ヒミコ女王は、交易船が阻まれているのを打開する為公孫度王を説得する為ナンシヨウメ達を帯方郡へ派遣
「うん、それはそうだが、
ナンシヨウメとは昔から仲が良かったし、ナンシヨウメは半島に渡ってから、ずっとヒミコ女王と〈文〉の遣り取りをしていたので、
その情報の確認を内密にしておきたかったんじゃないの」
「ふ~~ん、それにしてもごゆつくりね‥、」
タキツビメは、いくら内密の確認でも、男と女だし、情の交換でもしているのかしらね~~と。
当たり前の憶測だが、そこで一人ニコニコし出したのがタキツビメらしい。
その様子をチラツと見やって
「これ、タキツビメ、、!一人嬉しそうな顔をしてないで、そろそろ〈膳〉の支度をするように、皆に指示して下さいな‥、」
タキツビメの勝手な想像に、同調するような口調でコノハナサクヤが急ぐように言った。
「はい、義母様‥、」
と元気よく答えたものの
[まあ~~義母様って霊感でも有るのかしら‥?まだ
家人(けにん、使用人)の報せも無いのに、女王様が来られるのが分かるのかしらね、、?」
訝しげな顔でタキツビメは立ち上がった。
「これ、サクヤ‥、膳はまだ止めて置きなさい、、!
女王様が来られて、お話しを聞いてからの方が良い」
と、ニニギが少し厳しい口調で咎めた。
コノハナサクヤはびくっとして、黙って頷き、タキツビメに座るように目配せした。
そこへ、家人が急ぎ早やに入って来て、
「もうすぐ、女王様がこちらに参られます‥、」と、
耳打ちした。
ニニギはこくりと頷いて、立ち上がり
「皆様‥、女王様が間もなく来られますので、宜しくお願いします‥、」
と言って入口に体を向けた。
全員立ち上がり同じ体勢に入った。
ドアが開いて、先にナンシヨウメが入り、ヒミコを案内するように導き入れた。
そして、自分は皆と同じ列入って、ヒミコに黙礼した。全員それに習った。
ヒミコも一礼して、皆が立ち並ぶ間に、ジユウタンを敷いた通路を歩き、一段上がった床に据えてある椅子に向かった。
ヒミコは椅子に座る前に
、一礼して座った。同じように、全員礼をして座った。
暫く、全員の顔を一人づつ確認するように、じつと前を見つめてヒミコが、姿勢を正して
「皆様には、急な事態に対処致したくお集まり願いました」
と挨拶し
「交易船が、公孫氏の為に追い返されているらしいですね。アズミ様‥、」
突然、本題に入った。
ヒミコは、ニニギ家の男性陣以外、ハコクニを除いてほとんど面識が無い。
只、今日集まっている他の面々の概要は、ナンシヨウメから聞いていたが、ヒミコは自分が発言したことに対して、何処から答えが飛び出すかを待って居るだけだ。
「はい女王様‥、」
とハコクニの向こう隣に座っていた、日に焼けた精悍な顔立ちの男が、立ち上がって一礼した。
「宗像のアズミです」と挨拶し
「以前から公孫氏は、〈リヨウ東郡〉の太守として我々にはすこぶる好意的でした。当時は楽浪郡(ピヨンヤン付近)にたまに来られて、いろいろなな物産の交換をさせて頂いておりました。ところが、漢王朝が
かなり前から政治が乱れ、〈リヨウ東半島〉から楽浪郡まで目が届かなくなり、公孫度(太守)さまが漢朝廷から奪い取ってしまったのです。それでも我々交易の者達には、相も変わらず協力的だったのですが、最近に為って楽浪郡が、北の高句麗や東の濊国に脅かされ、撤退も余儀なくされている状況だと聞いています。そこで公孫度さまは以前から準備されていた、帯方郡(ソウル付近)へ主力を投入され、金浦、仁川、水原等の港町を占拠して、馬韓の支配から奪い取ってしまったのです」
「それでは馬韓が黙っていまいのでは‥、」
「馬韓の十済(ジユッチェ
)国が反発しましたが、公孫氏は帯方郡を守る為には
