ヒミコ女王は、中華の使者を筑紫からヤマトの航路を瀬戸内海を通さず、出雲航路に限定する。そして、暫く〈政〉から離れ〈天文と霊魂〉との繋がりについて、時を費やした
[もう~~ヒルメったら‥
]幼い頃から変わらぬこの手のヒミコの誘うよいな笑みに、ヒコミコは何度も鎌をかけられ、ヒミコの本性をはぐらかされていたのだ。
「それでも〈ヤマト〉へ行きたい‥、と申し出られれば‥、?」
ヒコミコは、今度はそうは行かぬぞ‥と笑みを返しながら、突っ込んでみた。
「まあ~~ヒコミコったら
‥、!」
ヒミコも、ヒコミコの変化に、ちょっと意外さを感じたのか、思わず友言葉になった。
「もし、そういう申し出があっても、〈ヤマト〉へは
行かさないわ。中華の者達に、列島の首都を案内する訳にはいかないの。首都が、中華から意外と近い場所に有ると分かれば、近き将来だけでなく、
行く末までこの列島に危険が迫るわ。先々子孫の為にも、私達はその手立てをして置かなくてはならない‥
と言うことです。今の時点で言えば、この宇美の里からヤマトへ行くには、船で出雲まで行って、陸路でヤマトへ行く‥というル-ト
にします。約二ケ月はかかるでしょう。決して、内海
(瀬戸内海)のル-トで案内しては駄目です。往復にすれば、〈帯方郡〉へ帰れるのは半年先に成ります。
使者が春に来れば、帰りは厳寒の冬に成りますので、
使者はそのような無謀な申し出はしない‥ということ
です。又、使者に伝える列島の全容は、全て南に広がっているかのように、理解
してもらえるのが、最大の防備と為ります。水路に頼らざるを得ない列島の制覇は、どのような権力者が将来出ようとも、考えも付かないでしよう」
じっと静かにヒミコの熱弁を聞いていた座の者達は、次第に顔が引き締まり、話の一言も聞き逃さぬ
とばかりに、真剣な目付きに変わっていった。
何と深遠な読みの深さと
、決断力であろう‥、座はシ-ンと静まり返った。
少し間を置き
「ハコクニ様‥近くの国々
で〈巫女〉に成った〈フゲキ〉の者達で、都合が取れるなら〈この宇美の里〉に
呼んで頂けませんか‥、出来るだけ多い方が良いのですが‥、」
急に依頼された意味が分からず
「女王‥、何か思惑がお有りで‥?」
「ええ‥これはあくまでついでに‥というのは何ですが、連合国が女王国である‥という裏には、政(まつりごと、政治)はあくまで、男王が仕切っていることを、使者に印象付けたい為にですわ‥、」
「と言いますと‥?」
まだハコクニには、ヒミコの真意が理解できない。
「私が、祭事だけを司っている巫女だけで有れば、使者も良からぬ疑念に惑わされることは無いと思うのですわ」
ハコクニはうんうんと頷き
「ははあ~~そう言うことですか。中華(中国)のような男尊女卑の国では、女性が王に成るような国を軽んじる恐れがある‥、と言うことですね」
「そうですわ‥ハコクニ様。公孫度王は、〈仲裁〉に入った私だけに興味有るだけですわ‥、列島を攻撃しようという気は有りませんし、どんな女だ‥小賢しい!‥と、そういうことではないですか‥うふふ‥」
皆、どっと笑った。
「ええ~~曹操軍が大敗したと‥、!!それは真実ですか‥!?」
「劉備と孫権が同盟を結んで、長江(揚子江)の下流地帯の〈赤壁
という所で、曹操軍を撃破したそうです。去年の十一月二十一日と聞いております」
「何と一日で‥!劉備と孫権が組んでも、曹操軍は何倍もの兵力を持っていると聞くのに、一日で大敗ですって!!何故なのホホデミ様‥、?ナンシヨウメからは、その〈赤壁〉での戦いの詳細について報告はあったのですか‥、?」
「はい。真相は定かでは無いですが、確かな情報をナンシヨウメ殿は得て、報せて参りました」
「そうですか‥、曹操ともあろう方が何故に‥!?」
「呉(ご、孫権王)の軍略家〈周喩〉が
策を巡らし、操曹を油断させたとのことです」
「ええ~~どのような!」
「曹操の軍船が〈赤壁〉前に浮かぶ小島の回りを、大小三百隻ほどの大軍船団が取り巻いて待機させていたのを、それを重鎮(孫権の)が〈呉〉の百隻ほどの軍船を威圧する為に、一列に並ばせ、風に流され無いよう、全ての船を繋げさせたのです。そして、もう一人の重鎮は、藁を積んだ火舟二十隻を〈兵糧船(食料舟)〉と偽って曹操船団に
火をつけて突っ込ませると
いう策を計ったとのことです」
「まぁ~~そのような策を、どうして曹操が見破れなかったのかしら‥、!」
「一つは、呉の重鎮二人を
、操曹が信じ込まざるを得ない策を〈周喩〉が計ったこと。それに、東風、南風は〈冬至〉に入った短い期間に、稀にしか起こり得ない常識に反して、〈東南の風〉が吹くことを狙った策だったのです」
