熱田を追い出されたヒムココ、オオゲツ夫婦は狗奴国へ。今後の連合国への挑戦の準備を
第二章
第四節
ヒムココ、オオゲツ夫婦熱田(名古屋市)を追い出され狗奴国へ
駿河(静岡県)の安倍川に近い、古からの集落〈登
呂〉より東へ五キロメートル程の所に〈
狗奴国(くぬこく、久能山)〉があった。周囲十キロ平方メートル程の領地に
二千人ほどの民が生活している。たいして高くもない小高い山地にも恵まれ、久能山や一番高い有度山から眺むれば、膨大な田畑が果てしなく広がっているのが一望できる。
「ねぇ~~ヒムココ‥、これからどうする積もりなの
‥?」
「‥、」
「もう~~三年にも成るわ‥、熱田から追い出されて‥皆もいつ〈連合国〉が
攻めて来るか心配し出して
来ているのよ。何とか手を打たないと、この国どころか東北の民達にも迷惑が掛かるかも知れないわ‥、」
オオゲツは、若い亭主の
〈ヒムココ〉に何らかの行動を起こさせないと、大変な事に為るだろと案じ、浜辺でじっと空を見上げているヒムココの横に座って話
かけた。
時おり、ヒムココは息子の〈ワカトシノ〉を連れて
、この美保の浜辺でくつろぐのが唯一の楽しみのようだった。
日頃は〈折戸〉の入江で舟づくりに勸しんでいる。
出来るだけ大きな船を作って遠乗りするのが夢だと本人は常日頃、オオゲツに楽しそうに話していた。
自分の問いには答えず
、まだじっと空を飽きもせず眺めているヒムココの横顔を見ながら、オオゲツはふと昔を思い出していた。
[もう‥阿波(四国徳島
)を出て二十年以上経ったのね‥あの頃、ヒルメが女王に為って大和(ヤマト
、奈良)や河内(大阪)の田畑の改良を手伝って欲しいと阿波に来た時はびっくりしたわ。懐かしいやら嬉しいやらで傍目も考えずにおいおい泣いて居たことが昨日のように目に浮かぶわ‥、ヒミコったらどうして居るのかしら‥、熱田を攻めて来た〈連合軍〉も女王の指示とは言ってなかったし‥病にでも為って静養しているのかしらね‥、
何せ連合国に反発して
、熱田から倭人を追い出してしまったんだから、女王のヒミコの思惑から外れてしまって、今度は私達が追い出されて窮地に立たされる羽目と為ったんだわ。
私も今さら、ヒミコに助けを求めることは許されないわね‥、]
オオゲツは、ヒミコの依頼でヤマト、河内の田畑の改良や、川からの引き水を取って溜め池を作る工事の指示をしたりで、五~六年苦労してようやく増産のメドがついたので、阿波へ帰る手筈をしていた。ところが、〈連合国〉の政に携わる大王クニクルに、熱田で〈ヒルコ(オオゲツの従兄)〉殿が苦労しているので、手助けに行ってやってはどうかと云われ、昔母の姉ナミ(ヒミコの祖母)の長男が人さらいに合って、一人苦労していることを知って居たので、ついでに従兄の顔でも見て帰るか‥、と軽い気持ちで熱田に向かったのだった。
「叔母上‥そろそろ帰ろうか‥、お~~いトシノ~~帰るぞ~~」
と大声で息子を呼んだ。
「もう~~その叔母上‥は止しなさい。もう十五年にも成るのよ。嫁にいつまでも叔母上じゃ可笑しいでしょう。子供達も笑っていますよ‥、もう~~本当にまだ子供なんだから‥、三人も子が居るというのに‥四人目の子なんていらないわよ」
とオオゲツは、ニコニコしているヒムココを真剣な目付きで睨んだ。
「そんなに怒るなよ‥、」
言いながらもまだニコニコしている。側に来た八才の次男を思いっきり高々と上げて
「トシノ~~大きな船が出来たら、あの海原へ連れて行ってやるぞ‥良く食べて
、力を付けて早く大きく成るんだぞ‥、」
「うん、分かっているよ。僕、ご飯を沢山食べて大きく為って父さんの船づくりを手伝うよ」