[朝鮮半島の西海岸添いを確保せねば成らないので]
致し方が無いと、実に天安
(チョンアン)まで支配下に置こうとする勢いなのです。遂には、馬韓の首長国の扶余国との戦闘に入ってしまいました」
「十済国は、今では伯済国と呼ばれているのでは‥?」
「はい、女王。ご存知のことと思いますが彼の国の発祥は、建国当時、十人の信頼置ける重鎮仲間が在ることで十済と称し、その数が
増えていって来ているので、伯済まで増やして大国に成ろうという考えから名付けた国名だと聞いています。実際は今まだ二十済ほどですが‥、
それで、その状況を見て我々は‥、はい。この列島の他の国々の交易船達のことを含めてのことですが、相談して、暫く楽浪郡へは危険な為見合せようと言うことになりました‥、はい
‥、女王様」
「それでは追い返されたのでは無く、自主的に交易に出ない、と判断されたのですね」
「はい、女王様‥、」
「アキツヒコ様‥、その辺りの所は、どのようにお考えですか‥、?」
「はい、女王‥、!公孫度王は、先ほどアズミ殿が申しましたように、もともと韓人や列島(日本)の国々から来る交易船にすこぶる友好的で、交易で得た品々を、漢朝廷に貢ぎ物として進呈していたくらいですから、よほとのことだと考えています」
「それは、韓人をやむを得ず支配下に置くと言うことですか‥?」
「今の馬韓や辰韓だけでは
、押し留めることは出来ないでしょう」
「しかし、高句麗や濊が北や東から攻めて来ると言うのに、その余裕が公孫氏に有ると‥、?」
「いえ、高句麗や濊は、彼らの領域のすぐ南と西に〈楽浪郡〉が構えているので、目障りなだけです。彼らは実際、自国を守る力しか持っておりません。ツング-ス系の扶余(プヨ国、馬韓の扶余とは違う北の大国)が、いつも高句麗と濊国を狙っておりますので‥、」
「ふ~~む、そうですか‥、」
会話は中断し、ヒミコは
ゆっくり目をつぶった。
暫く室内はシ-ンとなり
、じっと目をつぶって考え込んでいるヒミコに、皆が固唾をのんで注目していると‥、次第に眠く為って何処かに吸い込まれて行くように感じた。
じっと見つめられている訳では無い
「女王様‥、!如何為されます‥、交易船が行けなくなれば、これから先、大国の中国からは見放され‥先進の技術や国造りの為の学識の向上が見込まれなくなります。半島(朝鮮)自体も、洛陽や長安(漢王朝の首都、副都)の優れた文化を取入れられなくにり、我がこの列島は、世界から立ち遅れた島国と相成りましょう」
ハコクニが思い切って、
皆が掛かりそうに為っている呪縛から解き放そうと
‥、ヒミコ自体が無意識に発散する霊力を打ち破ろうとした。
「うう‥、!」
と小さく呟いて、カッと目を見開き、皆を見渡した。その目は、徐々に優しい眼差しに変わっていった。
訳も分からず、ほとんどの者達は、ヒミコが何故笑っているような顔付きをしているのか面食らった。
そして、皆一瞬、金縛りに合って居たことに気が付いた。
「ミナトベ様、お願いが有ります‥、」
「はあ‥女王様、如何様な‥、?」
ミナトベは、このような戦争に為っている半島の問題に、何故自分が必要なのか訝った。
「ナンシヨウメ達を連れて、公孫度王に会ってくれませんか‥、!」
「ええ‥、私がですか‥、!?」
「私が、公孫度王に〈文〉
を書きますので、以前の
〈フゲキ〉としての仲間達を連れて、和議を申し立てるのです」
「‥、?でも今は、公孫氏と馬韓との戦いでは‥!」
「ナンシヨウメに、私の意志を伝えるよう言って有ります。中立的な立場で公孫度王を説得しなければ成りません」
「女王様、それでは私が参りましょう」
「いえ、ヒコミコ殿には
、別の役を引き受けて貰いたいのです」
