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「女王ヒミコ」活動

第一章

 第六節

「ヒミコ女王」活動


宇佐(大分県)の津(港)から半時(一時間)ほど歩くと、なだらかな傾斜が続き、その一番奥の高台にこんもりと円形の小山が見えてきた。近づくと、周囲を紙垂(しで-垂)を付けたしめ縄に守られるように、厳かにその小山は鎮座していた。

 ヒミコにとってこの宇佐は、自分が生まれた故郷であり、「フゲキ」と成って修行に寄った地でもあり、ホホデミとの間に出来た子を産んだ、自分の人生の起点の場所なのだ。

 幼い頃から比べ、来る度に村の集落が増えていっており、今では田畑の広さが彼方まで増大しているのに目を見張らされていた。

[曾祖父様は、かなりお亡くなりに為るまで頑張ったんだわ‥、!]

と改めて感心し、生前の面影を追った。

 それは、ミナカミヌシが

如何に村人達を大事にし、田畑の改良に努めて、広大な原野を確保していったかが、分かるような風景の連続であった。

 そして、自分が「女王」に成ったのも、この曾祖父の存在があったからこそなのだ。

「ヒミコが来るまで、自分を土中に納めては駄目だ‥とお祖父ミナカミヌシが言っていたので、今まだ氷室(氷を保管する洞穴)に遺体は置いて在るの‥」

 側に母親ツクヨミが来てそっと伝えた。

 ヒミコは、こくりと頷き氷室へ向かった。

 洞穴の中はかなり広く、ひんやりとしていたが、その奥に有る氷を保管する部屋は密閉されていた。遺体を部屋から運び出した。

 ヒミコは、ミナカミヌシの遺体の前に座り、じっとかなりの時間、閉じた目を見つめていた。

 周りの者達がいい加減にしびれを切らし出した頃、ヒミコが急に

「うう‥!!」

と唸り出した。

 その時、真っ青の遺体の顔が歪んで、カッと目を見開いた。

 イヤ、周りの者達には、そう見えたのかも知れない。

[この列島を豊かにするのだ。この列島の山と海と少しばかりの平地を上手に利用して、力を蓄えるのだ。そして、この国の人達を、常に、「和をもって尊し」と教えよ。最後に、大国の中国の動きに、決して目を見放すでないぞ‥、]

と静かに目を閉じた。

 その言葉は、周りの人達には聞こえなかったが、何らかの遣り取りを、ヒミコとしている事だけは感じていた。

 突然ヒミコが

「うう‥!!」

と又唸り出して、バタツと遺体の上に被さった。

 寸刻もせぬ内ヒミコは身を起こして、皆に向き直った。

「うワァ~~!?」

 ヒミコの顔を見て、室内はどっとどよめいた。ヒミコの顔の前を、ミナカミヌシが安らいだ面相で消えたのだ。

 しかし、何事もなかったように、ヒミコの穏やかな顔を見て、皆は正常を取り戻した。

 暫く、ひんやりとした室内に沈黙が続いた。

「もう~曾祖父様とのお話は終わったわ‥、」

 ヒミコが静かに言った。

「〈ウズマサ(太秦)〉、お祖父様が、しっかりお勉強するように言っていたわ。お義父様を助けて、この〈宇佐〉を守っていくのよ‥、」

 ヒミコととっては叔父に当たるが、まだ十五才に成ったばかりのウズマサに声を掛けた。

 ウズマサは、ヒミコの霊力の強さを噂には聞いていたが、その場に居合わせたのが初めてだったので、肝を冷やしてその驚きの光景を眺めていたのだが、急に声を掛けられ、咄嗟に

「はい、女王様。この宇佐を義父と共に守って行きます‥、」

と、訳も分からず、横に居る義父のウサツヒコをチラツと見て、しどろもどろに‥しかし元気よく答えた。

 ウズマサのアキツビメはミナカミヌシの末の娘で、ツクヨミの母親のナキワサメ(腹違いの姉)とは親子ほどの年の離れた妹である。

 前の伊都国王オシホミミの妃として、十六才で嫁入りしたが、ウズマサを産んで六年後に、夫のオシホミミが、皇太子共々暗殺されたので、アキツビメは、ウズマサを連れて宇佐に戻り

