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諸葛孔明の死で、ヒミコ女王の中華、朝鮮での戦略が早まるか‥、

 「女王‥、ナンシヨウメ様がお子を連れてお目通りしたいとお越しです‥、」

 イリヒコが、女官の案内で〈接客用の部屋〉に入って来た。

 最近は年も嵩み、自分の素顔を他人に晒せたくないという気持ちも手伝って、

御簾を上げることは無かった。

 女官が御簾の手前右端に座り、イリヒコは左端に座った。

 暫くして、ナンシヨウメがのそのそと歩いて部屋に入って来て、女官の指示にも従わず、御簾の降りた真ん前座り

「これは何ですか‥これでは女王の顔が見えぬではないか‥?」

と右に居る女官に不満を漏らした。

「ナンシヨウメ、良くこちらを見て‥、私よ‥ヒミコよ‥」

と厳かな音色で甘えるような声がかかった。

「女王‥!」

 ナンシヨウメは、急にヒミコに声をかけられ、御簾の向こうに座っている女性を食い入るように見た。

 正しくヒミコが座っているのが見えたが、それでも顔には薄い絹が被さっていた。

「女王‥、如何為された。何か思い病にかかれなさったか‥!」

と驚いたように尋ねた。

「おほほほぅ‥、相変わらず野暮ねナンシヨウメは

‥私は女子おなご

‥、貴男は若い頃から女子の気持ちも分からず‥ずっと私を悩ませたわ‥、年を取ると女子は他人に素顔を見せないって、貴男には分からないでしょう‥うふふふ‥、」

 ヒミコは、ナンシヨウメをからかうようにクスッと笑った。

 ナンシヨウメは後ろに座っている息子に

「まあ~~こんなことだ‥、」

と後ろを向いて照れ笑いした。

「女王様‥!私めはナンシヨウメの息子のトシクリ‥

ともうします。是非お見知りお気を‥、」

と即座に自分の存在を披露した。

「まあ~~何と‥!」

ヒミコは、ナンシヨウメの子とは思えない積極的な〈トシクリ〉に感嘆の声を上げた。

「いや、女王‥、この息子は私と違って奔放な性格で

、良く一人で中華に行ったり、列島(日本)に来て親父ハコクニの面倒を見たり、丹波(兵庫県)に行って嫁を探したりで‥、私にとっては訳の分からぬ息子なんで御座います‥、」

「ええ~~ナンシヨウメ‥

貴男の言っていることが良く分からないわ‥、トシクリ殿、今、お父上の言っていることは本当なのですか

‥?」

「はあ~~女王‥?」

「‥、」

 トシクリは、女王が何故驚いているのか良く分からなかったが、父と女王は幼馴染みと聞いている。活発な女の子であった女王は、

余り気の利かない真面目な父にいつもやきもきしていたに違いないと思い、自分は母に似ていると良く言われるので、女王には母の性格を話して、自分を知って貰おうと思った。

 ヒミコはトシクリの言葉を待った。

「私の母は、先代の伯済(ぺくチェ、後の百済)王の実弟の〈コニ王〉の孫娘で‥いつも父や各国の馬韓の王達が、公孫氏と馬韓の扶余国ぷよ国の〈日支王〉に気遣って居るのが悔しくて、自分が男であったら、まず扶余王を倒して公孫氏と戦わねば‥という気丈な性格だったらしいです」

「ほほぅ‥当時はそういうことであったのね伯済の立場としては」

 ヒミコは、公孫度王に〈文〉を渡した事を思い出し

「して、何故‥貴男の気丈な母上がナンシヨウメ殿との婚約を承諾したのですか

‥?」

「はい‥詳しくは存じませぬが、当時倭国の女王の使いで父はその一人だったのですが、倭国の王は、使者を送って、半島(朝鮮)を攻める事を止め無ければ倭国としては黙ってはいない

‥、という訴状を公孫度王に渡しに来たようでした」

「ほほぅ‥半島(朝鮮)の一員でもない島国の王の訴状を当時の〈リヨウトウ〉の大守であった公孫度王が良く受け入れましたね」

「いえ‥、公孫度王は半島の馬韓、辰韓も含めて列島

(日本)の強固倭国と仲違いしたくなかったようです」

「ほほぅ‥トシクリ殿‥それは何方から聞いたお話ですか‥、」

 少し、ヒミコが当時決死の覚悟で、ナンシヨウメ達を交渉に当たらせた思いとは違った状況が半島にはあったのか‥、と思い知らされたのだ。

「はい‥当時母は公孫度王の息子の〈康〉に無理やり側妻そばめとして送り込まれる予定でした。しかし、公孫度王が倭国の王の訴状を受け入れた事と、その使いに来た若いナンシヨウメの中華の言語に対する造詣の深さとその使い方の素晴らしさに、ぞっこんだった事を聞き、祖父コニ王は、この機に乗じて孫娘を公孫氏に取られまいと考え、思い切った行動に出たのです。それは、

