モモソビメ〈ヒミコが女王に成った時の最初の付き添い女性。今は父ナムチ「大物主」が侍らしている。ニギハヤヒ達も母(オオヒルメ)の霊代(たましろ位牌)を弔いに来ていた
シ-ンと静まり返った祠の中へ、ククノチが頃合いを身計らって入って来た。
老婆の横に座ったククノチを感じて
「ククノチ様‥、いったい私はどうしたら良いのですか‥?」
いろいろな事実を知ったからと言って、急に余計な行動を取ることも考えられず、この自分のまわりの事実が、自分にとって幸せなのか不孝なのかもさっぱり分から無いのだ。
「いや、イワレヒコ様、何もなさらない方が良いのではないですか‥、」
「しかし、兄上のニギハヤヒ様の件では、母は追い詰められていたのでは無いのですか‥、」
ククノチは反対側に座っているので、ニギハヤヒの反応は分からなかつたが、その辛苦が母の死を早めたのではないかとニギハヤヒを責めていたのだ。
「いえいえイワレヒコ様、女王様は七~八年前の高千穂での出来事で、西都原に帰られてからは殆ど床に伏せたままで、年が経つにつれて徐々に気力を失せられたように成りました。何と孫の〈イスズビメ〉様があちこち取り寄せた薬草で何年か生き長らえた状況でしたので、
都の出来事など一切知らされること無く身罷りましたので、ニギハヤヒ様の件は私どもにはよく存ぜぬことなのです」
すぅっと祠のなかへ、外にいた若者達が入って来る気配がした。
護衛の二人はニギハヤヒの横に並んで座り、イワレヒコの付人は後ろに左右に座った。それでも祠の中は余裕があった。
こんな広い洞窟の中で普段はナムチ様は、いや父上は〈モモソビメ〉様と二人っきりでお住まい為さっているのだろうか‥と、イワレヒコは目立たぬように周囲を観察した。
「おほほほ‥、」
モモソビメが、静かに口に手を当ててイワレヒコに笑みを送った。
イワレヒコはびっくりして目を反らそうとしたが
「日頃はこの【大物主】様は、ここから二百歩ほど登った小さな祠にお住まいですわ。この洞窟は護衛の者達や巫女達の寝所なのです
よ」
とイワレヒコに気遣って説明した。
「いや‥はい左様でしたか
‥、」
薄暗い中でも良く小さな動きが分かるもんだ‥感心しながらも、一様礼をした。
ククノチが入って来た連中に、自己紹介するよう目で合図した。
「我はホアカリと申します‥、」
「我はヒカハヤヒと申します‥、」
とニギハヤヒの横に並んで座った二人がイワレヒコに礼をしながら発言し
「我は〈タギシミミ〉にございます‥、」
「我は〈ミチノオミ〉にござります‥、」
と、イワレヒコの付人の二人が正面と右、左に頭を下げて自己紹介した。
我らがこの祠に着いた時、立ちはだかったあの男がホアカリと言う熱田(名古屋市)からヒルコ叔父達を追いやった武将なのか‥、イワレヒコは、今まで追い詰められたり、悩まされた原因が、全て今ここであからさまにされようとは‥、何だこの地(山)は
‥、女王様、オオヒヒ王様がこの結果を承知でこの大神山に行くことを勧められた訳ではあるまい‥、
何と言うことだ‥、いやいやそんなことより、母上が身罷り、実の父がナムチ様であった。そしてヒミコ女王が実の姉上だなんて‥
これから一体我はどう対処すれば良いのやら‥、
イワレヒコの頭の中は、
未だまとまりが付かず‥、
じっと今まで静かに皆を見守っていた父ナムチの言葉を待った。
しかし、口火を切って話し出したのはククノチであった。
「昔、私と大物主様がまだ十五、六才の頃
