アメノホイは関東で〈反倭人〉の気風が高まるのを危惧してフゲキ達を出雲に連れ帰った。ヒムココ(ヒルコの息子)が叔母のオオゲツを利用して熱田の倭人を追い出した為だ
「はい‥、もう稲佐の浜に着いております!」
家人のチヤンナミが喜び勇んで駆け込んで来て報せた。彼らは皆、十二、三才の頃旅立って行ったが、チヤンナミにとっては幼なじみ達なのである。丁度、ヒミコが女王に成った頃であった。
オオナムチの子達のヒカハヤヒは武蔵(むさし、埼玉県)から、トリナルミと
チルヒメ(タケミカズチの娘)は常総(ひたち、茨城県)から、そしてオミヅヌ
(フツヌシの子)は下総〈
しもふさ、千葉県〉からアメノホイは連れ帰って来た。もう皆三十才は遠に過ぎて子達まで授かっいたが、ホヒは彼らの身の安全を考え、敢えて実行した。
オオナムチは、妃のタギリビメを連れて稲佐の浜に向かった。
「おおぅ~~兄じゃ、良くご無事で‥、!」
少し白髪が増えていたが、相変わらず精悍さに衰えが見えない兄に思いっ切り抱きついた。
「おぅおぅ‥、オオナムチ、元気そうで良かったわい。これこれ、子供みたいにいつまでかぶりついておるのじゃ。あっはははぁ
‥、」
ゆっくり体を離して弟をじっと見つめた。
父王の〈タカムスヒ〉が十五年ほど前に亡くなり、妹の〈ナミ〉も早々とこの世を去ってしまった。おまけに、妹ナミのご亭主であった前の〈出雲国王〉であつた〈ナギ〉様は
、未だに失踪中と聞く。何処かでご存命であれば良いのだが、生きておられてももう出雲に戻って来れまい。この出雲国を弟は一人で背負っているのだ。そんな中で、ナギ様とナミの息子の、甥〈スサ〉殿が、出雲の各地に田畑の開墾や山林の整備に精を出しているので、オオナムチにとっては頼りがいのある甥に助けられて、大いに感謝しているに違いない。何とか自分も、これからは彼の負担を軽くしてやらねば‥、
「兄じゃ‥、何故、急に彼らを連れて帰って来たのですか‥、?」
オオナムチは、最初の疑問をぶつけてみた。
「おぅおぅ~~そうそう‥
そなたも聞いて知っておろうと思うが、八年ほど前に熱田(名古屋市)で倭人達がヒルコに追い出されたことがきつかけと成って、東や東北の各地で〈連合国〉に対して反発する‥、という風潮が高まってしまったんだ。それは〈反倭人〉とまでもいかなくとも、連合国の重鎮の子となると少し様子が違って来るのでは‥とワシは、ヒルコに頼んで少しその子らを里仁帰してはどうかと頼んだのじゃ」
「しかし、兄上が連れ帰った者達にも、もう番(つがい、夫婦)や子等を授かって家族が有るというのに‥、引き離して大丈夫なのですか‥、」
オオナムチは、事の事情が分かっていても、何か腑に落ちないものを感じて尋ねた。
「まぁまぁ~~貴男。皆様が疲れられていますよ」
タギリビメが、長旅で疲れ切った者達に笑みを送って、オオナムチの袖を軽く引いた。
オオナムチは、はつと気付き
「兄じゃ、済みません」
と、ペコリと頭を下げ
「皆さん‥、遠路はるばるご無事で戻られ、大変お疲れ様でした。さぁさぁ早く私の社に行きましょう。着いたらゆるりと休まれよ‥、」
オオナムチは、二十年前に旅立たせた一人一人の顔を懐かしそうに、慈悲を込めた笑顔で見つめながら、さぁさぁと右手で前へ指し進めた。
「オオナムチ王様‥、ありがとうございます!!」
息子のトリナルミを筆頭に、全員が幼い子供が家に帰ったように、声を合わせて礼を言った。
オオナムチもタギリビメも、遊びに行って今帰って来た子を向かえるように、うんうんと笑顔で返し先を急がせた。
「兄じゃ、先ほど皆に里帰りをさせたいということで
〈ヒルコ〉に頼まれたとか‥、」
稲佐の浜へ行く途中で皆と出会った時に、アメノホイにぶつけた疑問を続けた。
社に着いて皆がくつろぎ出したのを見て、ホヒから話があると思っていたが、あれからずっとホヒは言葉をかけて来なかったので尋ねてみた。
「う~~んそうなんじゃ。あの時(熱田での出来事)に、倭人を追い出そうと民達を煽動して指揮をしたのは、ヒルコの息子の〈ヒムココ〉だったのじゃ」
「すると、ヒルコはそこまでは考えていなかったのですね‥、」
「そうじゃ‥、ヒルコは自分はフゲキであり倭人でも
ある。とても、そんな馬鹿げたことを想像だにせんだろう。只、姪のヒミコ女王には、東や東北の地域は、まだ未開発の地域が多く、連合国に参画するには時期尚早であると説得する積もりであったのだ」
「それでは何故、息子のヒムココは、そんな過激な行動をとったのでしょう‥、
?」
「熱田(名古屋市)や越(こし、北陸)は、東や東北の玄関口で有り、その地域の連合国が今より益々力を携えてきたら、自ずと未開発の地域にも、連合国参画を
強行に申し出てくる筈だと
、ヒムココは父のヒルコに
その危機感を訴えたんだ」
「ヒルコは‥、それを承諾したのですか‥、」
「いや、ヒルコは頑として受け入れなかったのだが、ヒムココは父親の考えでは
連合国に押し切られてしまうと焦って、熱田の民達の説得に駆けずり回ったと聞いておる」
