ナムチ、三輪山に拝山す(2)
「オオナムチ殿、妻子を因幡(いなば、鳥取県)の宇佐に住まわせているとか‥?」
「はい。因幡には同族の宇佐族(出雲族の亜硫)が居まますので、妻のヤカビメも何かと便宜で安心かと‥、」
「そうですか。ヤカビメ様は越(こし、石川県)の玉造族の王の姫様でしたね‥、それでオオナムチ殿、どうかな‥?今まで越においでじゃたが、出雲に暫く留まってはくれまいか‥?」
オオナムチは、ナギの魂胆がよく分からなかったが、その真剣な眼差しをじっと見て、ニコッと笑い
「ええ!ええ~~ええ~承知しました倭王様‥、!」
その言いぐさに一同どっと笑った。隣にいた長男のアマノホヒが、笑いながら今度は自分の役が回って来たとばかり
「オオナムチが越から抜けますと、丹後と能登の線が危うくありませんか‥?」
「よくおっしゃってくれた
、ホヒ殿‥、!」
ナギはにこにこしている。皆が、自分のこれからやろうとしていることを理解して来ているようだ。
「ホヒ殿、但馬から輪島へ、そして姫川(富山県)の線の海上ル-トを調べて,今後の対策を練ってはくれまいか。こちらからは、但馬にハニヤス、輪島にミカハヤヒ、姫川にはオオトマトとイワサクをおいて後事を託すのです。そしてホヒ殿‥、!その後、申し訳ないが武蔵(むさし、関東)の様子を探ってくれまいか‥!?」
ナギの顔が急に懇願の眼に変わった。
ホヒは頷いた。やはり、どうしても懸念しておられるのだ。ヒルコを捜すことを。
「承知しました、ナギ様‥、!」ナギの意を捉えてホヒは力強く返答した。「ヤツカ殿‥ワタツミと一緒に,先ほどの海上ル-トの続きの確保に走ってくれまいか。筑紫方面の石見(いわみ、島根県西部)にはフツヌシ、長門(山口県)にはハヤアキツヒを常駐させておくので、これらの海上ル-トは、有事(ゆうじ、事が現実に起こる)
を前提に置いて準備してくれぬか‥、!」
ナギの信頼する精鋭者達を各所に配置し、矢継ぎ早に指示が飛ぶ。
「はい!ナギ様‥、!」
ヤツカは、この出雲もこの列島の国造りも、これからは倭人達が中心となっていくのが一番良いことだと理解していた。
アマノホヒとヤツカは、皇后の子達[ナミ・オオナムチ姉弟]とは腹違いの兄と弟であったが、父のタカムスヒ王の時代になって,従来の出雲のやり方では、この列島がとんでもない方向に陥り兼ねない不安を感じ始めていたのだ。
ナギが同列の先の方に眼を向け
「ところでナムチ‥、葛城(奈良県、かつらぎ)にて異変が起きたと聞いたが‥?」
「はい父上。スクナビコからの報告で、急ぎ父上に連絡したのです」
「スクナビコ‥?それで彼は何と‥、」
「スクナビコとはどこで会ったのじゃ‥、!」
タカムスヒは驚いて尋ねた。スクナビコはタカムスヒの息子だ。
「いえ、昔慶州から出発して父上の船団から離れた時に、宇佐に行けという指示にて宇佐に向かったのですが、周防灘で迷い、難儀して海上をうろうろしているときに、スクナビコが誘導してくれたので無事に宇佐に着けたのです。それから二人で各地を巡る連れとなった人ですが‥?」
「ああ~~ああそうですか。あれは私の末息子です。何とも正体がつかめず、年頃になって一人で出て行ったままだったので、消息が掴めず気にはしておったのですが‥ナムチ殿とご一緒だったとは‥!?」
「しかし、その頃からもう
十年以上過ぎている。ナムチ、何故スクナビコ殿が葛城に‥?」
「はい父上、そのことは後でお話します。私もその頃は十六歳でしたし、女子にも興味があつた時です。姉上のツクヨミを貰ったのも、スクナビコが[そなたを護れる女子じゃ]と言ってくれたからです」 と兄すさの横に座っているツクヨミを覗きながら答えた。