、宇佐国の一角の村のおさをしていた息子ウサツヒコと結婚していたさ。

「母様‥これから私は伊都国に行って〈ナンシヨウメ〉に会うわ。宇美の里が伊都国の近くに移ったので、〈ハコクニ様(ナンシヨウメの父)〉とは会えると思うの‥、」

と母のツクヨミに、意味ありげに‥何か伝える事は無いかという風に尋ねた。

「ええ‥、!」

 ツクヨミは、びっくりして顔を染めた。昔、ヒルメ(ヒミコ)を連れて、宇佐から宇美の里へ移った時、ヒミコは五才だった。

 それから十年、宇美の里で教師として過ごし、校長のハコクニと伴に「宇美の里」を守っていたのだ。

 しかしその後、「フゲキ」達の移動の中止命令や、宇美の里の引っ越し等で、ツクヨミは宇佐に戻らざるを得なくなったのだ。

[この子ったら、私とハコクニ様とのこと、感づいていたのね‥、]

 夫のナムチが滅多に帰って来ず、一人で、十才に為るまでヒルメを育てていたのだった。

「それより貴女‥、娘の〈イスズビメ〉をどうするの‥?」

 ツクヨミは、ハコクニとの関係には執着していなかったので話を変えた。

 〈イスズビメ〉は、ホホデミとの子で、昔〈フゲキ〉仲間だった〈フキアエズ〉・〈タマヨリ〉夫婦に預けたまま、もう六年にもなる。

 伯母のオオヒルメの居る、西都原で世話に為っているのだ。

「いいのよ母様‥タマヨリ様には、貴女の娘として育てて下さい、とお頼みしてあるの。ホホデミ様にも、

私が子を身ごもつたことは言って無いわ‥、」

「ええ~~それで良いの‥?

イスズビメが可哀想だわ

‥、!」

「いいえ。イスズビメは、私の子として育ったら不幸に成るだけだわ。あの子は、普通に立派な父母のもとで育った方が幸せになれるのよ‥、私の世界から引き離したいの」

「‥?でも‥それでは、余りにも身勝手ではないの‥、私は娘がどんな境遇になろうとも、実の母親の元で戦った方が良いと思うのだけど‥、」

「子を産んだのは、私が女子おなごとしての証を残しておきたかったからなの‥、イスズビメには申し訳ないけれど‥、大人に為って、私の子と知ったら、さぞ恨むでしょうね‥、でも、仕方がないと思っているわ‥、」

