を上げた。
「すると、魏国が今度は朝鮮を昔と同じように太守を置いて管轄するということですか!叔母上」
オオトシがびっくりしたようにオオゲツに尋ねた。
「いえ‥、私には分かりませんが、ヒミコ女王は、女王に為った時から、中華の武力を警戒されて要らした様ですから、直接の国交を持って、倭国の安全策を、今後考えて行こうとするのは、私は考えられる事と思いますわ」
「すると、そんな大事な時に、何故、国内に波乱が生じるかも知れない〈通達〉を出されたのかな‥?」
オオナムチはイワレヒコの命であっても、ヒミコの意志が重くのしかかっていることを感じた。