ツクヨミもチラツと横を向いて、不思議そうにナムチの話を聞いているスサ越しに、ナムチに微笑んだ。
「筑紫の宇佐には,奏族(しんぞく、中国奏王朝事の末裔)のミナカミヌシ様がお居でじや‥、! それ‥、先のナムチの話は以前聞いた時は、ナミと一緒にびっくりしたが逆に喜んだものじゃ。あの時には,そなた達五隻が玄界灘を乗り越せんと思って、スサに弓を射らせたが‥、しかし、無事に宇佐に行かれて良かったわな‥、!スクナビコ殿のお陰じゃ‥、!」と タカムスヒに何となく礼をした。
「父上、私はその時には何故宇佐なのか良く分からなかったのですが、ミナカミヌシ様には良くしていただき、ツクヨミとの結婚も喜んでいただきました。でも私は、小さい頃からの父上の教えを列島に来て果たして行かねばと、ヒルメが生まれてまもなく、ツクヨミと曾祖父のミナカミヌシ様に、自分の求めている生き方を説明しました。そして、宇佐を離れたのです‥、!」
「おお‥!!」ナギが驚きの声を発した。
「ツクヨミを連れては行かなかったのか‥?」
ナムチはこくりと頷いた。
「ミナカミヌシ様は、その時何とおっしゃった‥、」
ナギは運命の悪戯を呪った。時を超えて、又息子も同じ事を繰り返していたのだ。
「いえ、ミナカミヌシ様は、父上の気持ちのことを良く知っておられました‥、」
父の余りにも激しい落ち込む、同情するように答えた。
「おっしゃっるには,父上達倭族は、この列島の食料難を確保し、人心の乱れを立て直し、韓・漢の進んだ文明より、その遅れを取り戻そうとしている。今は、出雲を中心にしているが、いずれこの列島全体を良くしてくれると信じている‥!!」‥、と
「うう‥、!」
ナギは、下に顔を向けたまま、両手の拳を握り、嗚咽を漏らしていた。
一同、ナギの突然の異様な変容に驚いて振り返った。が、少々声を詰まらせながらナギがしやべり出したので、安心して静かに聞き入った。
「昔、自分が若かりし頃。父のトコタチの指示で、出雲から筑紫へ、筑紫から日向、宇佐へ出雲の教えのもとでの巡礼をしていた。日向ではオオトマベ(オオヒルメの母)、宇佐ではナキワサメ(ツクヨミの母)と契りを結んで子まで授かった。しかし、それぞれそこには居座れなかった。自分は勝手で卑怯だと思ったが、ここで留まっては望みは叶えられない。種を蒔いたまま逃げるように、この両地とも去ってしまった。あと伊予(愛媛県)から葛城に回った。そしてこの葛城に来て、この列島の造り(日本列島の構図)がおぼろげに見えたと思った‥、!それが、自分の若かった頃の生き様だったのだよ」
自分の過去の決断を詫びるように,皆に披露した。
ナギ気を取り直し
「で‥、今葛城に異変が起きたと‥?」
ナムチに眼を向けた
「スクナビコ殿は、どういう報告をそなたにしたのじゃ‥、!」
ナギが話を戻してくれたので、ナムチは体を乗らした。
「その頃、私は初瀬(奈良県桜井市)で三輪山の神に仕えていました。スクナビコはその間、一人で葛城の各地を巡っていました。稲作の改良の手ほどきをしたり、薬草の作り方を教授したりで、どの村に行ってもなかなか手放してはくれなかったようです。朝日香から御所、磯城を回って王子に向かい、春日から巻向に向かう途中で磯城に異変が起きたことを知らせてくれたのです。そこで今、彼の報告を私ナムチが〈語り(かたり、物語風に伝える〉にてお伝えしたいと思います」
一同シ-ンとなり、ナムチの語りに耳を傾けた。眼をつぶつてナムチはその〈語り〉を始めた。