[実は、孫娘はその若い使者ナンシヨウメ許嫁いいなずけ]であった事を証し、康王の側妻を退けたと聞きました」

「‥、」

「‥、」

 二人はじっと黙ったまま見つめ合った。

「私が聞きたかったのは‥

公孫度はもとより、半島に関係無い列島の王がでしゃばったことに対して、対抗する意志がなかったかどうか‥、と言うことですが‥、」

 ヒミコは、なかなかの弁士に出会って、時代の移りを感じた。

 昔は、私が彼の立場だったのだ。

「‥、はい。当時の公孫度王の真意は計り兼ねますが、私がある程度成長し、若者達や年功を重ねた先輩達との話の中で、その当時の頃の話題に成った時、倭国の女王が公孫氏と馬韓(

伯済を含む)や辰韓との抗争の仲裁に入ったので、

[公孫氏は助かった思いであったろう‥、]と当時の伯済の大臣が話されて居たのを聞いた者が居りました」

「と‥言うと‥、」

「はい、公孫氏は漢王朝の衰退に乗じて〈リヨウ東〉郡の大守で有りながら、漢朝が朝鮮の〈楽浪郡(ピョンヤン付近〉〉に駐屯させていた軍を追い出し、自分達がさも漢朝に代わる新しい盟主で在ることを、朝鮮国内に知らしめさせようとしたのです。当然、楽浪郡の北の高句麗、扶余国(プヨ、騎馬民族)、濊国、南の馬韓、辰韓は反発しました。楽浪郡が、中華の皇帝の出先機関であるが故に、不満があっても指示通りに配慮してきたのに、たかだか中華の一大守が皇帝の出先機関と同様に、朝鮮国の盟主のような権限を行使して来ようとは、我が国を侮辱するにも甚だしい‥と」

「それで交戦‥、ということに‥、」

「はい‥、しかし、馬韓や辰韓や高句麗がたばに為っても、公孫氏側は〈リヨウ東郡〉から大量の軍を送り込んで、逆に次々と小さな郡を占拠し、遂には〈帯方郡(ソウル近辺)

〉を占拠し、此処を駐屯地のかなめとしました

「それでは、漢朝時代と朝鮮にとって何も変わらないのでは‥、」

「いいえ、公孫氏としては戦は避けたかったのです。あちこちに駐留軍を分散すると、いざ漢王朝に代わる中華の皇帝からの攻撃には立ち向かえ無く成るからです。公孫氏は朝鮮に対しては、甘い蜜を吸い続けたかっただけですから‥、」

「倭国が介入すると、そうも行かなくなると‥、」

「はい、全朝鮮国としては、当然、自国の民族だけの国づくりを常に考えているのですが‥、それはいづれ‥ということで、倭国が参入すれば、公孫氏も無謀な要求をして来ないだろう