地に下ろしてもらって、又、走り出した。
じっと様子を見ていたオオゲツは、顔が綻んでいるのに気づき、キュッと頬を引き締めて
「貴男‥、さっき私言った事を覚えている‥!」
「ああ~~何とかしろって
‥、いうことか」
「そうよ‥、このまんまじゃ、陸奥〈むつ、青森県〉の三内円山〈さんだいまるやま、青森市〉の王様や武蔵〈むさし、埼玉、関東〉や常陸〈ひたち、茨城県〉
、下総〈しもふさ、千葉県〉、越後〈えちご、新潟県〉の各東北の王達に申し訳なくってよ。皆、沢山の兵士や民達を送って下さっているのに、何もしないんだったら早く帰してあげないと‥、」
「いや、何の収穫もなく帰す訳にはいかないだろう
‥、」
何か思案でも有るの。ヒルコ従兄さんは秩父(埼玉県)に帰ってしまっているし、貴男一人で何をする積もりなの‥、」
「うん、段取りが着いたら話すよ‥、叔母‥いやオオゲツ!」
力を込めて、語尾を強く言った。
「うふっ‥、」
オオゲツは、そんなところが可愛くて一回りも違うヒムココと一緒になったのだ。
始めは父親のヒルコは反対していたが、二人の熱意に負けて了承してしまった
。
ヒムココは、叔母のオオゲツに憧れと尊敬で接していた為、叔母が自分に振り向いてくれた時、命をかけて一生自分の妻として守り通すことを、逆に父のヒルコに誓わされて承諾してもらった経緯があった。
ヒルコにしてみれば、
従妹と息子の結婚である。
年増の女を、まだ十六才の息子が必死に為って懇願している様を見ると、逆に従妹のオオゲツの側に立って決断を下さねば‥、との心境に陥ってしまわざるを得なかったのだ。
昔お義父様がこの久能山(静岡県)の周りに民達を指導して、年中作物が出来る地域にしたのは大変な労力と信念が無ければ出来なかった筈よ。この辺りの村々の民達には、
お義父様は〈神様〉のような存在なのね。息子の貴男
が熱田から逃れて来た時、
この村々の人達は皆、暖かく迎えてくれたわ。何と二百人近い集団だったのよ。実際この〈クヌ国〉に住む人達にとっては、多数の兵士や民達がなだれ込んで来たのだから、とても生活がやって行ける訳がなかったのに、〈登呂、清水、焼津〉まで行って、食料を確保して来たわ。それと、驚いたのは、東北から呼び寄せた兵士や民達が、開墾に精出して三年でかなりの耕作地を確保したのは流石だったわ。そんな人達に、何とか夢を与えられるよう
貴男‥、頑張って下さいね‥、」
「いや~~もうそれは重々分かっているって‥オオゲツ。貴女があったからこその彼らの働きぶりであった。それは、私も良く分かっているよ。何とか〈連合国〉に一泡吹かせて、東や東北の国々には手を出せないような方法を考えているところだから‥叔母上、いやオオゲツ、もう少し時間をくれ‥!」
「分かりました‥ヒムココ
‥、」
オオゲツはようやく、頼もしいヒムココを久しぶりに見て、ニッコリ笑って大きく頷いた。
「母上‥!」「母様‥!」
長男のワカヤマクヒと長女のワカサナメが、同時に家の方から呼び掛けながら
、オオゲツに向かって走り込んで来た。
「まあ~~?二人ともどうしたの。そんなに慌てて‥!
」
「ヤマトから使いが来たんだ‥、!」
「ええ‥、!?」
オオゲツも驚いて、後ろの方からゆっくり息子と歩いて来るヒムココに向かって走り出した。
その様子を遠くの方から見ていたヒムココは
[もう近くまで〈倭国連合〉が攻めて来たか‥、]
と一瞬怯んだが、
そんな筈はない。三河(
岡崎)、西遠(浜松)、東
遠(掛川)に連絡網を張って居るので、いきなり敵方が網をくぐって躍り出て来ることなど有り得ないことだ‥、すると‥何があったんだ‥?