「‥!それが貴女とイスズビメの運命さだめというの‥?」

「そうよ母様‥私もイスズビメを手元に置いて育てたかったわ‥、でも、親の我が儘として、諦めて貰うしかなかったのだわ。自分の運命が分かった時から‥」

「そうなのね、そうだつたのでしたね。ごめんね。今更になつて貴女を困らせるような事を言つて」

「いいのよ母様。イスズビメに恨まれる時が来たとき

、母様を思い出すわ。本当にイスズビメの身になつて

、母親として答えなければならない!と教えてくれたもの。

それでね母様、私もこの地で曽祖父様や母様、祖母様と一緒に、ずつと先々の世まで見守りたいのよ!。その段取りをお願いしておきたいわ!」

「ええ?貴女もこの地で眠りたいの!」


 ヒミコは数日後、宇佐を離れ、伊都国へ向かつた。

 楽浪郡(ピヨンヤン付近)に定期的に向かつていた交易船が「公孫氏」の軍に追い返されるという事態が相次いでいたからだ。

イ加-イカヤ国に居るナンシヨウメにも戻るよう指示した。 


 こじんまりとしたシヤレた部屋に、ヒミコとナンシヨウメがテ-ブルもなしに、椅子に座つて向かい合つていた。

 互いにじつと見据えていたが、我慢ならずナンシヨウメが

「女王様、公孫氏はもう仁川から唐津まで港を制して来ました。今までの漢朝の制し方とは違い、半島を制服する積もりでは無いかと

、、!」

 この呪縛から逃れたい一心で、何も聞かれていない報告をした。

 大広間では、ニニギ王以下皆待つているのだ。

 そのナンシヨウメの慌てぶりに

「ナンシヨウメ、、貴男幼い頃と一緒ね。生真面目というか、自分に与えられた事は、全てこなさないと気が済まない、みたいね」

「しかし女王様、?」

「ば~~か、、私と二人つきりの時ぐらい、昔と同じようにヒルメと呼んで良いのよ。何の為に二人にして欲しいとニニギ様にお話ししたか分かる、、?」

「、、?」

 そう言われて、少し間を置きナンシヨウメは、昔を思い出したのかヒミコをじつと見つめて

「ヒルメ、、やはり昔とチツとも変わらないね。十三才の時に貴女から〈文〉を貰つて、それまでの三年間、〈フゲキ〉が何の為に列島(日本)の人達よりも

勝れている半島(朝鮮)の人達に教え伝えなければならないのか、疑問に思つていたことが吹つ切れたように思えたんだ。自分のすべきことがはつきり見えてきたのが、救いだつた記憶を思いだしたよ」

「そう、、そう言つてくれれば私も嬉しいわ」

と言うなり、ヒミコは椅子から立ち上がつて、つつツと歩みより、ナンシヨウメを立ち上がらせて、ひしつと抱きついた。

「おお~~!」

 さすがにナンシヨウメも

、ヒミコの思い切つた動きに驚いたが、自分もそれに合わせて思いつきりヒミコを抱き寄せた。

「小さい頃、貴男が好きだつたのを覚えている、、?

 ヒミコはか細く呟いた。

「ええ~~そうだつたのか

、、?僕は一人で片想いしているのだとばかり思つて

いた、、!」

「本当に鈍感なんだから、、あの時、ヒコミコが

貴男に良い子がいたら離してはいけないよ、、と言つた意味が分からなかつたのね」

「ええ~~ヒコミコは貴女が僕のことが好きだということを知っていたのか、、

!!」

「そうよ、、だから、私に無事に帰つて来たら嫁に来いよ、、と言ったのだわ」

「~~!!そんなことがあったとは、、!?」

「貴男は、ハコクニ様(高長)の息子さんだつたから

、、もう立派に与えられた任務を果たさねば、という気持ちでいつぱいだったから、廻りが見えなかったのよ。でも、当時はそれで良かったかもよ。小さい頃には夢がお互いにあったから

「そうなんだ、、ヒルメは何時まで経っても冷静だね

、、」

「そう、、そうみえる、?

「僕も半島ではいろいろあったけど、貴女に〈文〉を送ることが、唯一の生きがいに感じていたので、少々の難儀な苦労など、何ともなく耐えることが出来たんだ。改めてお礼を言うよ」

「又~~バ--カ」

と言いつつ彼にむしゃぶりついた。

 ナンシヨウメは、抱いたままでの間が長すぎたのに

ようやく気づき、抱いたまま椅子から離れ、今までの

自分の鈍感さを償うかのように、彼女を強くひしと抱き締め、激しく口唇を求めた。彼女もそれに応じ、互いの思いが叶った感激は長い探り合いになり、もう気は踊り、彼は彼女を抱きかかえて床に寝かせ、激しさの中にも優しさがこもった彼の愛撫に彼女は身を震わせた。

 彼女が嗚咽を漏らし始めると彼はいきり立ち、愛しい愛しい彼女に突進した。


 大広間では、奴国王アシナカツ、伊都国王ニニギ、

妻のコノハナサクヤと息子ヒコミコ。そして最近妻と成ったタキツビメとニニギの年の離れたイワレヒコ(ヒミコの腹違いの弟)と家族が揃い、イ加-イカヤ国からアキツヒコ王が馳せ参じた。宇美の里からはハコクニが、宗像からアズミ、〈フゲキ〉時代に半島に同行したトヨタマジ達が呼ばれたが、その長であったイクツヒコネは居なかった。代わりと召される長はヒコミコと同行した

ミナトベが出席し、皆静かにヒミコを待っていた。

 只、〈ヤマト〉からヒミコに同行して来たホホデミ

、ヤマトビメ、モモソビメの三人は、ヒミコとナンシヨウメと二人っきりで、部屋に閉じ籠って話し合っていることが気がかりであった。

彼らは決して、一時たりとも〈ヒミコ〉から目をはなしてはならないのだ。

「でも、、ナンシヨウメ様とは十三年ぶりとお聞きしたけれど、貴男もヒミコ女王とは同じように会っていなかったんじゃなかった

、、?」

とタキツビメが小声でヒコミコに確めた。  


 

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