ヒコミコは頷き、ヒミコとの十三年ぶりの会話が、これしきで終わったのに、満足そうな笑みを返した。
ヒミコもそれに応じたが
、素早く顔は元に戻り
「ニニギ様、アシナカツ様‥戦闘の準備をして、船を二十隻づつ出して呉れませんか‥、」
「ええ‥、!!」
と二人は同時に、驚きの声を発した。
「今からすぐ、ヤマトにいるワタツミ様に連絡して、
戦闘船を出すよう指示します。そしてアキツヒコ様と
ヒコミコ殿は、辰韓の〈イマンス王〉、馬韓の〈月支王〉、馬韓伯済国
の〈クスモ王〉に会って、
各十隻づつ船を出して貰うようお願いしに行って下さい‥、」
「公孫氏と戦をするのですか‥、!?」
思わず、コノハナサクヤが、身をのりだして、ヒミコに抗議するように叫んだ。
「これ、サクヤ、!みっともない‥止めなさい‥、!!」
慌ててニニギが、コノハナサクヤの体を掴んで元に座らせた。
ヒミコはにっこり笑って
「やはり‥、サクヤ様は、
私の思っていた通り、気丈夫なお女性だわ
‥、」
と納得したように頷いた。
ニニギとヒコミコは同時に、ヒミコの顔を見て、何故、自分達の妻や母のことを、ヒミコが知っているのか驚いた顔をした。
そんなことは無視して
「サクヤ様‥、私達倭人には、中国全土の幾つかの海岸線沿いの村には、多くの仲間が居るのよ。倭人は、
海や川に潜れるし、陸では
稲を育てる技術を持っているの。要するに水を利用して、人間が生きる為の糧を
確保する知恵を、古から教わった民族なのよ」
と子供に教えるように話しかけ
「地域、地域で権力は無いけれど、権力者には珍重されて、生き延びているのです。だから、倭人を敵に回すことは、どの時代でも権力者達は避けて来たのだわ
。しかし、倭人が軍を持って対抗した時は、いろいろな事を考えるでしょうね‥、そうなの、私はそれを公孫氏に考えさせようと
しているだけだわ。馬韓、辰韓に協力して、倭人も対抗しようとして来たら‥、
どう‥?でも、私は〈文〉
にはそんなことは書かないわ。分かってくれます‥、
このまま放っておいて黙っていては、知らないままに
、公孫氏はいずれ破綻してしまうわ。そうね‥暫くは
、公孫氏に頑張って貰わないと‥、」
ヒミコは、遠くを見るように、ニコッと笑った。
「ええ‥?良くは分からないですが‥女王様の考えていることなど、私にはとても理解出来ません‥、申し訳ありません」
コノハナサクヤは、涙を流さんばかりに、ヒミコを
崇めるように見つめた。
「ヒミコ女王‥、その公孫氏にもう少し頑張って貰う‥、とはどういう意味で
おっしゃっておられるのでしょう‥?」
アキツヒコは、和睦するのでも難儀な時期に、公孫氏に期待してるヒミコの意志を計り兼ねた。
「アキツヒコ様‥、山東郡
(中国東部の山東半島)の倭人とは、定期的にまだ連絡が取れているのですか
‥?」
「年に一度、頃合いを見て
中国の交易船として、金海
(釜山近辺の港)に来ておりますが‥、」
もう一つ腑に落ちぬヒミコの問いに、アキツヒコは、山東郡の倭人にも公孫氏との和睦に協力させようと言うのか訝ってた。
「そうですか‥、いや、私が期待しているのは、漢王朝がこの先いづれかの時期に、誰かが後を継いで中華を束ねるか‥、という情報が欲しいだけです」
「いや女王‥、今の漢王朝
は何の力も有りません。誰かが力を握っても〈漢〉の
後を継がず、己れの国号に換えて天下を治めるでしょう」
「しかし、〈劉備〉という将軍は
、〈漢〉の復興を立て前にして兵を上げているのでは
‥?」
「はい、〈チルソン様〉‥
いや、山東郡の倭人を束ねる族長の方ですが、彼が言うには〈劉備〉には確かに、並外れた豪傑の部下(関羽と張飛)がいて、かなり力を付けて来ているが