‥、と」

「それで‥この三十年‥無事に治まっていると‥、」

「はい、しかし北の〈楽浪郡〉は一進一退の状況ですが‥、」

「‥、」

「女王‥公孫氏は、まだまだ力は衰えては居りませんが‥、それより、中華では大きな事が起こりました‥

!」

 ナンシヨウメは、公孫氏の件はさておいても、今回の謁見の最大の報告すべき案件を、最初に話すべき機会を失って居たのでやきもきしていたのだ。

 ヒミコは、急にナンシヨウメが顔色を変え、声を大きくして話し掛けて来たので

「ええ‥!ナンシヨウメ‥

どういう事ですか‥?」

 中華での一大事とは‥!問い返す間もなく

「はい、昨年の夏、〈漢中

〉の五丈原で〈濁、ショク〉の〈承-相じようそう、総理大臣〉[諸葛孔明]が陣没致しました‥、

「ええ‥、何と!孔明殿が亡くなられたと‥!?」

 ヒミコの顔色がさっと変わり、驚きと不安と同時に目がカッと開き

「うぅぅ~~!」

と唸って前にばつたり倒れたように見えた。

 一瞬、左右に控えて居た

男女は、御簾に手を掛けようとしたが思い止まり、じっと女王を見守るように両手を床に着けて見つめていた。

 ヒミコの異変に初めて出くわしたトシクリは、凸差に立ち上がりナンシヨウメの横をすり抜けようとした。

 ナンシヨウメは、トシクリの足を掴んで顔を見上げ大きく首を横に振った。

「父上‥!」

 トシクリは不思議そうな顔をして、その場にそっと座った。

【公孫氏を討て‥、公孫氏を討て‥、】

と濁った震える声が小さく為って、ヒミコの声らしき音が消えた。

 静寂が続き、暫くして

「女王様‥、」

「女王様‥!」

とか細い声が輪唱のように響いた。

「うわ~~おぉ~~‥、」

 子供が眼を覚めたように、ヒミコが両手を拡げてむっくり起き上がった。

「‥、」

 ヒミコはじっと正面を見つめ、御簾の方に向かって

「ナンシヨウメ‥どうしたのですか‥黙って‥、」

「女王‥女王の霊魂が、又

、お目覚めに成ったようです」

 ナンシヨウメは小さい頃、ヒミコの霊魂がたまにむづくのを見ていたので、ご安心下さい‥、と言わんばかりに優しく言った。

「そうなの‥それで、ナンシヨウメ。私の霊魂は何と言って居たのでですか‥」

「はぁ‥公孫氏を討て‥、と二度ばかり‥、」

「公孫氏を討て‥と?後は何も‥、」

「はい其れ丈です」

「確か、ナンシヨウメ。先ほど孔明殿が五丈原で没したと言っていた筈ですが、

どのような最後を遂げられたのですか‥?」

「はい、その件は息子のトシクリからお話をお聴き下さい。昨年はずっと中華にりましたので‥」

「そう‥それでトシクリどの状況はどうだったのですか‥?」

 ヒミコは、この男は重要な時には、いつも現場に居合わせる運命に生まれて来たのかと不思議そうに尋ねた。

「いえ、私は現場には居合わせなんだのですが、近くの〈長安(首都洛陽に匹敵する大都会)〉に滞留中でした。当時〈ショクと〈魏〉の戦いは〈中原〉にて一進一退で、なかなか決着が付かず何年も掛かる様相だったそうです。ところが昨年の八月に入って、〈濁漢〉軍の動きが鈍く為って来たと感じた魏の大将軍〈司馬懿しばい〉は、各陣営に攻撃を掛けさせたのです。しかし交戦はしても〈濁ショク軍〉は深追いはして来ない‥、との報告が相次ぎ、司馬懿将軍は孔明が何らかの策で、我らを罠に嵌めようしているに違いないと案じ、暫く静観するよう指示を出しました。そして頃合いを見計らって、又各陣営に〈濁ショク〉軍を誘い出すよう指示を出したのですが、相変わらず〈濁シょク〉軍は誘いに乗って来なかったようです。ところが、司馬懿将軍がしびれを切らして総攻撃もやむを得ないか‥と思っていた時、[濁軍が闇夜に紛れて退却して居るようです‥、将軍!!]と慌てて副官が飛び込んで来て報告した。

[何い~~濁軍が退却しているだとおぅ‥!孔明の罠では無いのか‥!?]

[いえ、濁軍の後方部隊を偵察している者達からの報告ですから間違い無いと思います‥、もう三日三晩続いており、今は最前線の部隊も退却し始めたとの事です‥、]

[何故、早くに報告せなんだのじゃ偵察の者達は‥、

!!]

[はい、夜中に動いているのを察知していたのですが

、朝になるといつも遜色ない陣営の配置だったので、

我軍は濁軍が何らかの策の段取りで動いているのかも知れん‥ということで深追いはしなかった‥、と言うことです]

[そうか、それでは今直ぐ部下百名ほど連れて、濁軍の〈しんがり(退却時の最後尾にあって、敵の追撃を防ぐ部隊)〉を捕らえ、事情を聞くのだ‥!!]

 司馬懿は、濁軍に何が起こったのか焦った。幾度か孔明との戦略争いで功を奏したことはあったが、どちらかと言うと、苦虫を噛む思いに晒された方が多く、いつ全滅されるか分からない‥、との恐怖が頭から離れないでいるのだ。

 そのような運びであったと聞いて居ります」

「それで‥司馬懿将軍は、孔明の死を知ったのね‥ 」

ヒミコは悲しげに問うた

「はい左様で御座います

‥、」  





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