‥いや、これから簡略にナムチ様と呼ばさせて頂きますがナムチ様のお父上のナギ様に引きつられて、半島(朝鮮)の辰韓の首都慶州の港町から列島(日本)に
移住を決行しました。闇夜に紛れて大海(日本海)を横切るのですが、十五隻ほどの船団のうち後方の五隻が、潮の流れを乗り切る事が出来ずに、出雲の国に向かうはずだったのが、筑紫の玄界灘に流されそうに為ったのです。その時、五隻の船団の長として
引率していたナムチ様が、東の空が暗闇で少し赤く染まったのを見届け
「皆の者!あの空を見ろ‥
」
手を東に向けて、全力を振り絞って潮の逆流から抜け出す事を指示したのでした
。何とか周防灘に逃げ込み、半分の家人は【宇佐】へ、残りは日向の【西都原】に向かったのです」
「それは‥ヒミコ女王の生誕地〈宇佐〉と母の生誕地
〈西都原〉ということですね‥、!」
イワレヒコは、そんな話を今まで聞いた事が無かったので、緊張していた気持ちの呪縛が溶けたようにククノチを覗き込み、正面のナムチを改めて見直した。
ナムチはじっと眼をつむり、昔を懐かしむように、
何となく頬が緩んでいるように見えた。
イワレヒコだけては無い
。座に居る皆がククノチの話を一言も逃さぬよう‥楽しいお伽噺話を聞いて居るような、穏和な静寂を醸し出しているのが、ククノチには感じられた。
ククノチは話を続けた
「ナムチ様は、中華(中国)の〈秦王朝〉の末裔で
宇佐の首長として君臨していた〈ミナカミヌシ〉王の
ご慈悲を頂き。私めは、列島の南に位置する大国として列島の各地方からや南の
島々から、西都原国を目指し、古の何百年の前から移住して来た人々で溢れていました。当時のオオヒルメお嬢様の祖父であられるオオトノジ王は倭族の出で、曾祖父からの教えを守り倭人の王として列島の一角を占める存在に成っていました。原住民出の大国として
〈陸奥(むつ、青森市)〉の三内円山王に匹敵するほどの力を蓄え、列島の国々から交易を通じて、宇佐のミナカミヌシ王と共に、筑紫(九州)の東南部を支える偉大な王として崇められて居られました。そして、筑紫の北部は、半島(朝鮮)との窓口としての伊都国、奴国は弁韓王が牛耳ったり、倭族の長が弁韓人の
王を追い出したりしていたのが、この百年ほど前から
倭族の王が定着して来て、列島の国々をリ-ドして行ったのです」
「それで、伊都国や奴国には弁韓人の民達が大勢居られる‥、ということですね
」
初めて、ニギハヤヒが言葉を出して、ククノチの話に相づちを打つた。
イワレヒコは、ニギハヤヒとはかなりの年の差を想像していたが、声の質を聴く限り七~八才くらいの差ぐらいかと感じた。
「ニギハヤヒ様。オシホミミ一族は、殆ど弁韓出の倭族が多く、当時弁韓が辰韓に領地を再三略奪されて行くのをを憂い、王の縁者が弁韓に援護の派遣を懇願したが、当のオシホミミ王は、父の出雲国王ナギの連合国設立の要となる半島の拠点の確保を余儀なくされていたので、弟のスサ様に暗殺の指示を出したのです
。弟のミカハヤヒ王の息子として育てられている自分の子が、連座で処罰されるのを覚悟の上で‥オオヒルメ様はどんなお気持ちだったのでしょうね‥、そして
、伊都国の王にオオヒルメ様の息子ニニギ様を推挙したところ、オシホミミ王の縁者が全面的に後押ししたと言うのです。しかし‥、
オシホミミの親族は全員連座で処罰を受けた‥、というのにですぞ‥、」
「うぅ~~うぅ~~ううぅ‥
」
かすかな響きも、洞窟内では悲しい二重奏として響き渡った。