、漢の朝廷を制している〈曹操〉には、まだまだ足元にも及ばぬ状況だ。長江
(揚子江)の南の国で力を付けている〈孫権〉も、これ又安定した力を蓄えていない‥、ということらしいです」
「すると〈劉備〉が天下を握るにはまだまだ時間がかかると‥?」
「はい。しかし、〈劉備
〉にはまだ確かな国造りをする所領が有りません。
その所領を安定させ、力を
付けて行かねば、中華を制圧するなど程遠い話です。そして、優れた〈軍師〉が居て初めて先有る戦略が立てられるということですので‥、」
「ふぅ~~む‥、すると、一番考えられることは、曹操が漢王朝を内部から整理して国造りを行い、〈己の国号〉を掲げて、劉備
や孫権を制覇するということですね」
「はい、ごもっともです。しかし、曹操には並外れた軍師が居リません。どちらかというと曹操自体が優れた軍略家ということらしいです」
「というと‥?」
「孫権には勝れた軍略家〈周喩〉が在り、劉備も優れた軍師を漁っています。噂によると、その者は誰の誘いにも乗らず、びくとも動かぬ賢者らしく、もし劉備がものにすれば、曹操も孫権も危うい思いに駆られでしょう。ですからそうなれば、いくら曹操が大軍を率いても、そう簡単には天下統一には成らんでしょう‥、チルソン様は、先を案じておられます」
「かなり長引くということですね。中華が束ねられるのは‥、」
「はい、女王様‥、」
「しかし、何れ誰が束ねるにしても、その王は、〈リヨウ東郡〉を奪回しに来るでしょうね‥、元々中華の領土なのですから」
「そうでしようね‥、放っては置かないと思います
‥、ええ‥、!!女王様‥、公孫氏を助けるお積もりですか‥、!?」
室内もどよめいた。女王は将来、中国相手に戦の準備をする積もりかと。
「何を言ってるのです‥、
アキツヒコ様。今、戦乱に明け暮れる中国内部に、我々交易の者が近寄れる訳がありません。公孫氏であれば、内部に通じ我々が求める必需品を買い求めることが出来るでしょう。チルソン様がおっしゃるような見通しで有るならば、公孫氏も暫くは安泰でしょうが
、当の本人の公孫度王は、
我々以上にその三武将(曹操、劉備、孫権)の動きに神経を尖らして、探りを入れている筈です。そこで、我々が公孫度王に物申すという形で助言するのです」
「そ‥、それは何と‥、気が立っている公孫度王に聞く耳があるのでしようか。女王様‥、?」
「それは駆け引きです‥、武力で韓人を制圧するのが得策で有るのかを考えて貰うのです。あくまで、その
手段しか公孫氏が、行く延びる策でしか無いと言うのであれば、倭人も含めた韓族と争うしか無いでしょう」
「そうなっても致し方無い‥、と女王様‥!?」
アキツヒコは、ヒミコが本当にその積もりで船団を
送ろうとしているのか、不安になった。
韓人と公孫氏は、隣国同士の争いなので、何れか折り合いがついた時、平常らしさに戻れるが、倭人が対抗するとなれば、後々まで
尾を引く恐れがあり、交易も従来道理にとは行かないだろう。
「いえ、そうには為らないでしょう‥、公孫度王も、
馬鹿では無いと思います。確かな勝利が望めない闘争はせぬ筈です。漢王朝が落ち着いたら、当然、その王は〈リヨウ東郡〉奪回に攻めて来る筈ですから。無駄な兵力の損失を望む訳がありません」
「となりますと‥、当方の
手立ては‥、」
「大義名分を拵えてあげるのですよ‥、こちらから」
「ええ‥!それはどのような‥?」
「それを〈文〉に書いて、
私が作ります。アキツヒコ様は皆と同じ行動を取って
、馬韓や辰韓の王達と伴に、争いが収まるように動いて下さい」
「承知しました、女王‥、
!」
アキツヒコは、つくづくヒミコの深慮に敬服し、指示通りに動けば必ず成功すると確信した。




