十七~八年前、部下を皆殺しにされた馬韓のヨンギジヨン(将軍)が高千穂で養生しているオオヒルメを「日蝕」を利用して暗殺する為高千穂へ向かった
イワトワケはこれ又、母親代わりのタマヨリに励まされて姿勢を正し、
「いや、皆様‥恥ずかしい所をお見せして申し訳ありません。実は、トヨウケジ様や叔母上のおっしゃっる
通りでございます。皆様にも私がホセリ王様から申し出があった、孫娘のイナヒ様との結婚を承諾したことをお伝えしましたが、この度の高千穂行きに、どうしても彼女を連れて大叔母様にお会いさせたかったのです。ククノチ様やトヨウケジ様のご尽力で、この西都原を大伯母様の不在でも、
遜色ない国づくりにご苦労されて作り上げて来られた
のを見て深く感謝しております。不肖の
私が言うのもなんですが‥
嫁をもらって何とかこの西都原を守って発展させて行きたいことを、大伯母様に
ご報告して、跡をつがせて
貰いたいと願い出る積もりです」
と一気に喋って、ほっと息を継ぎ、叔母のタマヨリに笑みを送った。
タマヨリが嬉しそうに笑みを返した。
その光景に呼応するかのように、拍手が厳かに鳴り響いた。
イスズビメ達が日向から高千穂へ向かう二日ほど前に、八代から吉野ケ里へ通じる街道を十人ほど、軽装の集団が手に鍬のようなものを布で包んで持ち、何かに追われるように
松橋(熊本県)から高千穂へ入った。
「皆の者、急がねば間に合わぬぞ~~」
「はい承知しております
‥、皆、頑張ってくれ~~
三日後には〈日〉が隠れる
のだ‥!」
次席の者か、後ろを振り返って皆を激励した。
ヨンギジヨンは最近、十七、八年ほど前に西都原で
部下を皆殺しにされたと聞いていたが、その中でもどのようにしてかいくぐつた
のか、二~三名の馬韓兵が
、奴婢二人を連れて生き延び、高千穂の三田井辺りで
細々と暮らしていると聞いた。
ヨンギジヨンに取って、
過去の苦い屈辱など思い出したくもなかったが、その者達の便りによると、西都原の女王オオヒルメが高千穂の岩戸に、この十年こもりっきりであるとの話も混じっていた。
済州島〈(チェジュドウ
)朝鮮半島最北端の島〉か
ら八代の馬韓の民達の村々
へ、田植えの応援に来ていたヨンギジヨンは、その話を聞いて一瞬悪夢が蘇った
ような幻覚に襲われた。数
十名の部下達が呪うように
恨めしげに自分を見下ろし
ているのだ。ヨンギジヨンは、思いっ切り何度も何度も頭を振ってその眩惑から
逃れようとした。暫くして
すぅ~と亡霊は消えたが、
今度は胸が息苦しく為ってしゃがみ込んでしまった。
「う~~ん」 痛みも走った。
「頭~~!どうか
されましたか‥、?」
側にいた部下が驚いてヨンギジヨンを抱え込もうと
した。
「触るでない‥!暫くこのままにしておいてくれ‥」
部下は慌てて手を離し、心配そうに頭を見た。
周りの者達も、何が起こったのか近づこうと寄って来た。側にいた部下が頭を振って皆を遮った。
数ヶ月前から新月(満月
)の動きがおかしい‥、と
済州島にいる頃、暦学者からヨンギジヨンは聞いていた。
四年後の予定の「日蝕」が
今年に為ったようだ。不吉な事が起こる前兆として
「日蝕」は人々から恐れられていた。
ヨンギジヨンは、あの幻覚は我を奮い立たせる機会を与える為に頭をよぎった
に違いない。何度も死に損なった我に、最後の場を与えてくれたのだ。
「よぉ~~し‥、この機会を逃してなるものか‥、あの憎しも憎しオオヒルメに
一矢を報わねば、犬死にした部下達にあの世で合わす顔が無いわな‥、!」
急に立ち上がって大声で
叫ぶ頭のヨンギジヨンを見て、周りの部下達は何が起こったのか、目を白黒させるだけであった。
「困ったわね‥、日が隠れるまで〈岩戸〉に着けそうも無く為ったようね‥」
五十鈴川沿いから、難所を何とか乗り切って五ケ瀬川沿いの陸路にたどり着いた時、トヨウケジがぼそっと呟いた。
「小母様‥日が隠れるって
どういうこと‥!それに、
その日までに大伯母様に会えなかった
ら、どうして困るの‥?」
トヨウケジの後ろから見守るように山を乗り切って来たイスズビメが、不思議そうに尋ねた。
女性達は皆、髪の毛を後ろに束ね、服装は貫頭衣(かんとうい、ワンピース)を太ももから下を切り落とし、腰にはヒモを巻いていた。下は男性用のズボンを少し幅広く取って、足首を縛っていた。山登りに
必要な虫除けと滑り落ちた時の安全策の為だ。
トヨウケジは、以前「日蝕」についてオオヒルメから話を聞いていた。暦の研究で勝れている中国からの
話では、二十九年の周期で「日蝕」は起こっているらしい。前回は二十五年前に
起こっていた。今回は四年後ということになる。
「日蝕」は、地域地域に寄って「部分日蝕、金環日蝕、皆既日蝕」という形で
見ることが出来る。だから
、日蝕というといつも日(