三人の慌てようにヒムココは、訝りながらも、自然に早足となって、息子に走るように目で合図した。
「ええ~~サク様‥!?」
母屋の前で五人連れの男達の中で、一番年長の男の顔を見て、オオゲツは驚きの声を発した。
「いやぁ~~オオゲツ様、お久しゅうございます‥、
!」
少し老けているが精悍さは昔と変わらぬようにみえる。
「何故‥?何故なの連合国の重鎮の貴方が、わざわざこんな所に来るなんて
‥!」
その言葉を聞いて、ヒムココが油断ならん‥と身構えたので、兄弟も揃って親のマネをした。
〈ヤス〉の連れの者達も否応なしに、つつっと一歩後ろに引き下がった。
その様子を見てオオゲツが
「貴男‥!あなた達も落ち着いて頂戴‥、」
とヒムココと子供達を制した。
「このお方は、私が〈ヤマト〉に居た頃、大変お世話になった方なの。先の連合国の大王であったクニクル王様の信頼が厚くて、連合国の重鎮であってもいつも
〈ヒルコ〉御祖父様のことを気にかけて心配されておらるたのよ」
と子供達に言い聞かせるように説明して、ヒムココに対しても優しく微笑みかけた。
「これはこれは、ご主人のヒムココ様でしたか、初にお目に掛かります‥、申し訳ない。突然の来訪で驚かせて仕舞いました」
と、ヒムココに頭を下げ、
子供達にもペコリと頭を下げた。
「まあ~~済みません‥私が変な事を言ってしまったものですから‥皆、気が立つてしまっているのに配慮が足りなかったわ」
「いえいえ‥私どもの方こそ、村人の誰かにお願いして、案内してもらってお訪ねした方が良かったのに、配慮が足りないのはこちらの方でしたわ。あははは
‥、」
緊張している雰囲気の中での〈サク〉の高笑いは効果があった。
「サク様‥、いや確か〈
オワケ臣(長)〉様に成られておいででしたわね‥、
どうぞ母屋の方へお入り下さい‥
〈サキ〉!お客様よ‥、」
大声で呼びかけた。
竪穴式ではなく、平地の上に一軒家として細長くL字型に作っているが、高さや広さはまちまちで垣根らしい腰辺りまで伸びた数十本の植木の向こうの入口に、サク達五人を手招きした。
「はあ~~い‥、」
と少し間延びした返事がして、隣の棟から若い女が出て来た。
母屋の方を見て、オオゲツ夫婦と三人の子達とは別に後ろに五人ほどの、見かけぬ客人を見て、慌てて走り寄って来た。
「サキ‥、!ヤマトからのお客様よ。すぐに膳の支度をお願いね。さあさぁ‥ヤマクヒもサナメもお手伝いして上げて‥!」
オオゲツは、何の用でサク達が来たかは分からなかったが、クニクル王の命で来た筈だから、そんなに悪い話ではないと信じ込み、
浮き浮きと段取りに走った」
ヒムココは何とも解せぬ顔付きで、五人を部屋に入れ、三人の付人は入口のすぐ広くなった間に座らせ
、サクと若い男には奥の間に案内した。
ヒムココとサクが無言で対座しているのを見て、オオゲツは茶を持って来ながら
「まあ~~お二人とも難しい顔をして‥おほほほ
‥、」
亭主のヒムココの気持ちは分からぬではないが、サクが黙ったままじっとヒムココを見ているのが、何となく滑稽に見えて、オオゲツは思わず吹き出しそうに為った。
「いや、オオゲツ様‥お笑いくださるな‥、私もこの駿河に来るまでクニクル王の指示せんとすることは何だったんだろうと考え、ようやくたどり着いた所、肝心のヒルコ様は秩父に帰られてしまったと聞いて、息子さんのヒムココ様に何から話して良いのか迷っているところなんですよ‥、」
「おほほほぅ‥、それはそれは失礼しましたわ‥それでオワケ臣様、クニクル王様は従兄のヒルコに何を伝えてくれとおっしゃったのですか‥?」
オオゲツから見れば、ヒルコは亭主の父なので義父だが、他人に話する時は、
従兄として紹介していた。
「実は、私達がこの駿河に来るように為ったキッカケは、クニクル王長兄の〈オオヒコ〉様のご指示があったからなのです」
「ええ~~!オオヒコ様がですか‥?」
「ええ~~これから話すことは、話が後先に為って仕舞いそうなので、ご理解頂けるかどうか心配なのですが‥ご不満や納得行かぬことが有れば率直にお申し下され‥、」
「連合国に加入することが条件でなければ、如何様な話でもお伺いする積もりですが‥、」
初めてヒムココが厳しい顔付きで話した。
「まあ~~ヒムココ、そんな喧嘩腰に成らなくてもいいじゃない」
オオゲツは、サクが話しにくくなると思い、少し牽制した。
「いや、全くヒムココ殿のおっしゃる通りです。オオゲツ様‥その話ではないのでご安心下さい‥、」
じゃあ、何の為に来られたのかしら‥?クニクル王様が仲介に為って、熱田でのヒムココの無謀な行動を
、ヒミコ女王に取りついで貰えるとばかり期待していたオオゲツに取っては、オオヒコの名が出て来たので、さっぱり目的が分からなく為ってしまっていた。
今、連合国の政を仕切っているのは、クニクル王の次男の〈オオヒヒ〉王であり
、長兄のオオヒコはその補佐役でしかない。
「オオゲツ様もご存知かと思いますが、ヒミコ女王の
祖父、祖母のナギ、ナミ様とクニクル王様とは、若き頃より信頼の厚いお仲でした。ナギ、ナミ様のご長男のヒルコ様が三才の時、海にさらわれてお亡くなりに為ったと聞いて、クニクル王はご自分の息子を亡くしたぐらいにお嘆きに為ったそうです。それが、ひょんなキッカケで二十五年ぶりに生存が確認された時、ナギ様は連合国の政の初代大王にクニクル王を抜擢し、依頼されたそうです。