「しかし兄上‥、ヒムココにどれ程の説得力があるか
分かりませんが、熱田の民達を動かせるとは思いませんが‥、おまけに熱田の倭人は、周辺の地域の村々にいる倭人の民達を率いる力を
持っていると聞いておりますよ‥、」
「そうなんじゃ‥、父のヒルコの同調無しでは勝手に動けぬはずじゃったが‥、
ところが、熱田には或時期
から、四国の民から〈田畑の神〉と崇められている〈オオゲツ〉という女性が
、ヒルコの依頼で来ていたらしいのじゃ」
「ええ!オオゲツですって
‥、!?」
「そうなんじゃ。我らの妹
の〈トヨウケジ〉の娘じゃよ‥、」
「ええ‥、それは本当ですか!!本当にオオゲツが熱田に来ていたのですか‥
!?日弥呼女王の親友ですぞ‥、!」
「ヒルコから見れば、母親の〈ナミ〉の娘じゃから従妹ということになるじゃろ。ヒムココにとっては叔母に当たるのじゃが‥、そのオオゲツが尾張
(おわり、愛知県)の民達を説得し始めたのじゃ」
「ええ‥、何と!オオゲツが、ヒムココに同調して、
倭人を追い出しにかかったのですか‥、!?」
「オオゲツは三~四年かけて、尾張の村々を駆けずり回って、田畑の土壌の改良や将来にかけて川の流れを変える方法を教えたり、溜池の必要性を説いたりして、尾張の稲作や畑の収穫が目に見えて増えていった
そうじゃ。四国の〈田畑の神〉と言われるだけあって
、尾張の民達の信頼も厚か蔦ったのじゃ」
「‥、、?」
「どうしたオオナムチ
‥、?」
「‥?いや~~しかし、それでも納得いきません!」
「オオゲツも身内のこととなると、手助けしたくなるのは致し方ないのでは‥」
「でも兄じゃ‥、オオゲツは、日弥呼様が連合国の女王に成った際、大和や河内の田畑の改良などに勤め、
大いに〈連合国〉の為に、
日弥呼女王の元で貢献したと聞いております。いくら
倭人が中心であっても、この列島(日本)の将来を考えて政策を推し進めている
日弥呼女王の思惑を、充分
理解して協力していたのではなかったのか‥、それを考えると、どうしても当時の〈熱田〉でのオオゲツの
行動は、不可解としか思えないのです」
「其れはそうじやが‥、オオゲツにとって、もうただ
の身内では無く為っていたのじゃ」
「‥、‥、?」
「ヒムココとの間に、二人も子を授かっていたのじゃ
」
「ええ‥、!?」
オオナムチは、口を開けたまま、目を丸くして、気まずそうに自分を見つめている兄に‥、信じられない
‥、と訴えた。
暫く沈黙が続いた後
「確かにオオゲツは、幼なじみで親友の日弥呼女王の考えに理解はしていたが、今の列島の情勢や多種多様な民族や種族を抱えて、連合国が全てを統合するのは
困難であろうとオオゲツ風に考えていたらしい。日弥呼女王が一人でいくら頑張っても、統合するのはまだまだ時間がかかるはずだ‥、と。従兄のヒルコの
言う時期尚早だと言う考えには同調しているが、連合国が大和~筑紫
(九州)や韓国の一部を整備している間に、東や東北の地域を出来るだけ早く〈西〉に追い付けるように、各国を統合して行かねばならない‥、と」
アメノホイは、オオゲツの考えに同調しているかのように静かに言った。
「すると兄じゃ‥、連合国のような組織を東や東北の地域にも作っていこう‥、と言う考えで‥、」
「いや、そうでは無いと思う。そちらの地域で力をつけていった国は、いつでも
日弥呼女王率いる連合国に参加したら‥、と。列島を二つに分けるのでは無く、各国が力をつけて徐々に西の国々に負けぬよう近づけていくことだと思う。東や東北の国々は、牽制し合うのでは無く、西の力を借りてでも、己の国々を西の国々に引け目を持って接する事の無いよう、互いに力をつけて行って欲しい‥、と言うことではないか」
「‥、何か、オオゲツの考えと言うより‥、兄じゃが
そうなって行って欲しい‥、と言う風に聞こえますが‥、」
オオナムチは、ホヒが段々熱を込めて自分を説得して来ているので、自然に笑みを浮かべながら答えた
。
「あっははは‥、そうかそうか‥そんな風に聞こえるか‥、そうじゃのう~~我の願望か‥そうじゃのう‥、」
ホヒもうんうんと頷きながら‥、果たして、オオゲツが、本当に今自分がオオナムチに話したような考えを持って行動したのか不確かなので、ニタツと笑ってオオナムチに返した。
「ところで兄じゃ。最近、連合国側が熱田を取り戻し
たという報告が入っていますが、ご存知ですか‥、?」
「いや、一月ほど前に越(こし、輪島辺り)に着いた頃、その国の
倭人の王に聞いてびっくりしたが、越からもかなりの倭人が、熱田に戻っていると言っていたので安堵していたのじゃ」
「取り戻したのは、日弥呼女王の指示でしょうね。伯父と戦つてでも熱田は取り戻したい拠点ですからね」
「いや、それはそうでは無いらしいのじゃ」
「と申しますと‥?」
「ニギハヤヒという、西都原の女王オオヒルメ様の身内の者が、独断で決行したと聞いておるよ」
「ええ‥、!日弥呼女王やオオヒヒ王の許可なく、ヒムココと戦った‥、と言うことですか‥、!」