太陽)が全く消える訳ではない。しかし、どの種類の日蝕に出会っても、寸刻昼が夜のようになってしまうのは変わりない。
トヨウケジは、一ヶ月前
の新月(満月)の動きがどうもおかしいと考えていた。
日と月の運行のことは詳しくは分からないが、月が
余りにも日(太陽)に近づきすぎているのだ。
そもそも明るい太陽が次第に欠けて消えてしまう日蝕は、一般に不吉な出来事とされている。
「オオヒルメ様は大丈夫かしら‥、?」
と、又ぼそっと言った。
皆を不安がられてはいけないので小声になる。
「ねぇ~~小母様‥どうしてなの。どうして御祖母様が心配なの‥、?」
イスズビメも気を利かせて、トヨウケジの耳元にそっと近づいて小声で答えを
せかせた。そろそろ日暮れに成るので、それぞれ寝床を確保せねば為らない。
トヨウケジ女性陣の為に
兵士達が小さな平地を確保してくれた。奴婢達が米を焚き三十人ほどの食事の支度に忙しく立ち回っていた
。
「ねぇ~~イスズ‥もうすぐ日が落ちるわ。イスズ、
日の周りをじっと良く見てご覧」
イスズビメが慌てて空を見上げた。
西日が地平線から落ちかけ
ようとしている。寸刻じっと見上げていたが
「小母様、日の周りは雲が
所々有るだけで何も見えないわ」
トヨウケジは答えず、黙って深刻な目付きで食い入るように見つめている。
イスズも仕方なく、雲に邪魔されて一部欠けたりしている日を見つめていた。
突然
「小母様‥、!お日様の近くにお月様が居るわ!?」
イスズビメはびっくりして声を上げてしまった。
「しぃ~~」
トヨウケジが、イスズビメに人差し指を唇に当てて
ニッコリ笑った。
回りの者達がびっくりして此方に向いていたが、トヨウケジが笑っているので、皆も笑って元に戻った
。
太陽を横切っていた薄い雲の先に、うっすらと新月
が映っていたのだ
「そうよ。あの月が明日か明後日にはお日様の前に来るものだから、昼間なのに
寸刻夜に為っちゃうのよ」
「ええ~~!そんなことがあるの!!」
又、声を上げそうになったので、イスズは慌てて両手で口を押さえた。
「それで‥、オオヒルメは、洞窟(岩戸)で何年かけて何をしているのだ‥、
?」
高千穂の国見ケ丘に着くなり、ヨンギジヨンは元部下であつたヨンガンに不思議そうに尋ねた。
「いえ‥、私も存じておりません。近辺の村の者達が
、西都原の女王が来なさったということで、当初は土産の品を持ってご挨拶に伺ったのですが、一切面会には応ぜず岩戸の近くで追い返される始末だったようです。最近、私の息子のヒヨンインも行ったのですが、相変わらずの状況だったと
聞いております」
「難病に冒されている‥と
いうことか?」
「はい‥村の者達はそう噂しているのですが、はっきりしたことは分かりません」
それを聞いてじっと、ヨンギジヨンは腕を組考え込んでしまった。
ヨンガンにとって、ヨンギジヨン達の来訪は晴天の霹靂であった。
兵士であった以前とは違い、厳しい目付きは影を落とし、平凡な民百姓として
暮らして来たのが身に染み付いているのだ。
あの時(十七~八年前)、従弟のチュンナミと
伴に気の合った奴婢を連れて兵舎から離れていた。四半時(三十分)ぐらいして
戻ろうとした時、突然兵舎
から火の粉が上がった。と
同時に弟のユンミんが両脇に荷を抱えて息を切らして
かけ登って来た
「兄じゃすぐ逃げて下さい
!!」
と小声ながら怒鳴って荷を
手渡そうと走って来た。
「西都原の兵士達に夜討ち
をかけられ、全滅寸前です
」
ヨンガンとチュンナミが急いで兵舎に戻ろうとした。
「兄じゃ、もう間に合いません。この者達(二人の奴婢)を連れて逃げて下さい
!」
状況を察知したのか、ヨンガンとチュンナミは顔を
見合せ、頷き
「お前も来い‥、!!」
ヨンガンは有無も言わせ
ず、ユンミンの腕を掴み山を駆け上がった。
チュンナミも二人の奴婢の手を思いっきり掴んで、
ヨンガン達の後を追った。
あれから必死の思いで、
何とか生き延びて来た。村の民達も新参の我々に、最近では気を許すようになり
、今は、子供達六人も成長し、何人かは嫁ぎ先や嫁選びの話もちらほら出ている最中だと言うに‥、何故、
将軍は今頃に為ってオオヒルメ女王の居る高千穂まで来たのだ
。まさかこの人数で襲おうと言うのか‥、まさか‥、
!? それに、ヨンギジヨン様は、私達が十七年ほど前に現場から逃亡したことについては、一切問い詰めて来ないのはどうしたことだ。
ヨンガンが、過去の経緯
(いきさつ)や現在の生活や不安、ヨンギジヨンらの
思惑などが、一瞬卒塔婆の
ように駆けぬくなか
「ヨンガン殿‥護衛は何人ぐらいでお守りしているのですか?」
顔の知らない次席らしい男が尋ねた。
「そうじゃな‥、数ははっきりしないが十人ほどでは無いかと‥、」
平静さを装ったが、ヨンガンは絶望の淵に立たされたように、自分の運命を呪っていた。