イワレヒコはチラツと左を見た。
三人のうち真ん中のホアカリは下に俯いたままだが、ニギハヤヒとヒカハヤヒは
、嗚咽を手で押さえて声を漏らすまいと必死であった。
イワレヒコは、ククノチの言う親族とはこの二人の事を言っているのだ。ホアカリは何らかの事情で同調者であったのだ。
自分とは違って、母の子として同じく【生】を受けてこの世に産声を上げたのに‥、
じっと、もう一度父ナムチに向き直った。
「ククノチ殿‥後は私が続けましょう」
今まで、表情も変えずに皆の話を聞いていたナムチが、初めて口をきいた。
ククノチは、はっとナムチを仰ぎ、思いっ切り頭を下げた。
そしてナムチは、右列に座っているニギハヤヒ達に言葉をかけた。
「お二人とも泣いては駄目ですぞ。ニギハヤヒ殿、そなたの母上はこの世の荒波を乗り越えて立派に生涯を貫いて来られたのです。その御前でメソメソしていては、母のオオヒルメ様が嘆き悲しみますよ。ホアカリ殿もヒカハヤヒ殿も、伯父のオシホミミ王を恨んではいけません。当時は伊都国を守る為に必死だったのです。時代の流れとはいえ、騙し討ちに合われたことは残念ですが、オシホミミ王も‥ニギハヤヒ殿の母上ももう【神】に成られ、今は貴男方や身内の方々をいつも見守って居られて、援助為さっている筈です。そのお礼に貴男達は、これからの人生をしっかり生き抜き
、生前のお二方の活躍に誇りを持って子孫に伝え、お護りして上げて行かなければなりません‥、」
通り一辺の慰めと励ましの言葉であったが、三人とも、ナムチ【大物主】からのお言葉を頂いたので、恐れ多くもという姿勢でづづっと下がり、両手と頭を土間につけ礼をした。
それを見てナムチは、お返しのように頭を下げ
「私としては、そのような言葉でしかお伝え出来ませんが、貴男方のこれからの活躍を期待して居ります。今宵はオオヒルメ様を温かく
お送りして、神に成られて
お守り下さるようお祈りしましょう‥」
「ううぅ‥、うう~~」
と、今度はククノチと老婆にイワレヒコが、オオヒルメの霊代を見ながら三重奏のように嗚咽を漏らした。
暫く静寂が続き、何を思い出しているのか、ナムチは横に置いてある霊代の方を見ながら、頬を緩ませているように見えた。
「叔父‥イヤ父上‥、!何か母上とのことで楽しいことでも思い出したのですか‥、?是非私めに母上との成り染めをお聞かせ下さい‥!」
イワレヒコは必死に為って、場も弁えず懇願した。
「まあ~~!」
と、今度は女性陣の二重奏だ。
しかし、ナムチはイワレヒコを真っ直ぐ見て
「長い話になるか‥、手短に話して見ようか‥イワレヒコ」
と、やんちゃな小坊主のように、ニコッと笑いイワレヒコに相づちを打った。
「大物主様‥、いけませぬ。それは成りませぬぞ。この祠の中で、下世話なお話しをされるようなことは成りませぬ‥、モモソビメ様‥、どうぞ、大物主様をお止め下され‥!?」
ククノチは、何か大事件が起こったように、ナムチの隣にいる女性に同調を求めた。
「まあ~~ククノチ様ったら‥、この三輪山が今にも崩れ落ちそうな慌てぶりね‥私もお聞きしたいわそのお話し‥、おほほほ~~お」
と口に手を当てて意地悪そうに笑った。
「大物主様‥、!」
モモソビメを諦め泣きそうな声で、ナムチに縋るように前に出ようとした。
それを見て、老婆がククノチの袖を掴んで
「いけませぬはククノチ様‥、大物主様のご意志なのよ‥、」
とククノチの耳元にそっと伝えた。