「そんなことが‥、周喩が
予想出来ていたと‥、!」
「いえ‥周喩の予想ではありません。劉備の軍師〈諸葛孔明〉と言う者が、周喩
に、必ず自分が〈東南の風〉を十一月二十~二十二日の三日間吹かせます‥、と約束したのです」
「それで‥、!」
「二日目の十一月二十一日
に見事〈東南の風〉が吹き、周喩はそれに合わせて
、一斉に策略どうり攻撃して、慌てふためく曹操の大軍を打ちのめした‥、と」
「ええ‥、?〈東南の風〉を呼び込んだですって‥、
[奇門遁甲]の術を〈諸葛
孔明〉という方が使ったの
ですか‥、!?」
「いやいや‥女王は[奇門
遁甲(祈祷によって風を吹かせ、又、雨を降らす)]
という難しい〈術〉をご存知でしたか‥!?」
「~~‥!」
ヒミコは、両手を組み、胸に手を当てたまま、じっと目をつむり沈黙に浸った。
ホホデミは、彼も又、じっとヒミコが目を開けるのを待った。
ホホデミは、ヒミコの世界は理解出来なかったが
、今までの女王としての生き方に、何らかの悔いがあったのでは‥、と。
ホホデミの話を聞き、ヒミコは[確か、昨年の十一月二十日は〈甲子〉の吉日だわ。〈孔明〉と言う方は、山に登り身を浄めて、風を呼ぶ為の祈祷をしたに違いない。その為に〈七星壇〉という祭壇を築かせ、壇の周りに〈二十八宿〉の星を描いた旗を建てさせたのだわ。でも‥かなりの霊力の強い人でないと‥、成功しない筈よ‥、]
〈七星壇〉とは、日(太陽)、月と惑星(水星・金星・火星・木星・土星)の七つの星。そして〈月〉の地球を巡る一周期間は、満ち欠けを通して二十八日掛かる。その日その時の〈月〉の位置が、星座から見て、日々移り変わるので〈二十八宿〉と名付けて占いをした。
その占いを[奇門遁甲]
の術と言い、日々の一つ一つの〈主力星座〉の動きと
、他の星座との相関関係を研究しておかなければ、その術は使えないのである。
ヒミコは昔、母の祖父ミナカミヌシに
〈星占い〉について教わっていた。当時は、それほど
自分には役立つ教えとは
思わなかったし、奥が深そうで、修行してまで身に付けたいとは思っていなかった。ミナカミヌシは、その術(奇門遁甲)は驚くごとに、生まれた〈年・月・日〉が分かれば、その人の
〈性格や運命〉を推し量れ
る、とおっしゃっていたわ
‥、でも、〈風、雨〉を呼び込むとなると、かなりの
強い〈霊魂〉を携えていなければ出来ない難しい術だ
‥、それを〈孔明〉という方は出来るのだ‥、]
ヒミコにとって、〈女王
〉になって以来、〈霊魂〉の強さはそれほど衰えては
いなかったが、余りにも
現実の政(まつりごと、政治)の煩雑さに、日一日が
費やされ、自分の本来の生き方、使命が混沌としているのに気が付かなかったのだ。
今の自分の立場からして
、自分の使命は、王となってこの列島を支配する事で
奔走してはいけないのだ。
自分の為すべき事は、この列島に起こる様々な〈天〉に寄る怒りを予知し
、鎮めさせる方法
を霊感によって感知し、民達の不安を取り除くことに
有るのだ‥、と。
それでも‥しかしだ‥
〈天〉の怒りを鎮めるには
、天の確かな動きを知って
置かなくてはならない。
ヒミコは、今までそのことについて余りにも無頓着
で有りすぎたのを恥ずかしくもあり、情けなくもあり
自分に対して自然に怒りをぶっつけて、涙が溢れて来るのであった。
涙も拭かず、そっと目を開いた。
そこには、心配そうにじっと自分を見つめるホホデミが映った。
ヒミコはニッコリ笑って
「どう為されたのですか
‥、ホホデミ様‥!」
と、自分を取り繕うように
、優しく声を掛けた。
「いや、〈女王様〉のお悩みを、私も少しばかり和ら
げるお手伝いが出来たらと
‥、」
「いえ、飛んでも御座いません。わたしなど‥」
その時、部屋の外から女官
が慌てるように
「女王様‥、〈アメノホヒ
〉様から急ぎの〈お文〉が
届いております」
ホホデミは、話が途切れたのに構わず、女官から〈文〉を受け女王に手渡した。
「ええ!〈ヒルコ伯父様〉が熱田(あつた、名古屋市
)の〈連合国〉推進派の〈
倭人〉達を追い出したですと‥、!?」
〈ホヒ〉の〈文〉を読みながら、驚きの声を上げ、読み終えると静かに〈文〉を
置いた。
「ホホデミ様‥、皆様を呼んで下さる」
皆様とは、クニクル王を
始めとする〈ヤマト〉の重鎮達である。
それから十年、〈政〉は
〈クニクル王〉から息子の
〈ヒコオオヒヒ王〉に継がせ、ヒミコの弟〈イワレヒコ〉をヒコオオヒヒ王に預けて、自らは〈天文と霊魂
〉との繋がりについて、時を費やした。
「第一章・・・完」




